34話「記憶喪失の少女と夜」
夕暮れがゆっくりと集落を包みこみ、キラライフ族の家々は少しずつ夜の色へと変わっていった。
昼間は明るい黄色が目立っていた壁や飾り布も、今はやわらかな灯りを受けて、どこか落ち着いた色合いになっている。広場では子どもたちが小さな星のような光を手にしてはしゃぎ、大人たちはそれを見守りながら、夜の準備を進めていた。
「なんだか、さっきまでとは全然ちがうね」
ホシノがライドスターの上から周囲を見回しながら言う。
「はいなのです。夕方になるだけで、こんなに雰囲気が変わるのですね」
ミクも静かにうなずいた。
マナは広場の中央に立ち、目の前の景色を見つめていた。ランプが言っていた「夜になるともっときれいになる」という言葉。その意味を、少しずつ理解しはじめていた。
「……ほんとに、きれいになりそう」
マナがそうつぶやくと、近くにいたランプがうれしそうに振り向いた。
「でしょでしょ! だから夜は好きなんです!」
「夜が好きなの?」
ホシノが首をかしげる。
「うん! 昼は元気いっぱいで楽しいけど、夜はもっと魔法がきれいに見えるから!」
ランプは胸を張って答えた。
「それに、みんなで灯りをつけるのが楽しいんです。ひとつだけでもきれいだけど、いっぱい集まると、星みたいに見えるんですよ!」
「星みたい……」
マナはその言葉を繰り返す。
広場の端では、キラライフ族の大人たちが金色の杖をそっと掲げていた。すると、杖の先から小さな光がぽん、と生まれ、空へと浮かび上がる。ひとつ、またひとつと増えていき、まるで夜空に小さな星を置いていくようだった。
「わぁ……!」
ホシノが目を輝かせる。
「すごい! 本当に星みたいだ!」
「えへへ、きれいでしょう?」
ランプが得意そうに笑う。
「これが、キラライフ族の夜なんです!」
「すてきなのです……」
ミクがうっとりとした声で言う。
マナは空へ昇る光を見上げた。どの光も小さいのに、集まるとひとつの景色になる。さっきまで少しだけ不安だった胸の奥が、だんだんとやわらかくほどけていくようだった。
「ランプ」
「なあに?」
「夜になると、もっときれいになるって、こういうことだったんだね」
マナがそう言うと、ランプはにっこり笑った。
「そうです! 夜は夜で、昼とちがうきれいさがあるんですよ。見てもらえてよかったです!」
「ほんとに、来てよかったです」
ミクも穏やかに言う。
「うん、私も」
ホシノがライドスターの上でくるりと身体を回した。
「昼間も好きだけど、夜の方がもっとわくわくするかも!」
「ホシノさんは、本当に楽しそうですね」
「だって、こんなにきれいなんだもん!」
その言葉に、ランプは嬉しそうに笑った。
「ねぇねぇ、もっと奥も見に行こうよ!」
ホシノが勢いよく言う。
「いいの?」
マナが聞くと、ランプは元気よく頷いた。
「もちろんです! こっちです! 夜になると、広場の先にある小道にも灯りがつくんですよ!」
ランプに案内されて、三人は広場の奥へと歩いた。
道の脇には、小さな星形の灯りが並んでいる。ひとつひとつは控えめな明かりなのに、集まると不思議な安心感がある。風が吹くたびに光が揺れ、それがまるでゆっくり呼吸しているみたいだった。
「なんだか、静かになってきたのです」
ミクが小さく言う。
「うん。でも、暗いって感じじゃないね」
ホシノが答える。
「そうです! 夜は静かでも、さみしくないようにするんです」
ランプが前を歩きながら説明する。
「誰かが一人でも、ちゃんとあったかい気持ちになれるように、みんなで灯りを増やすんですよ」
「それ、いいね」
マナは素直にそう思った。
誰かを無理に変えるのではなく、その人が安心できるようにする。昼の時点でも思ったけれど、キラライフ族は本当にやさしい部族なのだろう。
やがて三人は、集落の中でも少し高い場所にある小さな見晴らし台へ案内された。そこからは、家々の屋根や広場の灯りがよく見える。空にはいくつもの光が浮かび、星と見分けがつかないほどだった。
「わぁ……!」
ホシノが思わず声を上げる。
「上から見ると、もっとすごい!」
「きれい……」
マナも息をのんだ。
遠くの家々の灯りが、星の形をした飾りと重なって、夜の集落全体をやわらかく包んでいる。昼間の明るさとはまるで違う。静かで、やさしくて、でも確かに生きている景色だった。
ランプは誇らしげに胸を張る。
「ね、きれいでしょ?」
「うん……ほんとに」
ミクが微笑む。
「夜って、こんなにあたたかいんだね」
マナも静かにうなずいた。
記憶を探す旅の途中で、こうして夜の美しさを知る。知らないことばかりの世界でも、やさしい景色はちゃんとある。そのことが、今は少しうれしかった。
「マナさん」
ランプがそっと声をかける。
「夜になるともっときれいになるって言ったの、信じてくれた?」
「うん」
マナはまっすぐ答えた。
「信じてよかった」
ランプはその言葉を聞くと、満足そうに笑った。
「えへへ、ならよかったです!」
夜の空には、キラライフ族が灯した光が静かに揺れている。集落の家々は星のように輝き、見上げる空と地上の境目がわからなくなるほどだった。
マナはその景色を目に焼きつけながら、そっと思う。
夜になると、もっときれいになる。
その言葉は、ただの感想ではなかった。
キラライフ族の夜は、本当にそうだった。




