新たな施設と危機
「おうぉらっ!」
ウウが豪腕を振るう。空気まで砕きかねないその一撃は、人だった以前と比べるまでもない。
正面で男が剣を構えていたが、その上から殴りつけると、部屋の中央から端まで一直線。冗談のような軌跡で飛んでいった。
男はなす統べなくふわふわな壁に激突。大の字で埋没した。
明らかなオーバーキルである。
「へへっ、こりゃ強ぇや」
だが、男――シケボモはけろりとした表情ですぐに壁から這い出てきた。これでも彼は人間だ。
「怪我はないか?」
「おうさ。手は痺れたがな」
シケボモは顔をしかめて手を振る。
「にしてもこの壁は凄ぇよ」
人を超えたパワーで思いっきり人間を叩きつけてもびくともしないこの壁はムムがダンジョンの力で産み出した特殊な代物である。
その効果は身代わり。
二十時間に一度だけだが、この部屋の中で致死ダメージを受けるとスポンジ状の壁と入れ替わる仕組みとなっている。
つまり、さっきのシケボモは身代わりが無ければ壁に叩きつけられて即死していたのだ。
「そう考えると恐ろしいな」
自分の無傷な体をしげしげと、落ちているぐちゃぐちゃになった壁の残骸を見たシケボモは身震いをした。
「まぁ、効果があってよかったね」
「待て! ぶっつけ本番だったのか!?」
横で実験を眺めていたムムの一言は聞き捨てならなかった。
「いやぁ、はははっ。ごめんね?」
「よぉし、そこに待っていろ。今すぐ、首をはねて身代わりの実験をしてやる!」
シケボモは剣を抜いたがもちろん冗談である。
「やらせんぞぉ!」
脳筋のウウにわかるはずもないが。
ダンジョンマスターの、いや娘の危機に立ちはだかった。
「うおおおぉぉぉぉっ!」
「ちょっとお父さん! シケボモは身代わり使ってんだから止めて!」
「ぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「止めてってば!」
「んのぅぉぉぉぉぉぉ!」
「止めろやぁっ!」
「ぐぁぁぁぁふぉぉぉぉっ!?」
そしてムムの本気の一撃により、身代わりが発生する次第となった。
生半可な制止では通じないのでムムはついつい全力で殴ってしまったのだ。
「娘に看取って貰えるなら本望だ……」
「いや、無傷だからね?」
なんにせよ、この部屋の機能はきちんと確認できた。
「これで冒険者さん達も安心して訓練できるね」
ここはダンジョンリゾートにするのだが、冒険者も来るだろう。むしろメインになるかもしれない。
闘争のない平和な地で伸び伸び過ごして貰えるよう頑張るつもりである。
だからと言って、常に休んでいるわけにもいかないだろう。体が鈍ってしまえば、復帰しても仕事をこなせなくなる。彼らからすれば死活問題だ。
ムム達としても客を失ってしまうことになる。それを防ぐために、この部屋を用意した。常識の範囲内であれば、存分に暴れられるだろう。
他にも魔法の訓練室を用意してある。あちらは的を作って部屋を頑丈にするだけでいいので簡単だった。
天井にダミーコアを配置するのも忘れていない。魔力の回収は怠らないのだ。
「後はお願いしていたあれが届けば一気にぐわーってやれるのになぁ」
「無いもんは無いんだから考えるだけ無駄さ。やれることをやろうぜ」
「それもそうだね」
シケボモ言う通り、無い物ねだりをしてもしょうがない。
自分らの力でリゾート化を推し進めていくのだ。
ムムは訓練所を後にし、併設されているリゾートには必須の施設を訪れた。村人が一丸となって連日頑張っているので大枠はできている。
あとは内装を整えるだけ。
「どんな感じ?」
担当しているのはミミとツトだ。
ムムに訊ねられたツトは手を止めてため息をついた。
「全然ダメ。物資が足りないわ」
「そんなに?」
「そんなによ。まぁ、予想していたことだけど」
だからギルドマスターに渡した要望書にも必要資材を運んで欲しいと書いておいた。
後払いになりそうだが代金も払うと記しておいたので通るはずだ。
ただ、それを待っていたらいつ金儲け――ダンジョンリゾートを開場できるかわからない。運ぶ時間もかかるし、整える時間だって欲しい。
「だから、あるものでなんとかして最低限の体裁を整えたら客を入れちゃうつもり。出来てない部分は隠しちゃえばいいのよ」
ダンジョンマスターの力があれば可能なはずである。
「ふふっ、悪巧むねぇ」
「まぁね」
話の内容はあまりわかってないムムの適当な言葉に、ツトも適当な相槌をうった。
そこへずっと働いていたミミが手を鳴らした。
「ほらほら、サボってないで手を動かす」
「あ、私も――」
「ムムはいいから」
「あんたは別の仕事してて」
仕事を再開したツトを手伝おうとしたムムだったが、ミミとツトに即座に断られてしまった。ダンジョンマスター様はそのがさつさゆえ戦力外なのである。
一方その頃ンピックの町のギルドでは会議が行われていた。議題はカナィド村のダンジョンである。
要望書の件――ではない。あれは連日の協議であらかた片付いている。
今日の話し合いはもっと重要なもの。ダンジョンリゾート第一陣の客をどうするかだ。
ダンジョン側から客の大まかな指定はあった。秘密を守れることや品行方正であること等、ギルド側からすれば当たり前すぎる条件だった。仮にこの要望がなくても、ギルドが選ぶのはそういう人物であっただろう。
ダンジョンはまだまだ発展途上。広まってしまえば問題が発生することは目に見えている。口が固いことは必須であり、問題を起こすような愚か者は論外だ。
友好関係を維持するため、人柄が求められる。
そして財力もあった方がいいはずだ。
ダンジョンリゾートと謳うぐらいである。そこで金を落とさなければ客とは言えない。
もう一つ条件もあったりするがそれは解決済みだ。ギルドの力でなんとかなった。
なので上記の条件に当てはまる人物を探すだけだったのだが、ここで大きな誤算があった。それがこの会議に繋がっている。
ギルドマスターは手元の資料に目を落とす。
それはセキ城より届いた手紙である。
【ギルドマスターへ
カナィド村のダンジョンリゾートにお忍びで行くからよろしくね。
お父さんもお母さんもお兄ちゃんも全員で行くから!】
傍迷惑なこの手紙の差出人はマカ・イカァドーレ・クースィン。
セキ城に住まう第一王女からであった。
しかも恐るべきことに王様の名も手紙へ直筆で記されていた。第一王女の思いつきの悪戯なんかではないのだ。
王家全員でダンジョンリゾートへ向かうことは決定事項。止めようにも、危険だと説いてしまえば兵を向けて滅ぼされてしまうし、他に理由もない。
護送を断っても兵を使って勝手に行ってしまうはずだ。
ギルドに出来ることは、安全かつ秘密裏に護送することだけ。
あまりの難題に、他の面々も顔を青くして必死に考えているようであった。
だが、一番のピンチは敬語の一つも知らないムムではないだろうか。これまでとは全く別物の危機が迫ることとなる。
「もふもふ~」
ラモビフトを撫でているムムがこの危機に気付くはずもないのだが。




