9話 歴史の介入者はエンネルーベだけじゃない
「一体何が起こってるのよッ!」
「……考えてもワケわかんねーわね。とりあえず、コレに関してはちょっと考えるのやめだわ」
何の情報も無いのではいくら考えても無駄だ。
今の最優先事項は目の前の危機を脱することだ。
「いくら殴っても全然効かないし! コイツはどんどん強くなってくし! なんか弱点とかないのお姉ちゃん!?」
「そんなもん知らねーわ」
沙世は即答した。
「でも、そんなの知らんでもコイツは破壊できる!」
「どうやってよ!? いくら殴ってもダメージないのに!」
「別に攻撃手段は殴るだけじゃねーでしょ」
ドスペラルドがちょいちょいと智香の足部分を指した。
「見くびるなっての。この魔界戦衣が智香のパワーをアップさせるだけで終わるわけないでしょーが。これはもっと凄い発明品だっつーの!」
「……何をする気か一応聞かせてもらいたいんだけど」
「まずは思いっきり高く飛べッ!」
「ぐぬぬぬ。なんか怖いけどやるしかないッ!」
沙世が何を考えているのかわからないが、手段の無い智香は言われた通り上空へと翔けた。
その智香を紫球はすかさず追っていく。
「魔界力の制御は私がする! 智香! あんたはアレに攻撃を命中させるっつーことだけを考えて!」
「命中って何を……って、うわッ!?」
智香の右足先が紫色に強く輝き始めた。
満ちている魔界力が一カ所に集まっているのだ。殴りつけていた時とは比較にならない力が右足先に込められている。
「智香にある力は今でも充分凄いけども、それはマジの強さじゃねーの。魔界戦衣で得た魔界力ってのは、本人が本来持つ魔界力とあまりにかけ離れてっから、感覚のズレが生じてんのよ。そのせいで全力のつもりでも、実は全くってのが起きんの」
智香は魔界戦衣本来の力を発揮できていない。どうしてもセーブした力になってしまうと沙世は言った。
「でも、私のサポートがあれば問題なし。そういった諸々の“バグ”を修正できっからさ。本来の力を使えるってワケよ」
今、足先に収束されている魔界力こそが、魔界戦衣でパワーアップした智香本来の力であると沙世は言った。
「でも、全力状態続けっぱなしは魔界力の消費が大きい。連続じゃ使えねーから一撃のみ。だからとびっきりスペシャルな攻撃じゃねーといけねーワケ」
「……沙世お姉ちゃんが何をしたいのかわかってきた」
遙か高い位置にいる智香へ、紫球が一直線に向かって来ている。
「つまりお姉ちゃんはさ」
足先に魔界力が集中している智香。
連続では使えないという沙世の説明。
一撃で決着をつけたいスペシヤルな攻撃。
これらから導き出される結論は。
「俗に言う必殺技がしたいんでしょ? つまり魔界砲!」
「そう! よく理解した我が妹! でも、魔界砲じゃねーわ」
ドスペラルドは首を振った。
「魔界砲だと地面に被害が出るかもだし、アレって命中させんの難しーのよ。だから、これはそんなんよりもっといい技」
用意は整ったとばかりに、智香の足先に集まった魔界力が雷のように迸った。
「つーわけで流星蹴だッ!」
「叫ぶ必要なんてないでしょッ!」
智香は急降下を開始する。流星蹴は名前そのままに、流星のごとく紫球へと流れ落ちていった。
「やああああああああああッ!」
単純に向かってくるだけの紫球に避けるという知能はない。
流星蹴が命中するのは当然だった。
「だあッ!」
瞬間、猛烈な衝撃がブチ辺り、紫球は耐えられず粉々になった。
粉砕された紫球は、そのまま霧散し消滅していく。
「智香!」
「わかってる!」
紫球に手こずったせいで随分と遅れてしまった。
もう時間がない。即座に智香は隕石の元へ飛んでいく。
「こんな切り札あるなら最初から教えてよ!」
「ごめんごめん、ちょい考え込んじまったからさ」
流星蹴の勢いそのままに、智香は下へ下へと向かっていく。その速度は凄まじく、あっという間に隕石を追い抜いた。
直線上に止まり、さっきと同じようにすぐ智香はボレーの構えをする。
隕石が智香の構えた両腕にズシリとぶつかった。
「ぐッ!」
その衝撃で僅かに智香の身体が下方へ沈んだが、隕石は天高く弾かれた。青空に吸い込まれるように小さくなっていく。
これならもう地上には落下しないだろう。落下する前に過去の沙世が回収するはずだ。
「ふう、邪魔があったけどこれで結果オーライか」
任務完了。これでエンネルーベ家最大の懸念事項はなくなった。智香は地上に降り立ち、ホッ息を着く。
「……よかった。これでもう私のせいでお姉ちゃん達に迷惑かかることないよね」
ドスペラルドに聞こえないようボソリと呟く。
罪は消え去り、本当の安心がやっと三姉妹に訪れたのだ。
「ねぇ沙世お姉ちゃん。アレ(紫球)って何だったのかな?」
しかし、過去の異世界なんて場所で襲われるとは思わなかった。
ありえない襲撃に智香はモヤモヤとした不安感が拭えない。
「さーね。私がこれから調べてみるわ。かなりほっとけねーヤツだしね」
いくらまどろっこしい方法でも、ここまでピンポイントで狙われたのだ。智香本人、またはエンネルーベ家に怨みを持っている者の仕業と考えるべきだろう。
今はこれだけしかわからない。
「それに私のかわいー妹を狙うとか、そんだけで万死に値だし?」
「ほー、そんな可愛い妹なのに人体実験するんだ。なるほどなー」
「何言ってんだっての。私は可愛い妹だからこそ信じてやったっつーの」
「いーや、信じてたらやる前に言うよね。聞いたりするよね。だって可愛い妹を信頼してるんだからさー」
智香は沙世に軽く嫌みを言いつつ、再度魔界戦衣を見て笑顔になる。
この魔界戦衣のデザインは智香の好みだ。少し露出が多いのもお気に入りポイントである。普段着ない服装なので珍しさもあった。
「凄いよねこの服。着れば誰でもパワーアップできるの?」
「服って言うな。魔界戦衣だっての。普段あんたが着てるヤツとはレベルが違うっつーの」
ただの衣服と一緒にするなと沙世は注意する。
「魔界戦衣を着れば誰でもパワーアップできっけど、ソレは智香専用だから智香しかきれねーわ。ま、長くて三十分しか持続しねーし、一度使ったら連続着用できねーしで、その辺欠点なんだけどね。でも、ここは素直に喜んどくか。魔界戦衣そのものは成功してんだし」
「……あれ? そういえば紅葉お姉ちゃんは?」
そういえば、ドスペラルドから紅葉の声が聞こえない。紫球の件があったとはいえ、歴史改変は無事に終わった。紅葉なら沙世を押しのけて智香の名前を呼びそうなものだが。
「姉さんなら、智香がそっちに行った時、職場から連絡があって出てったわ。何か緊急事態みてーね」
「ふーん」
今日はもう仕事が終わったと言っていたのに。
何か重大な事件でも起こったのだろうか。
「あ、この魔界戦衣だけど魔界に帰ってからも着ていい?」
「そうしてやりてーのは山々だけどもダメ。改良したくてたまんねーから、しばらくはムリ」
紅葉が少し心配になるが、考えてもしょうがない。紅葉が凄い魔界人なのは周知の事実だし、それは姉妹である智香(沙世も)が一番よくわかっている。
紅葉が帰ってきたら、すぐにエンネルーベ家最大の懸念はなくなったと報告しなければならない。きっと「やったね智香ちゃん!」と笑顔を見せてくれるはずだ。
もう、泣きながら突っ込んでくるのは少なくなるだろう。そう思うと、なんだか寂しくなる。いや、それが普通だしそれでいいのだが。
「これ着て魔界の空を飛びたいんだけどなぁ……ダメ?」
「だからダメだっつーの。ま、来週くらいなら改良終わるだろーから、そん時なら着てもい――――」
「……ん?」
ブツリと沙世の音声が途切れた。
「お姉ちゃん? おーい、沙世お姉ちゃんってばー」
智香は首をかしげながら何度もドスペラルドに声をかけるも反応はない。いくら待っても沙世からの返事はなかった。
「あれ?」
智香の背筋が寒くなる。
「……嘘よね?」
ドスペラルドをよく見ると目の光りが消えていた。目が空洞のように真っ暗で、電池の切れたロボットのようになっている。
「ひょっとして壊れたの? あんなに壊れないって高らかに宣言してたのに?」
沙世はこれまで自分の発明品に関して嘘を言ったことはない。なので、頑丈と言った以上ドスペラルドはそう簡単に壊れないはずだ。
しかし、このドスペラルドを見る限り故障したとしか思えない。
「うわッ!?」
動かないドスペラルドを智香が色々触っていると、突如魔界戦衣に光の円が現れ、次々に弾けていった。巻き戻しのように、円の弾けた所から元の服装に戻っていく。溢れていた魔界力も同時に無くなっていった。
「…………」
嫌な予感がする。とても嫌な予感がしてたまらないが、状況がわからないのではジッとしている以外にない。
「やるべきなの……かな?」
ドスペラルドを裏返し、オンオフのスイッチに手を伸ばす。
だが、すぐに引っ込める。
オンオフは最終手段だ。本来は沙世の指示の後にやるべきで、智香が勝手に判断していいモノではない。今のドスペラルドは故障しているのか、電波(?)が混戦なりしてるだけなのか不明なのだ。待てば復帰するかもしれない。
「……まだ慌てる必要ないよね」
慌てて魔界に帰る必要はないのだ。いつか繋がるであろう、ドスペラルドからの通信を待つべく智香は校門前に腰を下ろした。
その時。
「なッ!?」
智香の全身から汗が噴き出した。
身が竦んでしまう程の魔界力が道の向こうからやって来ているのだ。