プロローグ
――社員食堂のスピーカーから、ニュースの音が微かに流れていた。
「一昨日より行方不明になっている男性の捜索が続いています。警察によりますと――」
流れる言葉の音量は小さい。そこにいる彼女はイヤホンをしていて、聞こえていないようだ。
その手の親指がスマートフォンの画面をすべり『フォロー&リポストで当たる!』の文字が次々に流れていく。忘れないようにブックマーク、それからフォローと拡散し、簡単なコメントを入れる。
この一連の流れは、彼女の趣味……いや、日課だった。
「……あ、カフェラテなくなっちゃった……」
小声でそう呟きながら、画面の下に並ぶキャンペーンへ応募していく。『#一日一応募』『#懸賞』『#懸賞垢さんと繋がりたい』『#プレ企画』。記事を探す指先が止まらない。
テーブルの端には、ほぼ氷だけになったカフェラテが置かれている。グラスはとっくに大粒の汗をかき、ミルクの小さな泡に混じって、スプーンの影が沈んでいた。
「――あ、ここ座っていい?」
顔を上げると、視線の先に同僚が立っていた。ランチを持ったトレイを両手で抱えている。
「いいよ」
「ありがと。てか、もしかしてまた懸賞?」
「バレた? うん。最近、色んな企業がやっててさ。フォロワー増やすと当たりやすいんだって」
「へえ、そんなコツあるんだ」
「タグ使って、相互フォロー増やしまくり」
「大変そう」
同僚が笑いながら腰を下ろす。スピーカーのニュースが一瞬だけ大きくなる。
「男性は交際相手の女性と最後に連絡を取った後、消息を絶っています――」
「……何かさ、最近怖いニュース多くない?」
同僚がぼそっと言った。
その口の動きに彼女は顔を上げて、イヤホンを外した。
「え、何の話?」
「さっきの行方不明のニュース。ああいうの、ほんとどこ行っちゃうんだろね」
「見てなかった。最近ニュース見てると気が滅入るんだよね。良い話、全然ないんだもん」
そう言って、またスマートフォンに目を戻す。
「でもさ、懸賞は楽しいよ。何か当たると、世界が私の味方してくれた気がするの」
「確かに、何でも当たると嬉しいもんね。……当たるといいね」
「うん。当たりますように。あ、これね、今回のはダブルチャンスもあるんだよ」
「へぇ、そういうのもあるんだ」
画面をタップする指先が止まる。画面の中央に『応募完了』の文字が光った。
彼女はふっと笑って、イヤホンをつけ直す。
スピーカーから、もう一度ニュースの声。
「なお、男性の勤務先の同僚によりますと――」
音量が下がって、誰も聞いていない。皆、目の前の薄い箱に夢中だ。
社員食堂の窓の外では、宅配トラックが通り過ぎていく。その白い車体の側面に、赤い文字が一瞬だけ光った。
『懸賞当選品 お届け便』




