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身に覚えはありませんか?  作者: 三嶋トウカ
夏:第1便~第3便

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第2話:【第1便】特選ハンバーグ_2


 一週間後、仕事を終えて帰ってくると、玄関の前に白い箱が置いてあった。小さめの段ボール。いつも頼むネットスーパーの箱よりも、ずっと綺麗で厚みがある。表面がツルツルしていて、照明を反射してまぶしいくらいだった。


「……え? 何これ」


 何か買った記憶はなく、思わず声が出た。


 宛名のラベルを見ると、そこには自分の名前が書いてある。差出人は『食材定期モニターキャンペーン事務局』。……身に覚えはない。

 よく見ると、細いフォントで宛名のすぐ下に『おめでとうございます!』と小さく印刷されている。

 懸賞か――! と気付いた瞬間、少し笑ってしまった。


「すごっ……ほんとに当たるんだ」


 部屋に入って靴を脱ぎ、箱を玄関の床に置く。特に通知はスマホに届かなかったが、配達員さんが置いていってくれたのだろうか。思い返せば、最近は置き配が多い。呼び鈴を押されても仕事中で出られないことも多いし、特におかしいことではない。

 それでも、なんとなく『誰かがここまで入ってきた』感覚がして、少しだけ背筋が伸びた。


 テープの端を指で探し、ハサミを入れる。粘着は強すぎず、スッと刃が通る。中から冷たい空気がふわっと出て、顔に当たった。


「冷蔵モノか……」


 箱の中は白い薄紙に包まれていて、その上に封筒が一枚。印刷された黒い文字が規則正しく並んでいる。


「おめでとうございます! 『食材定期モニターキャンペーン』にご当選されました。今回お届けするのは、特選ハンバーグ用挽肉です。肉の旨味を活かすため、ぜひシンプルな味付けでお楽しみください」


 声に出して読んでみる。良いものが当たった。


 更にその下には『※中心まで十分に火を通してお召し上がりください』と小さく書かれていた。


「『特選ハンバーグ用挽肉』……? あれっ、もしかしてまたハンバーグになるの?」


 先週自分で作ったばかりだったので、ちょっと笑ってしまう。そういう意味では、偶然にしては出来過ぎている。


 箱の中に、銀色の真空パックが三セット入っていた。取り出すと、金属みたいに冷たい。表面に少しだけ水滴がついていて、光が反射してキラキラしている。


「すご。何だかちゃんとしたやつ」


 ラベルには細い文字で、いかにも高級そうな雰囲気で書かれていた。


 *****

 特選ハンバーグ用挽肉(冷蔵)

 内容量:150g×3

 賞味期限:記載なし

 保管方法:10℃以下

 製造者:――

 *****


 製造者は印字が掠れて読めなかったが、別に問題はない。裏返すと、小さなバーコードと一緒に『00482181』と数字が印字されている。

 見たことのない並び。懸賞の管理番号かなと思い、そのままスルーした。


 箱の中の少し甘いような、木屑の匂いに近い香りが鼻をくすぐる。

 今のところ、肉の生臭さは全くなく、むしろハンバーグを焼く前の香ばしさに似ている。……気のせいだろうが、何だか楽しい。思わず鼻を近づけて深呼吸した。


「んー……いい匂い」


 急に指先が少しぬるっとして、慌ててタオルで拭く。水滴のせいだろうが、温度のせいか、普通の冷蔵肉よりも体温に馴染む感じがした。


「これでハンバーグ作ったら、絶対美味しいよね」


 独り言をこぼして、封筒の中をもう一度確認する。すると、A4のアンケート用紙が一枚入っていた。よくある質問が並んでいる。


 *****

 ・今回の食材の味はいかがでしたか? (とても良い/良い/普通/もう少し改善してほしい/不明)

 ・食感や香りについて気づいた点をお聞かせください。(自由記述)

 ・おすすめの調理法やアレンジがあればご記入ください。(自由記述)

 ・次回の配送で希望する食材・部位などがありましたらご記入ください。(自由記述)

 *****


 下の方にQRコードが印刷されていて、スマホからも回答できるらしい。裏返すと、下の端に薄いインクで何か書かれていた。


『身に覚えはありませんか?』


 最初は、印刷ミスかと思った。文字の色が他と違う気がする。


「……何だろ、これ」


 思わず読み上げてから、くすっと笑った。もしかしたら、エコの一環でチラシの裏紙を使ったのかもしれない。

 箱の底を調べると、もう一枚、小さなカードが貼られていた。


『※本キャンペーンは、今後も毎月お届けいたします。詳細はQRコードよりご確認ください』


「え、定期なの?」


 首を傾げる。そんな大きな懸賞に、登録した覚えはない。それに、モニター登録をした記憶もない。


「あー……まあいっか。どうせ無料だし」


 独り言を言って、カードを封筒に戻した。


 パックを持ち上げると、やっぱり少し重い。両手で包み込むようにすると、指の腹にひんやりした感触が伝わる。長く触っていると、手の中でじわっと温まる気がする。まるで、触られたほうが熱を返してくるみたいに。


「……私詩人になれるかもしれない」


 笑いながら、冷蔵庫のドアを開けた。中はほとんど空だ。野菜室には玉ねぎがひとつと、半分残ったキャベツ。上の棚にパックを置くと、銀色の反射が冷蔵庫の壁を照らした。


「せっかくだし、またハンバーグ作ろっかな」


 口にした瞬間、自分でもおかしくて笑った。どれだけハンバーグが好きなのだろう。


 空いた箱をたたもうとして、やめた。紙が厚くて、表面が綺麗だし、何かに使えるかもしれない。中も汚れていない。

 部屋の隅に立てかけると、照明の光を反射して、ほんの少しだけ部屋が明るくなった気がした。


「あれ、いい感じ」


 手を洗うと、指先に冷たさが残っている。念のためもう一度洗って、タオルで拭く。それでも、皮膚の下が少しじんじんするような気がした。


「冷たかったからね」


 そう言いながら、冷蔵庫のほうをちらりと見る。


 モーターの音が低く唸り、その後すぐ静かになった。次の瞬間、耳の奥でじゅうっという音がした気がした。

 ……ほんの一瞬。

 油が跳ねるような短い音。


「……お腹空いたのかな」


 照明を落とすと、冷蔵庫の中のパックが光を反射して、薄く白く光っていた。何だか、それを見ていると安心する気がして、私はそのまま、ソファに腰を下ろした。

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