追い出せ
「王様が来る前に何とかしなきゃっ」
「そっちに行ったぞ。早く!」
「フンフンフンッ」
「可愛すぎる。もうダメだ……」
「くっ、俺は先にいく!」
この日、カナィド村は大慌てであった。それもこれもサーソの伝えた王様の視察が原因である。
襲来まで残り丸二日。それまでに厄介事の芽は摘み、万全の体制で迎えないといけないのだ。
まぁ、ダンジョン自体には問題はない。ギルドに頼んでいた一つをサーソが持ってきてくれていたので、使うだろう施設の多くは完成する見込みだ。ツトも張り切っていたのでムムも心配してなかった。
だが、問題は残っている。
ムム達はそれを解消すべくダンジョン内を探し回っていた。
「やっと見つけた……」
「あら、ムムさん。どうしましたか?」
ムムは薬湯の間にて、お目当ての一人だった天使長を発見した。
彼は混浴と男湯を行ったり来たりしながら、日がな一日浸かっているようだ。よくふやけないよね、と、ムムは感心してしまうがそれは今は置いておく。
「監視映像でチェックしたはずなんだけどな……」
混浴、男湯、さらに女湯にも姿はなかった。さらに宿泊所やその道中まで確認したのだ。彼の利用範囲はそう広くないので見逃すはずがない。
と、ムムは思い至った。
「あっ、厠にいたんだ!」
大惨事になるので、さすがにそこを見る気にならない。謎が溶けたところで本題へ――
「違いますよ。ずっと見られていると寛げないので細工させていただきました」
「細工って?」
「映らないようにちょちょいと」
「そんなこと出来んの!?」
「えぇ。ある程度実力のある魔法使いなら可能ですよ」
驚きであった。無敵と思っていた監視機能にも弱点はあったのである。
「ところで何か用があったのでは?」
「そうだった」
ムムは慌てて左手を見た。
たまに少しちょっぴり稀に忘れてしまうからミミに書いてもらったのである。
「うわー」
汗で滲んで真っ黒なだけになってしまっているが。
これでは何が書いてあるか判別できない。ムムは自分の記憶を頼りにやるしかなかった。
「えっとねー……」
「もしかしてリクエストした熱霧の間が完成したんですか!?」
「それはお父さんに削り出してもらってるけどまだかな」
「部屋が足りないんですか!? 魔力要りますか!?」
「えっ、くれるなら貰うけど、近い近い!」
急にテンションがあがった天使長がぐいぐい来た。水を滴らせ、瞳孔が開ききっていて危ない。湯浴み着を着ていることだけが唯一の救いである。
それでも自警団へ通報案件であり、
「むっ!?」
湯に潜んでいるマルモフモが、主がピンチと、蔓を伸ばして天使長を拘束しようとした。
触手おっさんである。誰得であろうか。
そして、相手が悪かった。
「この程度!」
天使長は華麗なステップですり抜けていく。動けるおっさんなのである。しかも薬湯の要であるマルモフモを傷つけることもなかった。
優しく本体を撫でるだけで、マルモフモ達は戦闘を放棄していった。
「魅力に抗うこと叶わず、ですよ」
「……うん」
なんか髪をかきあげながら言っているが、コメントのしようが無かった。
「で、熱霧の間の件でないのでしたら何の用でしょうか?」
「えっと、なんだっけ……そう、世間話しに来たの!」
ムムは建前を思い出した。
それはもう不自然だったため、天使長にも建前だとバレてしまっていたが。
「今日は薬湯日和だよねー」
「えぇ、ダンジョンだから毎日が薬湯日和でしょう」
世間話終了。普通の会話ならもっと続くのだが意識してしまうと言葉が出てこなかった。
――早く帰ってもらわなきゃいけないのにな。
ムムはサーソの報告を受けて開催された臨時会議のことを思い出していた。
「まぁ、なんとかなるよね?」
これが王様達が来ると聞かされた村人達の大方の感想だった。
そもそもド田舎的感覚が抜けきっていないので、偉い人と言ってもピンと来ないのだ。村長よりも凄い人、ギルドマスターやダンジョンマスターと同格ぐらいの認識である。
既にチャクマと天使長のダンジョンマスター二人や、ギルドマスターとも友好関係を築けているため、同じように頑張れば仲良くなれると考えたのだ。
「ムムちゃんなら王様達とも仲良くなれるさ」
「だよね!」
サーソからもお墨付き。
「王様達とはね」
何か意味深であったが。
「仲良くなれそうにない人がいるのね」
「そんな人いるわけないよー、お母さんたらー」
「その通りだ」
「ほらね。えぇっ!?」
考えすぎだよ、と、笑っていたムムは驚愕した。
「え? え? まさかウゴヨクみたいなのがまた来るの?」
「あいつほど下劣なやつではないがムムちゃんの天敵だな」
「天敵?」
ムムは勉強しろと迫ってくるツトの姿を思い浮かべて顔を青くした。
「私、敬語も数学も頑張ってるから増やさないで!? 勉強はもう嫌!」
「落ち着いて。先生は来ないよ」
「そっかぁ」
一安心。
「来るのはダンジョンキラーの聖人だ」
「もっとヤバそうな人が来る!?」
いつも一瞬で終わってしまう安心だ。
サーソや話によるとその聖人はS級と言われたダンジョンの一つを討伐した冒険者らしい。ダンジョンでの護衛となれば最高の人材である。今回の王様が雇うのも当然だろう。
「ただ性格が過激でな。ダンジョンなんて全部滅ぼすべしなんて常日頃から言っている。カナィドのダンジョンを攻撃することは王様もギルドも禁止しているのだが、ムムちゃんには酷い態度を取るかもしれない」
「うーん、態度だけなら頑張って我慢するよ……」
攻撃してこないのであれば嫌な客ってだけで済む。ツトからそういう客もいるんだよと教わっているので心構えはあるつもりだった。
それより懸念すべきはリゾート中のダンジョンマスター二人だろう。人間とほぼ敵対関係にある彼らとそいつを会わせるわけにはいかない。
マスター側からすればキラーが、キラー側からすればマスターは危険人物だ。
素性が明らかになればお互い殺しあっても不思議じゃない。
「こりゃ、帰ってもらうしかないね」
ムムの発言に、同じく気づいていたミミとツトは大いに驚いていた。
「ムムが気付いてた!?」
「これは何かが起こる兆候かも……」
そう、ムムは説得を任されたのだ。
頼りなく思われるかもしれないが、天使長はプライドが高いので、ダンジョンマスターのムムが適任なのである。
チャクマの方はラモビフトによる懐柔策を試みてるらしい。
――あっちは成功してるはずだから、私も説得するよ!
しかし、ダンジョンキラーがやって来るから帰れとは言えない。
そんなことを口走れば絶対に残って、このダンジョンごとキラーを葬ろうとするだろう。
だから別の理由で帰ってもらうしかない。その為に作戦を練っていたが、すでに汗によって黒く滲んでしまっている。
こうなったらムム一人で捻り出すしかない。
ムムはぐぬぬと唸った後、パッと顔を輝かせた。一つの話題を思い出したのだ。
「えへへ、あのね、もう一月経つけどダンジョンは大丈夫なの?」
「おや、もうそんなに経っています?」
「うん、経ってるよー。顔見せに行った方がいいんじゃない?」
「そうですね」
なにやら手応えありである。
これなら穏便に帰ってくれるかもしれない。
ムムが期待を露に見つめていると、天使長は目を瞑った。
何事であるか首を傾げてしばし待っていると、何やらブツブツ言っていた天使長が目を開いた。
「連絡を取りましたが変わりないようです。まだまだ、ゆっくりできますね」
ダメであった。
それからもムムは頭から煙が出るくらい考えたが、なにも思い付かず、お帰りいただけなかった。
ミッション達成ならず。
ついでに言うと、ラモビフトの可愛さで説得にかかったチャクマの方も失敗していた。まだまだ楽しみ足りないとのこと。
もはや残された手段は一つ……実力行使のみ。




