第21話「新しい生活。燃える闘志」
やがてこの世界に来て3か月が経ち、私とイゾルデは晴れて認定魔術師の資格を得た。
聖女候補達も正式に聖女として認められる者がちらほら現れて、その中にはエリの姿もあった。
魔術師である私を含めて、異世界から召喚された人達は全員貴層街にある聖リヒト大聖堂へと集められた。
「異世界よりの来訪者が、益々のご活躍を祈念いたします」
厳かさと柔和さを内包した雰囲気を持つ帝国教区の聖女長がルストフェルトと檀上並び立って演説を始める。
「それでは、皆さまがこれから帝国で過ごしていく為の祝福を与えます」
そうして、召喚者達は順番に檀上まで進み、彼女の祝福を受ける。
「来訪者よ、時の波に流されずこの世界に留まるが為、不変の契りを今ここに……」
祝詞と呼ばれる呪文の詠唱と共に私は祝福をかけられ、次に帝国を表す記章が彫られたペンダントを首にかけられる。
全員への祝福が終わると、聖女長は微笑みながら口を開く。
「いま与えた祝福は不老の祝福。元の世界へ戻る時に時の流れに齟齬が産まれない為の物です。そのペンダントがある限り維持されます。そして、これは一つの制約です」
私は現在の自身の魔力量を測る。3か月の講義で得た技術で、単純な話が各属性のMP残量を確認する術だ。
すると、今日は一度も魔術を使っていないにも関わらず、魔力量は半減していた。
どうやら、このペンダントは自身の最大魔力量を制限する為のものらしい。
「皆様はこの3か月間、大いなる力を制御する術を修めて頂きました。力に溺れぬように私達も祝福だけでなく聖女としての心構えも説いてきました。しかし、稀に誘惑に負けて傍若無人の限りを尽くす事もあります。これは我々にとっての備えなのです」
早い話、尋常じゃない力を持ってる異世界人がその力で好き勝手暴れない様にする為のリミッターという訳だ。
おさらいになるが、聖女が主に利用する創造系魔力だって使い方次第では攻撃手段になる。
土や岩を制御してゴーレムを産み出して戦わせたり、風でかまいたちを発生させたり。
光なんてもっと凄い。光で作った剣、槍、矢を飛ばしたりレーザーを撃ったり、むしろ攻撃に特化しているんじゃないかと思うほどだ。
スカウトされて異世界から召喚された人達はその能力を見込まれてる訳だから、基本的にこの世界の一般人より魔力が高いし、この世界で失う地位なんてない。
それに、何かやらかしても元の世界に帰ってしまえばいい。
だから、召喚者が暴れてもすぐ押さえられる様にする為のリミッターなんだろう。
不老の祝福を与えられた後、召喚者達は王宮の庭園に戻り、式典に参加する。
聖女就任は国を挙げての一大イベントだ。
「貴君らの力が、我が国を支える一助となる事を切に願う」
皇帝陛下の演説は一言で終わった。
遠目から見てもあまりこの式典には乗り気では無いのが分かる。しかし、国を預かる者としての責務として演説をこなす辺りは立派だ。
仰々しいパレードが終わると、後は食べて飲んでのパーティーだ。
「私達も参加出来て良かったですね!」
今日認定がもらえた魔術師もパーティーへの出席が許されており、聖女や騎士が騒いでいる場所から少し離れたところで私とイゾルデは料理に舌鼓を打っている。
「私はこのまま魔術学院に進学するけど、イゾルデはどうする?」
「アリサさんが進学するなら私も進学します!」
「私に合わせなくてもいいのに」
「でも、アリサさんと一緒なら、もっとこの世界の事が素晴らしいと思えるので」
「そっかぁ……ねぇ、少し変な事を聞いてもいい?」
「なんでしょう?」
「私は、自分の世界で知りえた物理現象や科学についてイゾルデに教えたよね? それで貴方の信仰心は揺らいだ?」
「……むしろより強固な物になりました」
「それはどうして?」
「科学で見せる世界の方が、より神が生み出した完全な世界に思えるからです」
「神が生み出した世界か……」
「主神が生み出した完璧な世界が曖昧で不確かな物である筈がありません。科学とは主が産み出した世界がどういう法則で成り立っているのかを知ろうという勤勉さの表れです」
飽くまでもリガネ教の信徒としてイゾルデなりの科学と信仰の両立する道を見つけた。それは神が作り出した世界を理解しようとするのが科学。という事か。
「リガネ様は今ある物で満足せよと言いましたが同時に勤勉であれとも言いました。自分に分からない物は全て神が為す御業であると思考を停止する事を、私は怠惰であると思います」
「検証を重ねる科学の方が勤勉?」
「はい。神の御業に頼り切るのは、自立からかけ離れた事です」
「科学の方が自分の足で立っている……か」
ルストフェルトが危惧していたのも改めて理解出来た気がする。
イゾルデは良くも悪くも信仰心が深く、それでいて好奇心が旺盛だ。
だからこそ曖昧さを嫌うし、ほとんどの人が気づかないような事も気づいて実践してしまう。
もしもあのまま故郷に帰っていたら、あの司祭が保身の為に彼女を排除しなかったとしても異端者に認定されて悲惨な末路を辿っていたかもしれない。
いつそうなってもおかしくない危うさが彼女にはある。
今は私が着いているから良い。でも、いずれ私はこの世界を去るのだろう。
不老の祝福は、いつまでも私がこの世界に留まれる物であると同時に、いつこの世界を去ってもおかしくない証だ。
もしも私が居なくなった時、彼女がどんな誹りややっかみを受けるのか……それに彼女は対抗できるのか。
……いや、そんな事を考えるのはやめておこう。
それは彼女の事をあまりにも下に見ている。彼女も16歳になるんだ。
自分の尺度で自分の事を選択できる強い子だ。それを無知だ、判断力がないと決めつけて私が守らないといけないとお節介を焼くのは、彼女の人格を否定する事に他ならない。
そもそも彼女が聖書を読み解き、自分で考えて自分なりの信仰を見つけようという思想を、かつて宗教改革を為したマルティン・ルターの宗教改革の在り方だ。
彼女はそんな歴史を知らずに、ルターの目指した信仰を実践した。それは彼女が自立している表れでもある証拠だ。
であれば私はイゾルデに過保護になるのを、そろそろ辞めるべきだろうか?
「よぉ、お二人さん」
私が思い悩ませていると、珍しく酒に酔って気分が上々なエドガーが声をかけてきた。
「こんにちは。どうかしましたか?」
「せっかくの式典なのに浮かない顔をしているお前が見えたからな、どうしたもんかと思って」
「あぁ~……すみません」
「いいや、悪くはない。ここから先、どうすればいいのか考える時期でもある。ところで二人は魔術学院への進学はどうするんだ?」
「それについてちょうど話していました。どっちも進学を希望します」
「そうか! お前なら進学すると信じていたぞ! これで前祝いが無駄にならずに済む」
「前祝い?」
「あぁ。式典が終わったら、少し俺に付き合ってくれ。きっと喜ぶぞ」
「はぁ……?」
やがて式典も終わり、私はエドガーに連れられるまま魔導特区へと向かった。
場所としては寮から徒歩2、3分程度の距離にあった。見た限りでは至って普通のガレージ付きの平屋に見える。
「なんですか? ここ」
「ここはな、魔術工房さ」
「工房?」
工房と聞いて頭の中では鍛冶屋が作業するような場所が思い浮かぶ。
しかし、魔術と頭に着いている以上、そんなものではないという事は明白だ。
「とりあえず中を見てくれ」
エドガーは鍵を開けて、扉を開く。私達もその後に続いて中に入っていく。
するとどうだ。ハンマーやペンチなどの分かりやすい鍛冶道具の他、釜や透明なビン等の工房には似つかわしくない物まで、多種多様な道具が揃っていた。
ガレージと思っていた場所は資材搬入口らしく、そのまま作業場と繋がっていた。
「アリサは自分の世界では魔道具を作る職業だったと聞いているからな。こういう作業場が欲しいだろうとずっと考えていたんだ」
「それはそうですけど……良いんですか?」
「良いも何も、今は使っていないから管理に困っていたんだ」
言われてよく見てみると綺麗に見えるがあまり状態が良いとは言えず、最近慌てて掃除をしたような……そんな雰囲気さえ見受けられる。
「ここはな、俺が魔術学院に通っていた頃に初めて手に入れた工房なんだ」
「初めての工房……?」
「まだここら一帯が城壁で魔導特区と括られるよりも前の時代でな。たまたま安売りされていた空き家を買って、少しずつ少しずつ工房へと改造していったんだよ」
そういうと、彼はガレージとは反対側の部屋の扉を覗く。
「ここだ。当時はここで寝泊まりしていたんだ」
私も覗いてみるとベッドが一つあって、他は全て本棚で埋め尽くされた部屋がそこにはあった。
「仮眠室にちょうど良さそうですね」
「ま、その程度に扱ってくれ」
「どうしてこれが管理に困るんですか? 私達以外にも工房が必要な人は多いと思いますけど……」
「一番は設備だな。はっきり言って一般的な魔術師の領分なら学院の共用工房の方が常に最新設備に替えられるから質が良い」
まだ実物を見ていないけど、確か学院の説明で生徒達が全員使える共有の工房があると話を聞いた様な気がする。
「だが、ここならきっとアリサの作りたいものを作り出せる筈だ」
「そこまで豪語出来るのには理由があるんですよね?」
「ガレージを見て分かる通り、ここは大きな資材を自由に持ち込める。何故そういう構造にしたか分かるか?」
「何か大がかりな魔道具を作る為、ですか?」
「その通りだ。ここはな、魔道具を設計、製造するのに特化した工房なんだ」
なるほど、確かにそれは一般的な魔術師は学院の方を利用する筈だ。
説明会でカリキュラムについて話を受けたけど。高位の魔術師になるほどプライドから魔道具を扱う事を忌避する傾向にある。
わざわざ学院に通って自分の魔術を更に磨きたいと考える者からすれば魔道具を専門に取り扱う工房など、無用の長物と言える。
だが、私は違う。魔道具を作るという話に惹かれて魔術師の道を志したんだ。
となれば、ここは帝都のどこよりも私達に最適な工房と言える。
「本当に私達が使ってもいいんですよね?」
「ただ、一つだけ条件がある」
「条件?」
「どんなやり方でも良い。お前の思う最速を目指した物を作ってくれ」
「最速……なんでまた?」
「俺が魔術師を志したのはな、ただひたすらに空を素早く駆け回りたかったからなんだ。それを追い求めた結果、実際に帝国最速の魔術師となり、駛馬の賢者などという二つ名まで頂いた。しばらくそんな大事な夢も忘れていたが……」
過去を振り返り、遠い目をするエドガーだったが、すぐにその瞳は私に向けられる。
「しかし、俺の思っていた限界を優に超えるブレイクスルーをお前は見つけ出した。それで再び俺の闘争心に火が点いたんだ。お前が考える最速と俺が導き出した最速。どちらが速いのか」
「私が考える最速……」
脳裏へ私の愛車の姿が蘇る。
2.0Lの自然給気だ。海外のハイパワーなスポーツカーと比べたら馬力は無い。
だが、私にとって一番気持ちよく走れる車が、あの子だった。
「……恐らく、最速ではないです」
「何?」
「ただ、私の思う一番気持ち良い走りで挑ませて頂きます」
それを聞いて、エドガーはニカッと笑った。その瞳にぎらつく焔を灯して。
「資材や細かい職人への依頼が必要なら伝えてくれ。お前の思い通りにしてやる」
「既にエドガーからはお金を貰っています。あの予算の範囲内でやらせてください」
「しかし……」
「むしろ、予算が限られている方が燃えるタチなので」
きっと私の瞳にも同様に焔が煌めいているのだろう。
私はやっと元の世界で好きだった事を、この世界でも始められるのだから。




