第22話「アリサの夢」
工房を与えられ、魔術学院への入学式までの間。私はイゾルデと一緒に工房で寝泊まりをしながら新しい魔道具の開発に執心していた。
最初にまず、魔道具を設計する上での基礎を学ぶ必要があった。
ので、先んじて学院から魔道具に関する教本を取り寄せて読み進めながらまず簡単な物から作っていく。
「なるほど、だからあのイヤホンは壊れたのか……」
「どうかしましたか?」
「まず魔道具は最初から魔力が充填されている物と使用者の魔力で動く物の二種類があるのね。で、聖女候補の説明会の時に渡された声を遠くに飛ばすのが後者」
「ふむふむ……えっと、アリサさんは説明を受けた時、それが途中で壊れてしまったんですよね?」
「うん。で、ここに許容量の魔力が流れると魔術式回路……道具が特定の魔術を起動する為の回路が壊れてしまうと書かれている」
「なるほど、アリサさんに支給された声送りの魔道具が壊れたのは、それが理由だったんですね」
電化製品でも、電流や電圧が規定の量よりも多く流されると壊れてしまう。
同じ事が、魔道具でも起こりえるという事だ。
「魔術式回路は魔術式と概ね同じ。違うのは魔術を発動する為の式を呪文の詠唱を挟まず道具の操作によって魔術が発動する様にするもの」
「つまり、アリサさんが産み出したジェットエンジン魔術を発動する魔術式を回路化する事が出来れば、いちいち詠唱せずとも凄い速さで飛べると……」
「そうなんだけど……操作で魔術を発動出来るなら、もう少し複雑化しても良いと思う」
「例えば、どんな感じに?」
「う~ん……理想は6速MT車だね」
「ろくそく……? えむてぃ……しゃ?」
「MT車は良いぞ、最高だ」
置いてけぼりになっているイゾルデへ片手間に説明しながら、私は新たな魔術式を構築していく。
魔術式の構築が出来れば、後はそれを動かす為のカラクリを作っていく工程だ。
乗って飛ぶという体裁を保つ為ベースは箒だ。しかし、欲しいのはシフトレバー。
その為、鍛冶屋や革職人を呼びつけて、私は描いた設計図を見せる。
当然、彼らはいぶかしんだ。
「……こんな物を作って一体何になるんだ? 魔術師の考えておる事は分からんな」
鍛冶職人にそこまで言われてしまったが、金を払えば彼らも職人だ。設計図通りに物を作ってくれる。
職人が持ってきた各種パーツを組み合わせていけば完成だ。
穂の根本から中央までをバイクの胴体みたいな箱が取り付けられ、上部には革で作られたシート、側面にはシフトレバー。完璧だ。
「試作一号……ってところかな」
「なんとか間に合いましたね!」
入学式は明々後日。試運転とエドガーとの競争をするだけの時間は取れそうだ。
「でも、どうしてわざわざ速度の上げ方に制限を付ける必要があるんですか?」
「私の趣味もあるけれど……まぁ、これは実際に飛んでみれば分かるよ」
やがてエドガーとのレース当日。
イゾルデに応援を受けながら、私は帝都郊外で浮かんでいた。
「確かにお前の思う最速を求めたが……かなり大がかりな物を持ってきたな」
「えぇ、これが今この世界で一番私が気持ち良く走れる箒です」
やはり誰が見ても、この一見バイクにも見える箒は異様に映るのだろう。
「ルールは単純だ。ここからスタートしてあそこに見える風車に沿ってUターンをしてここまで戻ってくる。先に辿り着いた方が勝利だ」
「わかりました。ただ、その前に少しだけ……」
私はピンと真っ直ぐに腕を伸ばし、指を立てて風車に重ねる。
「何をしているんだ?」
「距離を測っています」
視点の現在高度が5m。風車の大きさも5mとして、私の覚えている指関節の長さが9センチで腕の長さ65センチ……距離は200mと行ったところか。
「準備完了です。それでは始めましょう」
私は箒の魔術式回路へ魔力を流し込む。
すると半透明の光で速度、回転数などを表示するメーターと右足にアクセル、ブレーキのペダル。
それから左足にクラッチのペダルが展開される。
「それでは私の合図ではじめまーす!」
下の方でイゾルデが声を張り上げる。
「3! 2! 1! スタート!」
その瞬間、隣から爆発音が響いて一気にエドガーが加速する。
以前、私を追いかける時に不思議な加減速をしていたと思っていたけど、やはりか。
エドガーの言う最速の飛び方とは炎魔術で爆発を起こし、その燃焼ガスを利用して一気に加速するというもの。言ってしまえば銃で弾を撃つ様なものだ。
確かに一定の速度は出ないが初速から最高速を得られるし、速度を維持する為の仕組みを組み込む必要が無いから推力全てに魔力を割り振れる。
魔力を込める量が限られてる中で見つけたエドガーなりのやり方だ。
また前回見せた時よりも速度が上がっているように思える。
恐らく私が見せた魔術式で燃焼の仕組みを理解したからこそ、同じ魔力量でも効率良く爆発を引き起こし、燃焼ガスを産み出せる様になったのだろう。
対する私は、まだ一速から二速に切り替えて時速は20km/hと言ったところ。
段々と距離を離されているが、これはドラッグレースじゃない。まだまだこれからだ。
三速、四速と切り替えると速度は一気に上昇し、それに伴ってエドガーとの距離も縮まっていく。
爆発による瞬間加速は加速をしたら次の爆発まで空気抵抗により減速していくのだから、段々と速度が上がって行く物体と比べれば、途中で追いついてしまうのは自明の理だ。
だが、今回のレースは200mでUターンする。追いついたとしてもすぐにこちらも旋回で減速せざるを得ない。
「この勝負、貰った!」
エドガーが叫ぶ。
私達は減速しながらコーナーである風車に差し掛かった。
エドガーは減速で逆方向へ爆発を起こし、その後、急転換の為の爆発でカーブする。
普通に考えたら、この急角度の旋回に着いて行けない。
しかし、私は言ってしまえばコーナーを曲がる為に6速MTにしたようなものだ。
「何!?」
得意気に振り返ったエドガーの予想に反して、私は既に真後ろについていた。
それどころかエドガーが次の加速をするよりも先に私の速さはみるみるうちに高まっていき、ついに追い越していく。
一度追い越されると、今度は逆にエドガーが不利だ。
爆発による加速というのは、初速が速度の天井。この試作一号の最高速度どころか、巡航速度にさえも追いつける事はなく……。
私は安全を考慮してアクセルを離して、慣性に従いゴール地点へ辿り着く。
「何故……どうしてあの旋回で追いつかれたんだ……!?」
「そうです! エドガー様はあんなにもコーナーを一気に曲がったのに!」
エドガーは何が起きたのか未だに理解が出来ず、また観戦していたイゾルデも旋回してからすぐに追いつけた急加速の原理が気になって仕方ないようだ。
「これはね、トルクと回転数だよ」
「トルク?」
「回転数だとぉ?」
「まず、重いものを動かす時って強い力がいるよね?」
「ですね」
「でも、既に動いてるものをより早く動かす場合、強い力よりも足を動かす歩幅が大きかったり回数が多い方が速いよね?」
「それがアリサの箒と何の関係が?」
「これは車という私の世界の乗り物も同じです。重いものを動かし始める時は強いパワーを発揮して、逆に動き始めた後は速度を上げる為に回転数の方を上げる。これはコーナーで減速してから速度を取り戻すのにも効いてきます」
「つまり……アリサの箒はその場、その場、その時の速度域に合わせて加速の仕方を細かく調整できるという訳か?」
「はい。なのでこの箒は単純に速く飛ぶだけじゃなくて重い物を運搬するのにも有用な筈です。それだけのトルクを持っています」
今は速度重視の調整だが、弄ればトラックの様なものも作れるはずだ。
「重いもの? 箒でか?」
「流石に総重量では馬車には負けますけどね。そこは空路による速さでカバーです」
「これはなんというか……驚いた」
「まだまだですよ。魔術式のブラッシュアップもありますし、箒自体の軽量化も課題ですから、ここからが本番です」
「ふっ……完敗だ! 俺がどれだけ身の程知らずだったか、よくわかったよ!」
手を叩いて笑うエドガーに対して、私は微笑んで返事を変えす。
「……いずれもっと凄い物をお見せしますよ」
私が本当に目指すもの――それは、この世界で車を作ることだ。