見たかったもの
砂嵐で視界を塞がれてしまった砦の内部はてんやわんやしていた。
「おい、魔物はどうなっているんだ!」
「だから見えないんだよ!」
このやり取りも何度目だろうか。
砦を壊せるような強力な魔物は目撃されていないので、すぐにどうこうなるような状況ではない。
しかし、ンセニやカナィドのダンジョンマスターの存在もあり、気が気ではなかった。
「打って出るべきじゃないのか!」
血気盛んな若者がたまらず意見する。
焦りからきたものではあるが、根拠が無いわけでもない。
この砦、というか開拓村には自衛できるだけの実力を持った者が大半だ。小さな町に匹敵する戦力と言えよう。
足手まといとなる弱者もおらず、全員でかかれば突破できるはず。
一聞すれば、良い案かもしれない。全員が万全で協力し合えれば、ンピックの町まで逃げられただろう。
しかしだ、この村の最大戦力であり精神的支柱だったエニーケが亡くなり、ンセニの裏切りもあって、結束心は揺らいでいる。その上、怪我や疲労もあった。
「現実的じゃないな。俺達は兵士ではなく冒険者だ。少人数で戦うことに慣れている以上、籠城を続けるべきだろう。打って出ても生き残れるとは思えん」
「だな」
「同感よ。幸いにも備蓄はあるわけだし」
「備蓄はいずれ尽きる! そうなってからじゃ遅いだろ! 助けだって来ない可能性の方が高いんだぞ!」
たしかにその通りではある。備えがいくらあろうとも永遠じゃない。
ダンジョンであったカナィド村の次に近いのはンピックの町だが、順調でも片道二週間はかかる。往復で一月。たしかに持たない。
「もう全員が助かる道なんて残っちゃないんだよ! 一人でも多く助かりたいなら今動くしかねぇ! 砂嵐に紛れて逃げるんだ!」
「正気か? この砂嵐はキミッカの起こしたものだぞ。言わば奴の胃袋だ」
「キミッカだけならなんとかなる!」
「アンタ、ダンジョンマスターの存在忘れてない? 他の魔物も砂嵐よ中で待ち構えてるかもしれないのよ」
「でも――ッ!」
「おい! 砂嵐が晴れてくぞ!?」
「なんだと!?」
言い争っていた全員が窓にかぶり付いた。
そこにはまだ魔物達が大勢いる。
やはりか、と、落胆した皆であったが次の瞬間にはそんな気持ちも吹き飛んだ。
「練習の成果を見せるよ!」
地味な格好をしている少女の掛け声からそれは始まった。
一斉に飛び立つは、血を啜るルスゥチを始めとした飛行系の魔物達。それもただ飛んだのではなく、巨大なラモビフトを象っている。体の色を利用したアートだった。
ラモ耳の再現に失敗しているのは残念であるが。
「凄いわ……」
それでも、砦から幾人分の感嘆の声が漏れた。
そんな一仕事を終えた彼等は編隊を変え、多少歪であるが、輪を作る。
自然と視線はその空いた中心へと向けられるわけで。そこには少女や地を行く魔物達がスタンバイしていた。
「いっせーのーっせっ!」
「シャアッ!」
掛け声に合わせ、ポヘシツビが凶悪で太い尻尾を上へ振るう。短い足で大地を握りしめた所からのそれは凄まじい。
尻尾に腰掛けていた少女は射出されたように高く舞い上がった。
ぐるぐるぐるぐる九回半。
「惜しいっ!」
縦に回転した少女は悔しがりながらも、静止する頂点に合わせて腰をくねらせポーズを取った。
キミッカを彷彿とさせ、とてもワイルドである。セクシーさはなかった。全くセクシーではなかった。
そうとは知らぬ少女はやり遂げた顔で落下していき、サデウフフサのモフモフした逞しい腕にキャッチされる。
すかさず、次の指示だ。
「グループ3は回収地点へ! 他の子は私とダンスね!」
「フンフンフンッ!」
魔物達は、独創的なステップを踏み出した。
それは喜びの舞であったり、求婚のダンスだったり、泥んこ遊びだったり、遅めの魔法弾を放って食べたり、気分で適当に動き回っている子もいる。
ここまで来れば、砦に立て篭った開拓民達にもわかった。
「これは王都で見かけた、見世物を模倣してるのか!」
「それ以上に凄くないか?」
「さすがはダンジョンマスター、と言った所かしら」
驚きの言葉を次々と口にしているが、もし学者やテイマーやブリーダーが見ればもっと驚いたことだろう。魔物にもこんな文化めいた生態があったのか、と。
それだけの価値があのダンスにはあるのだ。
と、そこへムムの合図ではけた四足型の魔物達が戻ってきた。
その背に、明らかな冒険者を乗せて。
「まさか人間まで支配下にしてるては!」
「くっ、羨ま――けしからん!」
「もしかして、彼女は魔王にでもなるつもり!?」
そんな酷い勘違いされているとは知らず、魔物達のそれは続く。
モンスターライダーと化した冒険者らは木の枝を投げ合った。
いわゆる集団ジャグリングである。
素人ゆえ、上手くキャッチできないのだが、そこを魔物達がカバーするようにキャッチする。
――逆に凄いな。
それを見た開拓民達の感想であった。
「これがダンジョンマスターの描く未来か……」
人と魔物が一体となって繰り広げる演技に、砦に篭る人々の心境に変化が訪れて始めていた。
恐怖という感情はとうに薄れている。
彼らに宿るはもっと別の――。
「ぶふぅぅふぅぅぅっ!」
そして、ムムに従わなかった魔物達にも変化が。
そうとは知らないムムは強面キミッカに乗らせてもらって、汗を飛ばし、笑顔を振り撒いていた。
構想数分、練習数十秒のぶっつけ本番。
最初は魔物と人の仲の良い姿を見せて安心してもらおうとしていたのだが、今はただただ楽しい。
それは一緒に踊ったり駆けたりしている皆も一緒のようだった。なんだかイキイキとしている。
途中で合流を希望してきた魔物も受け入れ、規模が増した。
楽しい。みんな良い顔をしている。
ムムはこんな皆が見たかったのだ。
「ウオオオオオッ! テンション上がってきたぁぁぁぁっ!」
今ならもっと先へ行ける気がした。
なにが先かよくわからないが、行ける気がする。行ける気がするのだ。
「皆、最高だよ!」
本来の目的を忘れ、今や最高潮。
そこへ開拓民達が砦から出てきた。上げられた両手には何も持っておらず、投降の意思を示している。
――お兄さん達も一緒に踊ろ!
ムムがそんな気持ちで掌を向けるように手を前に出すと、彼等は一斉に跪いた。
「我らダンジョンマスター様、いえ、人魔を統べ、いずれ世界をも手にするダンジョン王様の傘下に我々を入れてください」
「なんか違うくない!?」
なぜか配下となることを希望する開拓民達であった。
だが、彼等はムムが世界征服をするつもりなどないこと知らない。
そしてムムの残念さをすぐに思い知り、自分達が支えてあげなきゃダメだと思うようになるとも想像すらしていなかった。




