シャルゥダン
「実力行使? あの二人に勝てるはずないよね……」
ムムはぼろ雑巾にされていた。
軽く捻られポイである。
「大食い対決なら負けないのに……」
「あんた、村の皆を餓死させるつもりなのかしら?」
「あっ、お母ぁしゃんっ」
ムムは母親に踏みつけられた。スキンシップのようなものなので、全く痛くはない。絶妙に手加減された、いつもの踏みつけである。
「その様子だと、天使長の方もダメだったようね」
「すっつぃもダメだったの?」
「リゾートし足りないってさ」
暴れ足りないと言わないだけマシだろう。
「てか、リゾートし足りないって何?」
「さぁ? わかるような気もするけどわからないわよ」
ムムから足をどけたミミは腕を組んで顔をしかめた。
「にしても、どうしたもんかねー」
「追い出すのって難しいね」
そもそもカナィド村の面々の気風からして向いてない。のほほん仲良く過ごしているので、追い出すなんて良心が痛むのだ。すでに村人の一部は諦めてお茶を啜っている有り様である。
ここは私がやるしかないよね、と、ムムは使命感に燃えているものの現状手詰まりであった。
「追い出す追い出す追い出す……」
「そんなに追い出したい人がいるの?」
「うん、王様達に会わせたら大変だからね……って、誰?」
気付けば傍らにしゃがみこんでいたのは見知らぬ少女であった。仕立てのいい服を着ている。
カナィド村に若い子は三人しかおらず、その誰でもないのだから、よその村から来た子だろう。
「私のことはマカって呼んで」
「わかったー」
「マカちゃんね」
即座に受け入れた親子である。
さて、その少女だがムムより大きな胸をぽんと叩いて宣言した。
「事情はわかったわ! 私に任せなさい!」
「おぉ!」
「いや、絶対わかってないでしょ」
天地のダンジョンマスターがお客としてやって来ていて、突然視察に来る王様達の護衛として同行するダンジョンキラーと鉢合わせしそう、なんて、今の会話だけで察せれるはずがないのだ。
ミミのように普通に考えればわかるはずなのだが、ムムは、これは頼もしい、と、期待で目を輝かせていた。
「さぁ、案内してくれるかしら!」
「こっちだよ」
「待っ――」
ミミが止めるも、二人はさっさと走って行ってしまう。
「あっ、ミミさん!」
追わなきゃ、と、思ったミミだったが後ろから血相を変えたサーソが走ってきた。これまた、厄介事の気配である。
ムム達か、サーソ。どちらを優先すべきか一瞬思案したがすぐ結論は出た。
「何かあった?」
これから起きる厄介より、すでに起きた厄介だ。
それに天地のダンジョンマスター達は余程のことをしなければ危害は加えないだろう。
一応ムムもついている。ミミは我が子を信じることにした。
「さっきも話したけど、いつもここに一人いるよ!」
「騒がしいですね」
「わっ」
ムムがマカを連れてきたのは混浴薬湯だ。案の定、小太りのおっさんこと天使長が弛緩した表情で浸かっている。
もう見慣れているムムだったが、マカには刺激が強かったらしく、おえー、という顔をしている。
「風呂ぐらい、ゆっくり浸からせろ」
しかもおっさんは二人いた。
悪魔のチャクマも汗を流しに薬湯へやって来ていたのである。
いまや、マカは手で目を完全に隠していた。
「これは探す手間が省けたね」
だが、やる気は微塵も減衰していなかった。
「セクハラおじさん達に宣戦布告します! 私達が勝ったらお願いを一つ聞いてもらうよ!」
「セクハラって勝手に後から来たんでしょうに……それに宣戦布告ですか」
「おもしれぇじゃねぇか」
天使長とチャクマの目にダンジョンの主たる眼力が宿る。しかし、ムムには効果がなく、マカに至っては見ていない。
動じぬ二人にチャクマは歯を見せ、天使長は白い羽を広げる。
「さぁ、闘いましょう」
「あ、殴りあいはしないよ?」
「え?」
「は?」
ムムがあっけらかんと言うと、勢いを削がれる形となった二人が気の抜けた声を出した。
「ムムちゃんと道中話したんだけどね、流血沙汰はよくないよ。ここは皆を笑顔にするダンジョンなんだってよ? だったら対決は平和的なものでいこうよ」
「皆を笑顔にするなら勝ち負けのつく対決なんてしない方がいいのでは?」
天使長の揚げ足取りに、マカは「それはそれ、これはこれ!」と受け流した。ムムに通じるメンタルの強さである。
「あー、じゃあ、なにで対決すんだ? 拳か?」
戦闘ではなさそうだからか、興味を失った風のチャクマは耳をほじりながら適当に訊ねた。
すると、マカは胸を張った。
「シャルゥダンで勝負よ!」
「ほう、ダンスですか」
「えぇ!? ゴリラッフォイじゃないの!?」
なぜかムムだけが驚いていた。
ここまで来る道中に色々相談していて、ムムの得意分野が食べ物関係と聖人リラフォイの遊びだと教えていた。
相手は強敵なのでこちらの得意分野で対決しようと決め、マカは「それなら私とムムちゃんが得意なやつがある!」と自信満々に言っていたのだ。
ムムはゴリラッフォイだろうもアタリをつけていた。けれど蓋を開けてみれば知らない競技であった。
「あー、なんだっけな。たしか、聖人リラフォイが魔王を改心させたダンスを元にしたやつだっけな」
「そうですね。たしか王侯貴族の間でよく踊っていたはずです」
「その通りだよっ」
「ほ、ほへー」
しかも知らないのはムムだけであった。
「場所はラモビフトの広場を借りようぜ」
「ある程度の広さは必要ですからね」
「そこは任せた!」
「あわわっ、あのあのー?」
ムムが混乱している間に話がどんどん進んでいく。
「はれ?」
気付けばラモビフト広場でマカと片手を組み、もう一方を腰に回して立っていた。
チャクマと天使長も同様だ。おっさん同士で抱き合っているように見える。
さらに壁に沿ってぐるりとラモビフトが座っていて、鼻息荒く見守ってくれていた。
今更なにをするのかなんて、普通の人なら聞けない状況であった。
ムムは普通ではないのだが。
「ねぇ、なにする――」
「チャクマが投げた金貨が床に落ちたら開始です。ラモビフトさん達は手拍子……鼻息拍子をお願いしますね」
「おう」
「いいよー」
「フンフンフンッ」
天使長に声を被せられ、訊ね損ねたムムである。しかし、コイントスの滞空時間があれば、ちょろっとはきけるはず。
が、チャクマは金貨を床に叩きつけた。
滞空時間なんてものはなかったのだ。シャルゥダン開始である。
「ムムちゃん、回るよ!」
動かないのはチャクマの予想外の行動のせいだ、と、考えたマカはムムを押すようにして無理矢理スタートを切った。
シャルゥダンとは、一定以上の速さでフロアを回りながらくるくる回転する遊びであり競技である。
勝敗を決める要因はいたってシンプル。踊り続けられるか否かだ。
三半規管がものを言う。つまり――
「ぐるぐるするー」
「マカちゃん!?」
最初にギブアップするのは人間であるマカだった。彼女はシャルゥダンに自信を持っていたが、ダンジョンマスター達はそもそも体の作りが違ったのだ。
それでも勝機は無かったわけではない。本来、この競技は回転しながら相手の邪魔をしていいのだ。接触は厳禁なので口と視覚によるものだけだが。
ムムが持ち前のお笑いセンスを発揮すれば勝機はあっただろう。
しかし、ルールも知らず、混乱するばかりなムムに出来るわけがない。目を回したマカと頭を回したムムは、高笑いしながら高速回転している天使と悪魔に敗北したのである。
「ここか!」
と、そこへ慌てた様子のサーソが駆けつけた。ミミも一緒である。
どうやら誰かを探しているらしく、しきりに首を動かしている。
「マカちゃん大丈夫!?」
ムムはそんな様子に気付くことなく、きゅう、と、伸びているマカのことを気遣っていた。
頭を打たないよう支えてから下ろしたので怪我はない。
だが、そんな姿を見つけたサーソが悲鳴をあげた。
「マカ王女様!」
「うぅん……」
「あ、目を覚まし……え? マカ王女?」
マカが目を開けてくれたので一安心したムムの耳に信じられない情報が通りすぎる。
視線で事実か訊ねると体を起こしたマカは舌をペロッと出した。
「あー、バレちゃったね。うー、気持ち悪いー」
「えええええええ!? 王女様だったの!?」
驚くムムの叫びをBGMにし、悪魔と天使はまだ回転しているのだった。




