2話 銀行強盗に巻き込まれてついてない
「てめーらはそこで静かにしとけッ!」
魔界のとある場所にある中規模の銀行が強盗に狙われた。十数人の強盗達による犯行で、それぞれが課せられた仕事をキチンとこなしていた。
強盗グループは金庫、見張り、人質等の担当にわかれており、その動きに迷いがない。下調べと訓練が完璧なのか、あっという間に金庫を開いて金や宝を裏口に運んでいた。
銀行の外を歩く魔界人は多いのだが、誰もこの状況に気づいていない。
窓は全てシェードで閉ざされているため外から銀行内を確認できず、銀行員達は最速で捕まった為外に助けを求めることができなかったせいだ。入店してくる客達は片っ端から人質にされているため、誰も外に出られていない。銀行員達と右に同じだった。
強盗達の偽装は完璧で、何も知らなければ警備員が仕事をしているようにしか見えない。強盗達に挨拶する者までいる始末だ。
銀行に保管されている金や宝は外のトラックに堂々と運ばれている。強盗達の計画は問題なく遂行されていた。
「大人しくしとけば危害は加えねぇ。いいか? もう一度言うぞ? テメェら大人しくしとけよ?」
これは普段の魔界がそれだけ平和なことを示しているが、その平和は強盗達にとって最高の状況を生んでいる。人質に警報を押させず、外部から警戒されず、仕事も順調なら失敗する理由がどこにもなかった。
事件開始から一分経過。まだ外の魔界人達が強盗達に気づく様子はない。
(マズい……マズいよコレ……)
ロビーに集められている人質の一人であるエンネルーベ・智香・シャントスは、自身のショートボブの赤髪をいじりながら焦っていた。
(なんで! なんで今なのッ! タイミング悪いってレベルじゃないよッ!)
今の魔界はキャッシュレスが基本になったとはいえ、完全に現金が不要になったワケではない。空っぽの財布にいくらか現金を補充しておこうと思った智香だったが、それが運の尽きだった。たまたま入った銀行で強盗事件が起こってしまい、このザマになってしまったのだ。
智香は「銀行強盗に巻き込まれる確率ってどんだけだよ!」と思いながら捕まったが、それはたぶん他の客達も一緒だろう。
手枷や足枷はされていないものの、そばに短機関銃を持った強盗(人質係)がいるため、ロビーの中央で身動き取れない状態にされてしまった。
スマホも取られてしまったし、普通ならこのまま大人しくするべきだろう。外部との連絡手段はなく、大声でも叫ぼうものなら強盗の持っている短機関銃が火を吹く。
智香はこの銀行に口座があるだけの魔界人だ。強盗達が目的を達成しようがしまいが、預金を引き出しにきた智香にとってそんなのどうもいい。無謀な正義を振りかざすより、自分の命を守る方が何億倍も大事だ。
(どうして今なのッ!)
だが、今この時に限って強盗事件に巻き込まれるのは非常にタイミングが悪い。
(なんでッ! なんでトイレに行きたくてたまらないこんな時に銀行強盗なんかが来るのよッ!)
なんたることか、智香はめちゃくちゃトイレに行きたいのだ。銀行のトイレに借りるついでに現金を下ろそうとした際に巻き込まれた、青天の霹靂中の霹靂(?)だった。
(ダメッ! もう我慢できないッ!)
強盗が成功しようと失敗しようと、あと数分で終わるだろうが、智香の膀胱はその数分すら我慢できそうにない。
「はいッ! はい! はい! はいッ!」
強盗達や人質達の注目を一身に浴びながら智香は手を上げた。
「静かにしとけと言ったろうがッ!」
細身の強盗が銃口を智香に向けて黙らそうとする。だが、この程度で怯むなら手など上げない。
「トイレッ! お願いします! トイレに行かせて!」
「そんなの許すワケねぇだろ」
強盗として至極当然の返事をした。
「行かせてよッ! このままじゃ……うう」
窮地に立たされ「トイレに行かせろ!」はどうにか主張はできても、さすがに「漏れる!」とまでは言えない。智香は察してくれとばかりに強盗に懇願した。
「ううう~!」
もうすぐ女子高生になるうら若き乙女が漏らすなんてあってはならない。そんなのわかりきっているが、これ以上我慢するのは無理だ
顔を赤くして内股を摺り合わせてしまうくらい限界がきている。カウントダウンはいつゼロになってもおかしくなかった。
「ほ~、いいねぇ」
そんな智香を見た強盗は下品な視線を向ける。
「漏らせばいいんじゃねぇか~? 悪くねぇ顔してるし、喜ぶヤツの方が多いだろ」
強盗は智香の周囲にいる中年男性の人質を見ながら笑った。当然、こんな状況で反論できるワケなく、中年男性達は困ったように俯く。
「も、もう……ダメッ!」
許可されていないが、いよいよ限界な智香はトイレに向かおうと立ち上がった。腰が情けなく曲がってしまうが、そんなの気にしたら漏らしてしまう。
「だーから! 動くなって言ってんだろうがッ!」
智香が立ち上がると同時に、強盗が目の前に立ち塞がった。さすがに発砲まではしないが、智香が一歩でも動けば、その脳天に銃弾をブチ込みそうな気迫に満ちていた。
「発砲音で外に気づかれるから撃つワケないと思ってんのか? 別にいいぜ? その考えが正しいかどうか試したらどうだ?」
ゴリッ、と銃口が智香の額に押しつけられる。
「安心しろ。トイレは許可しないが、漏らすのは許可してやる。さっきも言ったろ? 喜ぶヤツの方が多いって。俺もお前みたいな面の女が漏らすのは嫌いじゃないからな。ギャハハハハ!」
「くっ……」
智香は「最低! 魔界から今すぐ消滅してくんない!?」くらい言いたかったが、絶対的優位にいる強盗に反論できない。赤い顔のまま睨み付けるが、それで事態が好転するなら世話なかった。
「や、やだぁ……」
万事休す。どんなに我慢しようと生理現象には敵わない。人質に囲まれ、クソ強盗の前で漏らすしかないと、最悪な覚悟を決める智香だったが。
「警察だ!」
救いの神とはこの事。銀行に警察の制服を着た一人の女性が入って来た。
人質達を監視している強盗達の銃口が一斉に侵入者の女性に向けられる。
「お姉ちゃん!?」
飛び込むように銀行に入って来たのはエンネルーベ・紅葉・アリアロフ。切れ長の瞳と長い赤髪が印象的なエンネルーベ家の長女だった。