第32話
中林が召喚した馬のビースト・ユニコーンの力で俺と陽介、そして松浦の傷と痛みが完全になくなった。
ところがその後、中林が急に気を失ったのだ。
自分も酒瓶で殴られたにもかかわらず俺たちを優先に回復させたもんだから再び気を失ってしまったのだ。
俺は急いで救急車を呼んで中林を病院に運んでもらった。
その後俺たちも病院に駆けつけて中林の無事を祈った。
「命に別状はありませんよ。後遺症もありません」
医者からその言葉を聞いた時は心の底からホッとした。それは俺だけじゃなく陽介と松浦も同じだろう。
ちなみに松浦が倒したという男は行方不明になっていた。妹を殴ったことが公になることを恐れて逃亡を図ったのかもしれない。
数日後、俺たちは中林のお見舞いに来た。
「大丈夫か?」
一番最初に声をかけたのは松浦だった。
「はい。私はもう大丈夫です。もう少ししたら退院してまた学校に行くようにします」
「なぁ」と俺は思っていたことを聞き出した。
「なんで自分で抱え込んでいたんだ? あんなクソ兄貴に暴力を振るわれているなら誰かに助けを求めればよかったじゃないか」
「……そうですね。私はずっと耐えるばかりで自分から動こうとする努力をしなかったのかもしれません」
そう言いながら中林は手元に一枚のカードを取り出した。
「私はこのユニコーンの力で兄から受けた痛みをすべて消していました。それを繰り返していればいつか平穏に過ごせる日がくることばかりを信じてこの子の力で傷を癒し続けていました」
「辛かったろ」
松浦が言った。
「いいえ。毎日が恐怖でしたけどユニコーンの力があったから――」
「そうじゃねぇよ。体の痛みなんてもんはツバでも塗っておけば治るさ。でも心の傷ってやつはなかなか治るもんじゃねぇ。怖かったんだろ? 抜け出したかったんだろ? あのクソ兄貴の存在が今でも嫌なんじゃないのか?」
「…………」
中林はしばらく黙り込んだ。そして少ししたら小さく口を開いた。
「……そうですね。今でも兄は怖いです。この病室の窓からいきなり入ってきてまた私を襲って来るんじゃないかと思って夜はあまり眠れません」
「そうか。でもあいつはもういねぇ。どこで何をしているかわかんねぇけど、もしまたお前に何かしてきたら遠慮なんかせずに声をかけてくれよな。何度でも何度でもぶっとばしてやるからさ。だよな? お前ら」
「え? 俺らも一緒なん?」
「たりめーだろ」
まぁ助けに行くけどさ。
「じゃあみなさんが怪我した時はいつでも声をかけてください。ユニコーンの力で治しますから」
「いーや。そういうわけにはいかねぇな」
病室のベッドの下からピョコンと現れたのはチェックだった。
「な、なに!? ウサギさんがしゃべってる!」
まぁ最初はだれでもそのリアクションをするよな。
「オレっちはビーストカードを集めている。人間が悪さをしないようにな」
中林は知らなかっただろうが、中林の兄貴はまさかのビースト使いだった。そしてビースト使いに覚醒するきっかけは「絶望」だ。中林のように心が綺麗な人間だろうが、クソ兄貴のように自己中なクズ野郎だろうが、ビーストは不幸を感じている人間の前に現れるらしい。そんなビーストの力を悪用しないようにチェックは俺たちとビーストカードを回収しているわけだが……
「まだいいんじゃないのか?」
俺はチェックにそう言った。
「なんだと?」
「中林はビーストの力で悪いことするようなやつじゃないさ。ユニコーンの回復能力は今後の俺たちの活動にも大きく有利にしてくれるはずだ。今ここでユニコーンを回収しちまったらいざという時困るんじゃないかのか?」
これは以前チェックから聞いた話なのだが、一度回収したビーストカードでもう一度そのビーストを召喚することはできないらしい。俺は今までクラーケン、アバドン、ガネーシャの三体を倒してそれぞれを回収したが、俺たちがそれらのビーストカードを使える、なんてことはできないのだ。俺がこれから召喚できるビーストは後にも先にもフェンリルだけだという。
なのでここでユニコーンを回収してしまったら貴重な回復係を失うということになる。それは今後の戦いにおいても不利になってしまうかもしれないから、ユニコーンのカードはまだ中林が持っているべきなのだ。
「……わかった。お前の言い分ももっともだな。ユニコーンの回収は後回しにする。その代わりオレっちたちだけのためにその力を使えよな! それ以外のことであまり使用しないことを約束しろ。そして悪用は決してするな。わかったな」
「はい」
中林は小さく頷いた。
◆
病院を出た俺たちは行きつけの喫茶店・安全地帯にやってきた。
そこで俺はいつものナポリタンを食べている。
「く~! やっぱ松浦のナポリタンはうまいぜ! なぁ松浦、俺のためにこれからもナポリタンを作ってくれ!」
「は? なにそれキモ……」
「げげ……素直に褒めたのに軽くディスられたよ? あっもしかして告白だと思ったか? いやそんなんじゃねぇから。ただ純粋にお前のナポリタンが食いたいだけだから。深い意味はない」
「それはそれでむかつくな……」
「それよりもさ」と陽介がナポリタンをすすりながら言ってきた。
「松浦はどうするんだよ」
「どうするって?」
「決まってんだろ? 松浦もビーストカードを手に入れたってことになったんだからさ、これからも俺たちと一緒に戦ってくれるってことでいいのか? もしそうじゃないならそのカードはウサ公に渡さなきゃならねぇことになるらしいが」
陽介の隣にちょこんと座っているチャックはうんうんを頷いている。
「今回は土壇場でビースト使いに覚醒したからオレっちたちは助かったが、オレっちとしてはそのカードは手放して欲しいのが本音だ。こいつらはオレっちと協力関係にあるからビーストカードを預けてもらっているだけであって、こいつらのものにしているわけじゃねぇ。もちろんさっきあった中林もな。お前はどうなんだ?」
「…………」
松浦はしばらく黙った。松浦のビーストであるヨルムンガルドのカードを見つめながら何かを考えている様子だ。
「私のビーストは氷を操るビーストだ。ならば、炎を操るビーストもいたりするのか?」
「う~む……」とチェックは小さな腕を組んでからこう言った。
「いるかもしれないな。オレっちもすべてのビーストがどのような力を持っているかは全部が全部知っているわけじゃない。だが炎を操るビーストがいてもおかしくないだろうが……なんでだ?」
「話せば長くなるんだけど……」
松浦は自分に兄がいたことを話した。そしてその兄は焼死体で見つかったとされている。
「じゃあお前の兄貴を殺したのはビースト使いだって言うのか?」
「かもしれない」と言いながらこくりと松浦は頷く。
「私の兄の事件は迷宮入りとしてお蔵入りになっちまった。でも私は真犯人がいると思っている。今回ビーストってやつに遭遇してから少しだけ考えていたんだ。10年前に私の兄を殺したのは私たちと同じビースト使いなんじゃないのかってな」
「復讐か?」
「そうだな。物騒な言い方をすれば兄のかたき討ちだ。私は中林の兄貴に痛めつけられたことをきっかけにヨルムンガルドを手に入れたけど、これは兄を殺した犯人を見つけ出すための力なんじゃないのかとも思ったんだ」
「なるほどな……」
「お前らとは目的は全然違うとは思うけど、一緒にいれば真犯人に近づけるかもしれないんだ。だから私も一緒にいさせてくれないか?」
「おうよ! 歓迎するぜ!」
「ずぶんとあっさりだな……」
「戦力は多いに越したことはねぇだろ。これからもよろしくな!」
こうして蛇のビーストを操るスケバン、松浦聖来が仲間になった。




