事件
翌朝に再度行われたダンジョン案内はカナィド村の圧倒的勝利であった。
「くっ、これほどまでとは……」
「ごぐらぐぅ~、ごぐらぐぅ~」
「ほえええ……」
現在は温泉に入浴してもらっている。あまりの心地よさに三人ともふにゃふにゃだ。
このダンジョンがあれば恐れるものなし、と、ムムが調子づくぐらい順調。それを聞いていたテンに嫌いな野菜を食べさせられて悶絶するぐらい平和であった。
そんな時だ。
「フンフンフンッ!」
一匹の茶色いラモビフトが温泉までやってきたのは。
「あっ、ラモビフトちゃんだー」
「おいでおいで」
「薬湯入るのかな?」
「フンフンフンッ!」
先程のもふ天国からやって来たと思った女性冒険者達が気を引こうとしているがいっこうに靡く気配がない。
そもそもラモビフトは水に入るのを嫌がるのだ。
茶色のラモビフトは上を向き、ただ一生懸命鼻息を荒くしていた。
「きゃー!」
「かわいー!」
「ねー!」
それもまた可愛くて、歓声があがるのだが。
ただ、彼は愛嬌を振り撒きに来たのではない。
とても重要な使命を帯びていた。
そもそも彼のお仕事は他のラモビフトと異なっている。
生まれてきたときから洞窟のような柄であり、気配を薄くするのも得意であった。それを活かすべくムムがお願いした仕事は見張りだ。
監視機能は一ヶ所しか見れないため、ラモビフトの退避口より、入口の様子を窺ってもらうことにしたのだ。
そんな彼が薬湯までやって来たということは入口で何かしらがあったということ。
なにがあったんだろ、と、ムムは映像を切り替えた。
そこに映ったのは困り果てている村長と――
「おい、てめぇら! よくもやってくれたな!」
怒り狂う昨日の冒険者達。真新しい装備を身に纏い、村長に詰め寄っていた。
昨日はあれだけ友好的に過ごせたのに一晩のうちに何があったのか。
怒鳴り声に耳を傾ければ「あいつをどこへやった!」と、しきりに言っている。
そこでムムは気づいてしまった。
――あれ、一人いない。
臆病ながらもお調子者のムードメーカーだったあの男の姿がない。ラモビフトを気に入り、薬湯に住もうとした彼がいない。
「あいつが勝手にいなくなるなんて有り得ねぇんだよ!」
「俺たちは戸締まりをちゃんとしてたんだ! お前らがなんかしたんだろ!」
「くそっ、ちゃんと見張っとくべきだったんだっ。嘘つき村だって知ってたんに! 迂闊だった!」
それに彼らの話を合わせれば自ずと答えは導き出される。
あの臆病な男が夜のうちに姿を消したのだ、と。
あの三人はカナィド村の住人が連れ去ったと思っているらしい。
――絶対ない!
ムムには断言できた。
狭い村なのである。村人達の性格まで把握している。伊達に赤ちゃんの頃から住んでいないのだ。
この村に住んでいるのはいい人ばかりで、人を拐うようなマネをする人は絶対にいない。
かと言って彼らが嘘をついているとも思えなかった。たった一日ではあるが、ダンジョンを通じて人となりは見れた。難癖をつけてくるタイプとは思えない。
村以外の人を見る目がないと評判なムムだが今回ばかりは自信があった。
犯人は別にいるに違いない。
ムムが確信を持ったところで監視映像に新たな人影が現れた。
「何事だ?」
ギルドの女性冒険者達だ。
どうやら二層まで怒声が届いていたらしく、湯浴み着のまま戻ってきていた。
その姿を見た途端に男達の顔が歪む。
「お前らは……!」
「む?」
それは先程以上の怒り、いや憎しみと言っても差し支えなかった。
しかし、ギルド側には睨まれる理由がわからなかったらしく、戸惑っている。
「ギルドまで噛んでいたとはな。おい帰るぞ」
「あぁ」
「ちっ」
その様子にますます負の感情を深めたらしい男達はそれ以上口を開くことなく、そのまま去っていった。
取り残されたギルドの冒険者や村長はぽかんと立ち尽くしたのだった。
「捜査しよう」
あの冒険者達はそのまま村を去ってしまったらしく、どこにも姿はなかった。だからと言って放ってはおけない。
捜査メンバーはムム、ミミ、シケボモ、ラギリの四人だ。ダンジョンマスター、村の顔役、元冒険者二人と少数精鋭での捜査となる。
「ここを借りてたんだよね?」
「そうよ」
最初に調べるべきは彼らが泊まった部屋だろう。カナィド村には誰も住んでいない家がいくつかあり、旅人に貸したりしているのだ。
「思ったより綺麗だね」
普段は使われてないのに埃っぽくない。冒険者が掃除したのかな、と、考えたところで拳骨を落とされた。
「痛い! なにすんのさ!」
「あんた、掃除サボってたんだね?」
「えっ?」
ムムの目は見事に泳いだ。
実は空き家は村人が持ち回りで掃除することになっている。そして、この家の担当はつい最近までムムだった。だからこそ、思ったより綺麗だね、なんて汚いこと前提な感想が漏れてしまったわけで。
それがミミにバレて拳骨の刑に処されたのだ。
「おい、叱るのは今度にしないか?」
「それもそうね」
そこへラギリが助け船を出してくれた。今、優先すべきなのは男の行方である。男二人は既にあちこちを調べ回っていた。
そこにムム達も加わり徹底的に調べあげる。その結果わかったことは――
「なんもないね」
「あぁ」
家の中に秘密の通路といった類いはなく、窓は侵入できるような大きさでもなく、入口はつっかえ棒で封鎖できる。こじ開けられたような形跡もなかった。
また、ムムもラギリにも魔法が使われたような痕跡は発見できず、完全な密室だ。
「死霊とかなら壁を抜けられっけど人間は連れてけないしなぁ。仲間割れしたんじゃないか?」
「それはないね」
シケボモの言葉をミミが否定した。
「もし、そうなら騒ぎを大きくはしないよ」
「だが、犯人が単独ならあり得るんじゃないか?」
ラギリの説はこうだ。
まず男を外に連れ出して息の根を止め、埋めるなりなんなりして遺体を隠す。それから家に戻り、つっかえ棒を置いて封鎖したというもの。
「うーん、あり得なくはないけどあの人臆病だったからなぁ。隠すってことは人気のないところだよね? そんなところに連れてかれたら警戒しそうなんだよねぇ」
ラモビフト相手にあれだけビビっていたのだ。暗いところで呑気にしているわけがない。
そんな彼が不意討ちでやられるとは思えなかった。
「となると、ゾトみたいな凄腕の盗賊かもな。あいつならこの密室に侵入できそうだ」
「ゾト?」
「俺の仲間だった女だよ。お前らも会ったろ」
「あぁ、あの人かぁ」
ウゴヨクの護衛役の女のスキルはそれだけ高かったらしい。
「まぁ、アイツは金にならんことはやらんからな。今回の犯人じゃないだろ」
「そこも気になるのよねぇ」
「ん?」
「動機よ、動機。強盗なら皆殺しにするもんじゃない? 一人だけってねぇ」
「あぁ……」
「たしかに」
「うーむ」
ミミに言われるまで三人とも見落としていた。そこに重要な何かが隠されているかもしれない。
しかし、手がかりが無さすぎて推論すらも立てられなかった。
犯人の目的はなんなのか。
ムムは得たいの知れない不安を感じたのだった。




