満喫されている
最奥に移転させていたコアルームにて、ムムは気だるそうにダンジョン内を監視していた。
体動かしたいなぁ、と、思いつつも目を離すわけにはいかない。両の肩にラモビフトを乗せて、もふもふ頬擦りによる癒しでなんとか耐えながらお仕事だ。
今、コアに表示させているのは身代わり部屋、体が鈍らないよう動かすための部屋である。
『よっしゃ、もっと来いやぁッッッ!』
そこで思う存分暴れているのはチャクマだった。悪魔の親玉らしい禍々しき姿に変わった彼は、ミミ、ウウ、さらにはウイングモルフのウモを相手に、それはもう楽しそうである。
ちなみに最初はシケボモもいたのだが、開始数秒で身代わって退場していた。
『ふんぬぁっ!』
ウウの岩石の如き筋肉が膨らむ。それから繰り出されるダンジョンツルハシによる一撃は、破壊耐性があるダンジョンの壁をも砕く。
けれど額で受けたチャクマの肉体には傷の一つすらついていなかった。
『悪魔の頭蓋は超金属だろうと砕き返すぜ!』
震度にすると三はあるだろうか、彼が踏ん張ると部屋自体が揺れ、足元は放射状にひび割れていた。ここがダンジョンでなければ被害がもっと大きかったに違いない。
そんな破壊力を秘めた踏ん張りによるゼロ距離ヘッドバットは、ツルハシを通じて巨体を容易く弾き飛ばす。
そのまま叩きつけられると思われたが、ウウは宙で一回転してから壁に着地し、地面へと降りみせた。
『ひゅう、耐えんのか。やんじゃねぇか』
『筋肉があったからな!』
ミミの背後からの奇襲を最小の動きでかわしたチャクマとその言葉は圧倒的上位者ゆえの余裕だ。
その証拠に、ウウの右腕はツルハシごと砕かれてしまっていた。もはや戦闘不能。
ミミの空中を使った立体攻撃も全て見切られている。ウウの攻撃を耐えている以上、彼女ごときの攻撃ではダメージは期待できないのだが。
これで本気でないと言うのだから笑えない。彼曰く、封印術で身体能力を制限しているとのこと。
そして、それは本当であろう。ムムには彼の両手両足にまとわりつく重石が見えていた。画像越しでもはっきり見えてしまう魔力の枷だ。
「私が本気でやっても負けるなぁ」
ムムも白旗をあげる圧倒的な差。
それでもウウ達は諦めていなかった。
『うぉぉぉぉぉっ!』
『いくら治るからって無茶すんなよ!』
残った左手を握り締めてウウが突貫する。意表をついた形となったが、チャクマが反応する方が早い。
半笑いで迎撃体制を整えた彼は、左右から襲ってきたウモの風分身と、真上からのミミの攻撃をその身で受けとめた。ガードする必要すら感じなかったらしい。無傷なのでその判断は間違いないだろう。
そしてウウの左拳も指一本で止めてしまった。
『お前の筋肉は俺の指筋にも劣るらしいな』
『くっ!?』
チャクマの皮肉による口撃が精神を削り、ウウは膝をついてしまった。
これで決着。
そう思ったのはムムだけ。
戦っている彼らはまだ諦めていなかった。
『これならどうだぁッ!』
砕かれていたはずのウウの右腕が瞬く間に再生する。ツルハシまでもが元通りだ。回復魔法ではあり得ない現象である。
渦巻きながら霧散していく魔力。
それを見たチャクマが叫ぶ。
『ウイングモルフの風分身か!』
『御名答!』
実はウウの右腕は砕かれてなどいなかった。ウモが、風分身の応用で、砕かれた右腕の幻影を作り出していたのだ。
千載一遇のチャンス。大いに油断してくれていたチャクマがガードを固めるより先にツルハシが――
『知ってたけどな』
届かなかった。
チャクマはツルハシを掻い潜り、ウウのアゴを拳で貫いたのだ。
粉砕。
致死ダメージにより入れ替わったスポンジが跡形もなく飛び散った。
ウウは壁に埋まって保護されているので無事である。
『いい手だったが俺らには通用しねぇな』
ムムにチャクマの枷が見えているように、ダンジョンマスターは魔力を見ることが出来る。チャクマはウモの魔法を警戒していたので、意識的に魔力感知しており、ウウの右腕に絡まるそれも見ていた。バレバレだったのだ。
それが無くとも、物理的な実力に大きな差があり、攻撃を見てから受けとめることも可能だったりする。初めから無理ゲーだった。
正面から倒すのは、だが。
『私らの勝ちね』
『そのようだな……』
チャクマはあっさりと両手をあげて降参の意思を示した。
勝ち誇っているのはミミ。チャクマの頭の上で一枚の紙を垂らしていた。
ラモビフトの赤ちゃんの肖像画。
まだまだ未熟ではあるが、勢いがあって可愛らしく描けていた。
これは絵心のあった村人が練習として描いたものである。将来的には売り物にするつもりだ。
ミミは今回、それを見せつけることで勝利をもぎ取ったのだ。
『俺にはこいつは破れねぇ……』
敵であるなら容赦なく破いただろうが、ラモビフトの赤ちゃんに罪はない。むしろ、未来のマッサージ師として味方同然なのである。
例え、絵であろうとも傷つけられなかった。
壁に埋まっているウウはこれのどこが勝ちなのか首を傾げているが、ミミが勝ち誇り、チャクマが敗けを認めているので、勝者はミミ達なのだ。
それと余談だが、この勝負には敗者がもう一人いる。
「ほっ、欲しい!」
監視画面に顔をめり込ませているムムだ。ラモビフトの赤ちゃんは生で見るのもいいが、絵で見てもいい。
後で絵師のおっちゃんにねだろうとムムは鼻息荒くした。両肩のラモビフトと合わせて、フンフンッ、大合唱である。
「ふぃ~」
ひとしきり興奮したムムは、大の字に後ろへ倒れ込んだ。肩のラモビフトが、危ないことしないで、とばかりにぐりぐり頭で抗議してきたので「ごめんね」と謝った。
「にしてもさー」
ムムは寝転がりながら、監視映像を切り替える。そこには、頭にタオルを乗せた天使長が薬湯に浸かっている姿が映っていた。
するとすぐ、顔をあげて手を振ってくる。見られていることを感知したらしい。ムムにはまだ出来ない芸当である。
「それはまぁ、いいんだけどさ」
ムムはぐりぐりしてくる一匹を捕まえて持ち上げた。
なぁに、とばかりに見つめ返してきてとても可愛い。
「あの人達、いつまでいるんだろうね」
天と地のダンジョンマスター来訪から早一月。彼らは秋もせず入り浸っている。天使長はそろそろふやけきる頃ではないだろうか。
居心地のいいダンジョンになっているのは喜ばしいことではあるのだが……。
「フンフンフンッ?」
持ち上げられていたラモビフトが急に入口の方を向いた。ぐりぐり中だった子も同様にだ。
誰か来たのだろう。そう思って見てみれば案の定だった。
ただ、居た人物は予想外であった。
「あれ? サーソさん?」
前にギルドの依頼でダンジョン調査にやって来た女冒険者パーティーのリーダーである。
「久しぶりだな」
「久しぶりー。遊びに来てくれたんだ?」
「いや、今日も仕事だ。これを」
サーソは挨拶もそこそこに手紙をムムへ渡した。
それは見るからに上質な紙であり、封も手の凝ったデザインの蝋。ツトやミミなら一目でピンと来ただろうが、生憎受け取ったのはムムだ。誰からだろ、と、雑に開封した。
「なになにー、難しい言葉ばっか……ほえ?」
堅苦しい文章に苦戦しつつもギリギリ読めたムムは驚きで停止した。一緒に覗いていたラモビフト達も固まっているが、これは単なる偶然である。
「……これ、ホント?」
「あぁ、本当だ」
内容を要約するとこうだ。
【三日後、王様一行がカナィド村を訪れ、ダンジョンリゾートを視察する。】
「視察ってなんだろね」
読めても内容を完全には理解できてないムムであった。




