表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/30

虫の知らせ

 登校日も終わって、ようやく自由に旅行に行ける身分になったので、さっそく目的を達成する為に電車に飛び乗った。乗り放題の魔法のチケット「青春18きっぷ」を持って。


 ……ホントは一人で五日間乗り放題するつもりだったんだけど、タマちゃんが付いてくるから三日で。一日分は普通に切符を買わなきゃ。


「ぼくをおいてくと、ベッドのまくらに牛乳を拭いた雑巾をおいとくからね! 帰って来てから泣いても知らないよ!」


 こんな事言われちゃ、置いて行くわけにはいかない。泣きそうだし。俺もタマちゃんも。

 化かすとかそういう方向じゃなく、精神的にイヤな方向で脅迫してくるようになったあたり、タマちゃんの成長と言えるのではないだろうか。効果はばつぐんだ!


 で、タマちゃんを連れて豊橋駅まで行って飯田線に乗り換える。昔に父親から聞いてぜひやって見たかった悪ふざけを実行できる場所は、日本中探せば他にもあるのかもしれないけれど、とりあえず父親の教えてくれた場所を使う。

 飯田線。この路線に、大きな「Ω」の字を描くように線路が遠回りするエリアがある。手前の駅で降りてショートカットして走れば、上手くいけば遠回りしてきた電車に追いつく事が出来て「自分が降りた電車に追いついて乗る」事が出来るのだ。つまりは、遠回りする電車と、ショートカットする自分との競争。


「タマちゃん、本気で走ってね?」

「うん!」

「乗り遅れた場合は駅で待つけど、途中ではぐれたりしちゃダメだからね?」

「うん!」


 両手をぐーにして良い返事をするタマちゃん。返事だけは良いんだよな。ちょっと心配。でも、まぁ大丈夫でしょ。本気で走れば人化モードでも俺より速い気がするし。


 そんなわけで。換えのTシャツとタオル、水筒とおやつを詰め込んだリュックをしっかりと揺れない様に固定すると、目的の駅を待つ。

 結構早い時間だったんだけど、電車の中にはスーツ来た父親くらいの人達もいる。そういえば大人は八月でも夏休みじゃないんだね、大変だなぁ。


 しりとりでタマちゃんをル攻めで粉砕したり、古今東西ゲームで偶数しか無い物攻めで粉砕したりしているとすっかりふてくされられてしまったので、お昼にどの駅で駅弁を買って機嫌を取ろうか考えていると、窓にかじりついていたタマちゃんが歓声をあげる。


「じゅん! 川だよ川! いま、チラッと見えた!」


 周りの人達の微笑ましげな視線が少し恥ずかしい。

 特に急ぐ旅でも無いのでぶらぶら途中下車してもいいかな。一緒に散歩すれば機嫌も直してくれるだろう。でも、目的のΩダッシュの前にウロウロしすぎると疲れちゃうかな。

 あっちこっち散策するのはダッシュの後にする事にして、目的の駅までは大人しくしている事に決めた。タマちゃんは電車の先頭から最後尾までウロウロして、じゅん? この電車すごく短いよ? なんて不思議がっていた。宇都宮線や山手線と一緒にしてはいけない。


 数時間後。電車の外を眺めるのもすっかり飽きてきた頃に、目的の駅に到着した。

 タマちゃんとお互いに目を見交わし合い、うん! と強く頷くと電車のドアが開くと同時に駆けだした。改札で一回止まらなきゃいけなかったけど、その後は地図で何度も確認した通りに走る。


 階段を飛び降り、大きめの通りを曲がって一気に直線をダッシュする。人も車も少ないし、暑い事以外はとても走り易い。背中のリュックがかなり重いけれど、上手く固定した為か中身が揺れる事も無いしかなり順調だ!

 駅が見えてきた。まだ電車は来ていない。ちらりと後ろを見てタマちゃんが付いてきている事を確認すると……

 いない。


 パン! 運動靴の底で地面を叩いて急ブレーキ。後ろを振り返って見ると、陽炎の立つアスファルトがずーっと続いているだけ。タクシ―が走っているけど、まさか疲れたからタクシ―止めて「前に走っているじゅんをおってください!」なんてやってないだろうし。

 いつから居なかった? 駅を出た時は居た。 角を曲がった時は居たっけ? 後ろから足音は聞こえていたはず。その後加速したけど付いて来れなかったなんて事はないはず。周りをきょろきょろ見回してみるけれど、当然居ない。何処にも居ない。


「タマちゃーん!」


 大きな声で呼んでみる。どうしよう! 全力で元来た道を走って戻る。どこかで転んでいたのかもしれない。道を間違えたのかもしれない。


「ごめん、じゅん。ズルしました」


 どうしようと焦っていると、背中からそんな声が聞こえてきた。とたんに軽くなるリュック。

 ストンと地面に降りて、ぺこりと頭を下げるキツネモードのタマちゃん。


「あのね、そんなに心配させるつもりじゃなかったんだよ? ゴールに着いた時に、疲れてるじゅんに前にパッと現れて、こんなんで息が切れるとはまだまだだね! とか言おうと思って背中に乗ってただけで。ごめんね?」


 キュッと音がしそうなしぐさで身体を捻ると、斜めに顔を覗き込んで来る。心配していたのがバカバカしくなって来た。っていうか、気付こうよ俺。あんなに取り乱して恥ずかしい。思わずペタンと座り込んでしまった。


「もー! なんでキツネに変身すると軽いんだよ。人化状態だと普通の重さなのに」


あんまり恥ずかしいから、てれ隠しに変な質問してしまった。


「見越し入道さんとか、子泣き爺さんとか、大きさも重さも変わるし。気にしちゃダメだよ」


 キツネのままでモジモジとしていたタマちゃんは律儀に答えてくれる。しかし、重さ変わるのは普通なのか。妖怪って不思議な生き物だ。


「それにね、女の子にタイジュウの話題はダメだよ? タマキさんなんてケーキ我慢してるんだから」


 子泣き爺と同列に比べられても環さんだって困ってしまうだろうに。


 電車がホームに入ってくる音が遠くから聞こえた。今から走れば滑り込めるだろうけど、疲れたし、次の電車でいいや。今回は電車に負け。タマちゃんの反則で。

 うん、来年にでもまた来よう。その時はズルできない様にタマちゃんを先に走らせようっと。



 この後、駅のホームに入って驚いた。まさか、一時間に一本しか電車が無いとは。時刻表が真っ白い。

 この暑い所で一時間も待つのは退屈だったから、走って疲れていたけど、そのまま散策を始める事にした。


 結局この日はもう電車に乗る事もなく、次の日も丸一日電車に乗らずに歩いた。街なかでパンやおにぎりとペットボトルの水を買い溜めてそのまま日が暮れるまでタマちゃんと喋りながら歩く。ホントは悪いことだけど、終電が終わった後の無人駅に入りこんで待合室で休んだりもしたので、野宿してたとしてもそこそこ快適だったはず。

 青春18きっぷは五回分しか使えないから、二人だと二回分しか無いので、電車を使わずに移動する日を作らないと旅行が二日で終わってしまうから考えた苦肉の策だったんだけど、結構楽しかった。線路沿いに家とか全然ない所をあるいて細い橋を見つけたり、何だかわからないけど大きめの動物の足跡見付けて驚いたり、夜に灯り替わりに狐火だしたらまた遭難しそうになったりしたけど、最近では珍しく妖怪に会う事もなく平和に旅行は終わった。


 いや、平和と入ってもトラブルが無かった訳じゃないけど。怖い目にもあった。


 例えば、野宿させてもらおうと潜りこんだ無人駅の壁が蛾でびっしりだった時。これは、二人で悲鳴上げちゃって。オバケとかよりよっぽど怖いよ、蛾の大群。なんか嫌な予感がして、この時点でもう帰ろうかと思っちゃったし。

 野宿の時に蚊取り線香替わりに使おうと思って、普通のお線香持って来てたんだけどあんまり効かなかった。せっかくお線香供えたからお経でも唱えようかって言ってタマちゃんと二人でお経上げてたりしたけど、無人駅から悲鳴の後に般若心経が聞こえてくるのを誰かに聞かれてたら、新しい怪談が出来てしまう所だった。これは俺のじゃなくて通りがかった人がいたらそっちの怖い目か。


 あと、結局蛾が怖くて夜通し歩く事にしたのだけど……テンションあがってて眠くなかったし。

 終電が行った後だったからもう電車も通らないだろうと思って、線路を少しだけ歩いてみた時に後ろから電車が走ってきたのはかなりの恐怖だった。まだライトに照らされるほどの距離じゃ無かったけど、両側とも茂みになっていて足元が見えないから、タマちゃんを抱えて全力疾走して踏切まで逃げ切った。息を整えながら見ていたら、徐行しながら走る回送列車だった。


 タマちゃんに会ってから色んな妖怪に会うようになって、でも全然怖いとは思わなかったけど、虫とか電車事故とかそっちのが怖いなんて思いながら家に帰って。

 そこで本当に怖いのはそう言う事じゃないんだって初めて知った。人を化かす妖怪とか、危険な妖怪とか、怖い話とか。そう言うのよりもっと怖い虫の大群とか事故とか自分は大丈夫と思って線路歩いちゃった事とか(父親に凄く叱られた)。そういうのよりずっとずっと怖いのは。友達が居なくなるかもしれないって言う事なんじゃないだろうか。


 家に帰った俺達が母親から聞いた知らせは、環さんが入院したって言う事だった。まだ遠いはずの手術を急に急ぐ事になったって。


この駅は実在します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ