1話 魔界からやってきたボディガードは護衛対象に近づけない
「来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
初夏に入りそうな五月下旬。完全なる拒絶の叫び声が朝のホームルームの最中、西綺砂倉高等学校一年二組の教室に響き渡った。
声の主はエンネルーベ・智香・シャントス。転校生であり、バリバリの外国人名で――魔界生まれの魔界人だ。
そう、智香は地球人ではない。魔界人である。
このクラスにいる外崎信一郎という男子を守るため、世界と時間を超えてやってきたボディガードなのだ。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
で、そのボディガードが護衛対象を思い切り二度も拒絶した、のが今の図だ。
委員長である信一郎が、転校で緊張している智香を安心させるため歩み寄ろうとして、この事件が起きた。
智香は教卓の前でドン引きし、信一郎は自分の席で立ち尽くす。
この事件でクラスは凍り付き、担任も何も言えない時間が一秒、また一秒と経過していった。
「――――」
年頃の女子から年頃の男子が「来ないで」と言われたのだ。当人のショックは計り知れない。その証拠とばかりに信一郎は口を開けたまま固まっており――いや、真っ白になっていた。
目の焦点があっておらず、グワングワンと揺れる頭は「一体何をしてしまった?」とワケがわからない後悔に塗れている。見るからに精神ダメージを隠せておらず、ただただ悲痛な姿がそこにあった。とてもクラスメイト達が直視できるような状態ではない。
「――がふっ」
信一郎は智香に理由を問うことなく、やられたザコみたいな声を吐き出して席につく。
座っても真っ白なのは変わらない。電源が切れたロボットのように、ストーーーーンと力無く席に座ると、意識のない目で虚空を見つめていた。
「――ハッ!?」
智香は自分のやってしまったことに気づくが、時既に遅し。
護衛対象にこんなことをするなんて、何を考えているのかと、ありえないと、バカかと、嫌われてどうすんだと、信じられないと、自身に呆れ果てて死にたくなっていた。
(うあああああああッ! 私ってば何してるのぉぉぉぉぉッ!)
しかし、もちろんというか、智香が信一郎にこんなことをしてしまったのには理由がある。
その理由とは――死んでしまうからだ。
智香は信一郎に近づかれると死んでしまう体質なのである。
(違うのッ! こんなことしたくないッ! やりたいわけがないッ! なのに私はあんなとんでもないことを口走ってッ! うわあああああああッ!)
だが、近づけば死んでしまうからといって信一郎の護衛をやめるワケにはいかない。
智香は必要とあらば“変身”して、信一郎を抹殺しようとする刺客を撃退し、その命を守らなければならないのだから。
この任務は絶対だ。もし、失敗なんかしてしまったら。
その時、魔界の滅亡が確定する。
(しょ、初日でこんな失敗をッ! こんな失敗を私ってばぁぁぁぁぁ!)
思い切り頭を抱えたくなるも、そんな姿をクラスメイトに見せるワケにはいかない。
智香はトボトボと信一郎の席とは真逆の位置にある、自分の為だけに空けてもらった席に向かうと、机に突っ伏した。
(私がッ! こんな私がぁッ! ホントにボディガードなんてできるのッ!?)
違う世界(人間界)、過去の時間軸にやってきた智香。
こうなってしまった経緯は、エンネルーベ家が起こしてしまった最大最悪の家庭問題にある。
それはひっそりと起こってしまった魔界全土を揺るがす家庭問題で。
エンネルーベ家だけで解決しなければならない問題で。
今や、もう引くに引けないまでに膨れ上がったツケだった。




