来る偉い人
ダンジョン内をドタバタ走っているシケボモは血相を変えていた。一大事なのである。
シケボモは、どんどん合流して一緒に駆けるラモビフトを踏まないようにしながら、コアルームへ。
そこにはムム、ミミ、ツトがおり、なにか相談しているようであった。
ダンジョンにおける実質的トップ3がいるとは丁度いいタイミングだ。シケボモは挨拶なく、ぶちまけた。
「おい、お客さんがきたぞ! 入口で待ってもらってる!」
「えぇ!?」
大きなリアクションをとったのはムムだった。まだオープンしてないのに、と、一瞬焦った。
しかし、よくよく考えてみれば最低限の設備は完成しているので受け入れは可能だ。オープンが予測より早まっただけ。
ムムは持ち前のポジティブさですぐに気持ちが切り替わった。
足に体を擦り寄せてくるラモビフトの一匹を持ち上げて頭に乗せる。
「よっしゃあ、やるぞぉ」
ダンジョンへの客を迎えるのはサーソ達以来。リゾートを目指してからは初だ。
やる気が出るというもの。
二人もそうだよね、と、ムムが隣を見ると、ミミとツトは難しい顔をしていた。
「変ね……」
「えぇ」
そう、おかしいのだ。
ダンジョンリゾートの情報を持っているのは極一部。そして、その一部はギルドによって統制されているはず。
もし禁を破れば罰則が発生するだろう。冒険者にとってはリスクが高いはずだった。
それでも尚、大きい見返りを求めて情報を売ってしまうような危険人物はギルドがマークしているはず。
となると――
「まさか、ギルドでも手に負えないような人じゃないわよねぇ」
「お偉いさんとか?」
二人は真顔で見合った。
ミミはふと思い付いた冗談を口にしたつもり。
ツトはそれに乗っかっただけ。
あり得ないことであるのだ。だが、あり得てしまうような予感があった。
本当にギルドでも止められない偉い人だったら。
そんな可能性を聞かされたシケボモが顔をひくつかせた。
「それマジか? テンにお相手頼んじまったんだが……」
「えええぇぇ!? お母さん! ツト!」
「どうやら、のんびりしてらんないわね。シケボモ! 研修生を召集するわよ!」
「わかった」
ツトとシケボモは従業員として勉強させていた村人達を呼びに行く。
ついでに設備の点検も済ませるつもりだ。
「よし、私達は着替えるわよ」
「うんっ!」
残った二人はいつものボロ服を脱ぎ捨てた。
オープンに備えて用意していたきらびやかな、と言っても都会の人から見ればしょぼい、服でおめかしした二人はダンジョン入口まで走ってきた。
かつてボロい物置小屋だったそこは様変わりしている。
ムムが頑丈な骨組みをコアで作成し、村の男衆が小屋に仕立てあげた。さらに、木目の綺麗なベンチやテーブルなどの家具を運び込んだ。
これで順番待ちとなっても落ち着いて待ってもらえるだろう。
そこで本当にテンが一人で客をもてなしていた。
「はい、おだんごー」
お皿に盛った泥団子をことりと机に置く。手でぎゅっと握ったのか、指の形が刻まれた歪な泥団子だ。
「完璧な接客っ!」
「どこがよ」
ムムは惚れ惚れしてしまった。さすがはカナィドに舞い降りた天使であると。ミミのツッコミこそ「どこがよ」だ。
しかし、常識で考えればミミが正しい。泥団子は持て成しの範疇にない。
子供好きであれば笑って許してくれるだろうが果たして……。
「旨ぇじゃねぇか」
喰った。わし掴んでがぶりである。
じゃりじゃり泥を噛み砕く男はぽかんとするテンにニッと笑みを浮かべた。真っ黒な服と相まって不気味である。
「全く、はしたない」
その向かいにもう一人、呆れ果てる男がいた。こちらは対照的に白い服で上品な雰囲気である。
「泥団子は観賞用の品ですよ。ガラスの箱に入れて飾るのが筋です」
そう言って泥団子をうっとりと眺めていた。ただ、チラチラとテンを見ている感じからして気に入っているのは泥団子ではないらしい。
こちらもこちらで大概なのである。
「おっ、ようやくお出ましか」
「ムムおねーちゃんだ!」
と、そこで泥団子を完食した男がダンジョンに続く階段にいたムム達に気づいた。
隠れていた訳ではないので普通に小屋へあがって挨拶する。
「こんにちはー」
「はい、こんにちは。あなたがここのダンジョンマスターですね」
「えっ? そうだけど」
観賞男に一目で見抜かれてしまったムムは驚いた。だが同時に納得もしてしまう。
ダンジョンの主となって早数ヵ月。いよいよ貫禄が出てきたのだと。
「ムムねーちゃんゆーめーっ」
「なんか照れるなー」
気を良くするムム。テンも尊敬の眼差しだ。
だが、そうは思ってない人もいた。ミミである。
「一度、ここへいらっしゃいたのではありませんか?」
前回の一件でムムがダンジョンマスターだとバレてしまっている。あの冒険者の輪の中にいたのだと。
その証拠に、ミミには二人に見覚えがあった。まず間違いなく顔を会わせている。
「私は初めてですね」
「部下は会ってるがな」
だが違った。二人とも初めて来たらしい。
「部下?」
首を傾げるミミをしげしげと眺めた粗暴そうな男はニッと歯を見せる。
「にしても元気でやってるようだな」
「はい?」
「我らが作品ですから当然です」
そう言った紳士風の男は澄まし顔で泥団子を口にした。
テンがまたびっくりしただけで、だれも触れなかったが。ツッコミ不在なのである。
唯一担当しているはずのミミは親しげな二人の言葉に頭が整理がついていない。混乱するその姿に、二人の客はお互いを見合ってから納得した。
「おっと、この姿じゃわからねぇか」
「うっかりしていましたね」
二人はおもむろに立ち上がると身を屈めた。
ダンジョンマスターたるムムの目が浮き出てくる魔力を捉える。
――ただ者じゃない!?
めきりめきり音をたて、背中から突き立つ二対の羽。粗暴そうな男からは黒、紳士的な男からは白い翼が背中から生えたのだ。
「俺が地のダンジョンのチャクマだ」
「我は天のダンジョンの主、天使長です。どうぞお見知りおきを」
突然やってきた二人のダンジョンマスターはムムに向かって手を差し出したのだった。
一方、その頃、セキ城の一室ではベッドの上で一人の少女が回り転けていた。
「リゾート楽しみだなー」




