キミッカ
「よし、逃げるよ!」
止まない投射物の雨。このままじゃ人と魔物の戦いを止められない、と、判断したムムは魔物達を伴って退却することにした。
と言っても、着いてきてくれたのは六割程度といったところか。残りはムムの提案を蹴ることにしたらしい。
脇を通る際、手出しこそはしてこなかったが敵対的な視線を寄越してきた。彼等にも彼等の誇りと掟がある。ぽっと出のムムを信じず従わないのは当然のことだろう。
さらに言えば、彼等は仙人ンセニによる錯乱魔法を受けている。それによって、この魔物達は争うこともなく人だけに敵意を向けていた。
そんな相手を六割も説得出来たことの方が奇跡的だろう。
それでも、事態が改善したとは言い難かった。
「ぶもっしやぅぐぁぁぁっ!」
ムムが離れてすぐ、砦対残った魔物の戦闘が再開されてしまったのだ。
「戻んなくちゃ!」
争わないために撤退したのに、これでは本末転倒。急いで戻ろうとしたムムだったが、
「ヘニュッスッ」
大きな傷跡のある強面の魔物にそれを止められた。
その魔物はギルドにランク4認定されているキミッカ。四足歩行で豪快に大地を駆け抜け獲物へ勢いよく噛み付く強力な魔物だ。
無銘の金属鎧程度なら一噛みでバラバラにできるほど強靭な顎を持っている。
さらに砂を巻き上げる魔法と身体強化魔法まで使えた。相手の視界を塞いでおいて、自身は嗅覚や聴覚を魔法で強化して襲うのだ。
そんな強敵として恐れられているキミッカだが、小さい頃は大人しくて可愛い魔物だったりする。騙されて連れ帰り、問題になることもしばしば起こるぐらいだ。
ちなみにムムの足に噛みついていたのもキミッカの子供である。
「ホニュッタッタッ」
「え? 任せろ?」
どうやらこのキミッカの成体はあの争いは自分に任せて欲しいらしい。
威圧感たっぷりのその顔からは自信が窺えた。
実力は――ある。キミッカの中でも飛び抜けているのだろう。ウモには及ばないが、それに近いそれをムムは感じ取っていた。
ムムは強面キミッカの目を見つめたまま頷く。
「わかった! 任せる!」
「ヒュルルーン!」
了承を得られた強面キミッカは、任せろっ、と、一鳴きしてから猛烈に駆け出した。ムムはてっきり、その勢いのまま突撃して魔物達を砦から遠ざけるのだと思っていた。
しかし、キミッカは脳みそが筋肉な種族ではない。
強面キミッカも例から漏れていなかった。
「フュユユユユユユユユンッッッ!」
砂埃を舞わせて砦を覆い視界を塞ぎ、同時に甲高い声を響かせる。
人の姿を見失った魔物達は声に反応した。一斉に背後からの乱入者に目を向けられた強面キミッカはニヤリと牙を晒す。
これこそが彼女の狙いだったのだ。
締めの一手を解き放つ。
「ヘニュッスッ」
「なっ、まさかあれは!?」
強面キミッカは左の前足を折り、腰を上げ、敵の真っ只中で立ち止まっていた。
まるで見せつけるかのように。
彼女の意図にムムはすぐさま気付いた。
「色仕掛け!?」
そう、強面キミッカは艶やかな色気をたっぷり振り撒き、周囲の魔物達の視線を釘付けにしていたのだ。
仙人ンセニがかけた錯乱魔法も大きかったりする。その効果とは他属の魔物を同族に見せると言うもので、彼等には強面キミッカが同族のメスに見えていた。
「ヘニュッスッ」
ムムの足元で先程噛み付いていた子供キミッカが、ぼくのおかーさんはびじんなんだぞー、と自慢気に鳴いた。
「私だって人間にはモテモテだもんねっ!」
そして、なぜか張り合うムムである。
「私達も負けてられないね! 作戦会議するよ!」
自分もセクシーアピールで魔物達を魅了しようかと頭によぎったムムだったが、強面キミッカが稼いでくれた時間を無駄にしないため、皆を引き連れ退却した。
砦から見えないところまで移動したムム達は、ムムを真ん中に据えて円く座っていた。
見方によってはアレな光景である。
「じゃ、みんな仲良くなるためのアイデアがある子、手あげて!」
そんなことには無頓着なムムは魔物達に意見を募った。ちなみに、手を上げられる魔物は半数ほどである。
「シッ!」
「はい、そこのポヘシツビさん!」
しゅっとした顔が凛としている四足歩行の魔物、ポヘシツビがチャームポイントである雄々しい尻尾を手の代わりに挙げた。
ムムがすかさず当てると、ポヘシツビは近くに転がっていた木の枝をへし折った。
翻訳すればこういうことだ。
――シメる。仲良くなる。
「いや、ダメだから!?」
すると今度は夜に紛れて飛ぶことが得意なルスゥチが羽を挙げた。
「はい、そこのルスゥチさん!」
「キィ」
――血を吸う。仲良くなる。
「なれないよ!?」
さらにラモビフトが垂れているラモ耳をシュピンと立てた。
「おっ、ラモビフトさん!」
「フンフンフンッ!」
――わからない! 仲良くなる。
ムムは頭を抱えた。
「くっ、やっぱここは私がいいの考えなきゃダメか!」
とは言っても、ぽんと思い付くものではない。ムムは頭から煙が出そうになるぐらい考えた。
そして驚くべきことに三つの案を捻り出したのだ。
――ケンカして仲直りする。
――ムムスペシャルを皆で食べる。
――一緒に遊ぶ。
「このどれかなら、いける?」
最初の案はシメると大差無し。
二つ目は純粋に危険。
最後のは、どうやって遊ぶところまで持っていくのか。
どれを選んでもいけない未来しか待っていなさそうであった。
と、そんな時、近くの草むらが揺れた。
「誰!?」
まさか仙人のンセニが追い付いてきたのかと思ったが違った。
そこに現れたのは――
「ムムちゃんがいたぞ!」
「お前ぇら、こっちだこっち!」
「おぉ! ようやく追い付けたか!」
カナィド村でバカンスをしていた冒険者達であった。
緊急事態との話を聞いて駆けつけてくれたのだ。
それは有り難いことなのだが、大きな問題が一つ。
「って、おい! 魔物に囲まれてるじゃねぇか!」
「なんだと!? 助けなくては!」
「行くぞ、お前ぇら!」
「おぉ!」
ムムが魔物に包囲されていると勘違いしてしまっていた。
「この子達とは和解してるからぁーーーーーっっっ」




