Letter10
手紙ありがとう。
まだ信じられない。
でも、もう、あんたはここにいないんだよな。
今だから言うけど、あの後俺も泉に何回か飛び込んだんだ。でもダメだった。水飛沫をあげて鎧と衣服をビショビショに濡らしただけだったよ。俺にとってはただの泉で、元の世界への扉にはなってくれなかった。
手紙もね。
前回俺が書いた手紙はそっちへ送れなかった。その辺の紙切れに書きなぐったものだったからかな。
今でも泉の淵に立って目を凝らせば、底に小さな紙片が沈んでいるのが見える。あのまま水底で藻屑になればいい。ちょっと……なんて言うか、とりとめのない手紙だったから。あんなものがあんたに届かなくて良かった。
それで考えたんだけど。
あの泉がこの世界の門になれるのはさ、多分、"異世界のもの"にとってだけなんじゃないのかな。
例えばあんたとか。この便箋や封筒とか。それに───そう……この世界に来たばかりの頃の俺、とかね。
つまり、今の俺はもう、"この世界のもの"になってしまっているって事なんだろう。
実を言うと、少し前からおかしいとは感じていたんだ。以前に比べてやたら負傷する頻度上がってないかって。
いつの間にか無敵の異世界人じゃなくなっていたんだな、俺。
ここに召喚ばれてから七年以上が経った。その間に吸った空気、飲んだ水、食べた食物──そういうもので俺の身体は形成され、成長していた。知らないうちに細胞からこの世界の住人へと作り変えられていたって訳だ。
ああ、だからって、これだけは誤解して欲しくない。俺があんたへ食事を勧めた行為に他意は無かったよ。あの当時はそんな理を知らなかったんだから。
俺はただ、あんたに生きていて欲しかっただけだ。同郷で同年代で同じ召喚被害者だったあんたに……きっと俺は、仲間になって欲しかったんだ。
あれ。なんだかこう書いてしまうと、あんたに余計な罪悪感を抱かせてしまいそうだ。ごめん、俺、説明下手だから。何て書けばいいのか分からない。ごめんな。
あんたがこっちの世界に来てしまったのも、そっちの世界に帰れたのも、あんた自身のせいじゃない。むしろあんたの身体のためにはその方がいい。
わかってる。
気に病まないでくれ。
俺は、あんたが帰れて、本当に嬉しい。
良かったと思ってるんだ。
……やっとそう思えるように、なれたんだ。
俺はもうそっちには帰れない。
その事がようく分かった。バカだよな、七年も経ってようやく諦めがついたんだ。
俺はもう無双の勇者ではないけど、逆に言えば、異世界人じゃなくてもやりようによっては魔物に対抗出来るって証明になった。これで勇者を無理矢理召喚する必要はない。この世界に召喚される人間は、だから俺で最後にする。してみせる。
俺のことは忘れてくれ。あんたはあんたの世界で幸せに、平穏無事に過ごして生きていってくれればいい。
さくら。
あんたに会えて良かった。
いつだったか、俺のために怒ってくれてありがとう。言わなかったけど、嬉しかったよ。あんたが居たから、俺の人生もそう捨てたもんじゃないなって思えた。
最後にひとつだけワガママを言ってもいい?
ごめんな。あんたに貰ったこの手紙、本当なら一生大事に取っておきたかったんだけど、返事を送るために使うしかなかったんだ。それがこの一枚。
そしてもう一枚は違う人に宛てて書いてある。
渡して欲しいんだ。俺の事をまだ覚えてくれているかどうかは分からないけど。俺の記憶が正しくて、その後引っ越したりしてなければ、宛て先は合っているはずだから。頼んでいいかな、不肖の息子からの手紙を。
住所が間違ってるとか、該当者が存命でないとか、受け取りを拒否されたとかで──ダメだったら燃やしてくれ。面倒な頼みですまないけど。
俺は、この世界で生きていく。
いつだってあんたの幸せを願っているよ。
シン
◆◆◆Re:
何言ってんのシン。
忘れろとか、正気?
あたしの立場にもなってみてよ。自慢じゃないけど、あれが初めてだったんだよ。忘れられる訳がないじゃない。男の身勝手にも程があるでしょ。やっぱりきみ、バカなんじゃないの?
頼まれた手紙は、ちゃんと渡したよ。
きみ宛ての返事も預かっている。同封します。ちゃんと届くように祈ってる。
だから、また。
また手紙を下さい。
待ってるよ。いつまでも待ってるから。
小林慎之介さま
高岡朔良より




