番外編【③】「私たちの出会いII」
やってしまった。
マリーは、血の気が引いていくのを感じた。
まさか、彼がランス殿下だったとは。謎の多い殿下と、よく分からない彼には重なる部分がある。もっと早く気づいていれば、きちんとしたご挨拶ができたはずなのに。
「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
マリーを見つめるリオ殿下の真っ青な丸い瞳が、さらにその焦りを増幅させていく。
「……ぁ、その、失礼いたしました」
気づいた時には、マリーは彼らを振り切って走り出していた。ドレスの裾を摘み、しばらくしてからはっと我に返る。
終わった。
リオ殿下からの質問にも答えず、焦りのあまり逃げ帰ってしまった。
婚約者云々の話ではない。公爵令嬢として、あまりにも無礼な振る舞いをしてしまった。
◇◇◇
「そっか、あの時の……」
ランスは、マリーの様子を伺いながらそんな言葉を口にした。
マリーにとって、この出会いは大切な思い出だったというのに、彼ときたら……。
あの紙袋でマリーの顔が見えるわけがないとは思っていた。だが、婚約者に決まった時は心のどこかで殿下もあの短いひとときを大切に思ってくれていたのかと期待してしまった。
それが、蓋を開けてみれば肖像画で選んだなどと……いや、それも嫌なわけではないのだが。
「正直、殿下からそのお話は聞きたくありませんでした。そんな馬鹿正直に……」
「ごめんね、やっぱりマリーに嘘はつきたくないなって。でも、あの……僕はマリーからその話を聞けて嬉しかった」
ローブで顔は見えないが、ランスが嬉しそうにしているのは伝わってくる。
襲撃にあった後、マリーはランスと再びお茶を囲むことになった。
護衛に囲まれており、どうにもそんな甘い話をできるような空気感ではないのだが……ランスは物理的に周囲が見えていないからか、いつもよりも堂々と話している。
マリーの中に長年あったのは、あの時の彼の気持ちを知りたいという一心だった。そして、許してもらえるのであれば、あの無礼を謝りたいとずっと思っていたのだ。
しかし、その話をした後に彼から返ってきたのは、マリーが予想だにしていなかった言葉。
そう、マリーを選んだこととあの出来事は何の関係もなく、マリーの無礼も全く気にしていなかったという呑気な話だった。
「その、忘れてたわけじゃないんだよ。僕だって、あの時に君が言ってくれた言葉は嬉しかったし。僕にとって、かっこいい人のお手本は、あの女の子だったから……」
そんなことを言われてしまっては、怒る気にもなれない。
「怒ってる……?」
「いえ、呆気に取られていただけです」
何もできなかったマリーを、今のマリーにしてくれたのだって、彼との出会いがきっかけだった。
婚約者に選ばれてからは一層努力を惜しむことなく、彼が褒めてくれた言葉を糧にしっかり者のマリー・ウィンザーになることができた。
一方通行だったのは少しばかり癪に障るが、実際、彼が数多の公爵令嬢の中から自分を選んでくれたことは事実だ。
それだけでも、胸が温かくなっていく。
「……その、僕、王位継承権を放棄しようと思う。王国の法律だと、結婚後も継承権はそのままになっちゃうし……僕は、もう家族を危険に巻き込みたくないから」
もともと、ランスが王位継承に興味がないことは分かっていた。イスレン王国では、結婚後も親族の継承権は無くならない。
それを放棄するということは、表向きには王室との関係を断ち切るということだ。
マリーの心は、もう決まっていた。
「殿下がお決めになったことなら、私はどこまでもお供いたします」
その返事を聞いて、ランスはマリーの手をぎゅっと握ってくる。
話すことですらままならなかった彼の変化に思わず目を見開くと、ローブの隙間から優しい笑みが見えた。
「手続きに時間はかかるけど、それが終わったら……その、僕と結婚してください!」
顔が熱くなっていく。頬が朱に染まり、マリーは慌てて周りの護衛たちに目を向けた。
目を逸らして気まずそうにする彼らを見て、マリーの耳先までもが熱を帯びる。
「あ、が、でっ、殿下! こんなところでやめてください……!」
「え、なっ、何で? マリーは、その、他に好きな人がいるの……?」
あり得ない質問に、マリーは言葉を失った。
「……」
「……ごめんなさい。その、いたらさっきの話はしてくれないよね」
申し訳なさそうに人差し指をくっつける彼を見て、マリーは浅くため息をついた。
全くロマンティックではないプロポーズだが、そんなこと今はどうでもいい。
「分かりました。殿下が私と目を見て話せるようになったら、結婚しましょう」
「め、目を見て……」
ランスが少し俯いた。さすがに、ハードルが高すぎただろうか。それでも、顔を隠した彼と結婚生活を送るなんて考えただけでも……わりとしっくりきてしまうのが嫌だ。
ランスが少しだけ顔を上げると、ゆっくりとフードを下ろした。鮮烈な真紅の瞳と柔らかな金髪がマリーの視界を支配する。
「……え」
「大丈夫、もう大丈夫だよ」
ぎこちない笑みを見せた彼の手は、少し震えている。
彼が目を横に流すと、ようやく護衛がどれだけついているのかに気付いたらしく、再びフードを深く被った。
「なんっ、えっ、なんで……全部聞かれてたってこと?」
「ですから、こんなところでやめてくださいと……」
ランスは小さく丸まってしまった。あの時とは違って背丈は随分と大きくなったため、なかなか滑稽な姿である。
それなのに、その姿さえも愛おしいと思えてしまう自分の惚れっぷりに、マリーは胸がぎゅっと締め付けられた。
「意地悪をしてすみません。殿下の仰せのままに。愛する人のお願いは、断れませんからね」
マリーが柔らかな笑みを浮かべると、ランスは嬉しそうにはにかんだ。
「私たちの出会い」は二人にとって同じ重さではなかった。それでも、二人は今ここにいる。そんなお話でした!
引き続きになりますが、一章の内容を含め、少しずつ改稿してます。大筋に変更はありません!よろしくお願いいたします。




