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【13】美月と誠のアルダムラ(後)

 しかし、美月と誠のアルダムラの胸に手を突っ込んだ次の瞬間、ヨーグのアルダムラの腕を、赤錆色の光が一気に伝っていった。同時にヨーグのアルダムラの色が紫から赤錆色に変色していく。

「な……何だ……この気持ち悪い感覚は……。ドロッとした感覚は……。この声は……!? 僕を呼ぶ声が聞こえる……誰だ……!」

 慌てて手を引き抜こうとするヨーグのアルダムラ。しかし、手が抜けない。美月と誠のアルダムラが、アートノック粒子を放出させ、体を硬化させたのだった。

「君たちィ……! なあにをしてくれたのかなあああ!?」

 そのヨーグの言葉には相当の怒りが込められているのが分かる。穏やかだが険しい口調だ。

「知らないね! お前にいいように利用された人たちの想いじゃないのか!? 死んだ人、生きている人、両方の想い、ありがたく受け取ればいいじゃないか!」

 と、誠も険しい口調で答えると、強烈な光を全身から放出した。赤錆色だったアートノック粒子は、翡翠(ひすい)色に変わっていた。

「うああああああああああああああ……!」

 ヨーグの悲痛な叫び声が団地の棟々に響き渡る。

 ヨーグのアルダムラの表面が見る間に焦げていき、それを修復しようと山吹色の光の粉が表面を覆う。しかし、次の瞬間には、美月と誠のアルダムラが放つ翡翠色の光に焼かれていく……。その状態が高速に繰り返されていた。

「あああああああああああああああああ!」

 左手から発していた山吹色の拘束光線を解き、そのまま前腕部を剣状に変形させると、ヨーグのアルダムラは、自分の右腕を切り落とし、美月と誠のアルダムラから飛び退いた。

 しかし、すぐには動けないようだ。

(重い……。体が重い……)

 アルダムラが思うように動かない。

 美月と誠のアルダムラはその隙を逃さなかった。拘束が解けると同時に素早く立ち上がり、翡翠色に激しく光る手刀を相手の胸に突き入れた。

「んがっ……!」

 短い叫び声が団地内にこだまする。しかし、それ以上は何も聞こえなかった。

 突き入れた手にアートノック粒子を集中させる美月と誠のアルダムラ。赤錆色に変色していたヨーグのアルダムラの上半身が、翡翠色の光の炎に包まれ、そしてチリチリと音をたてるように焼かれていった。

 下半身を残してあとは何もないヨーグのアルダムラ。ただ、美月と誠のアルダムラの手刀だけが宙にあった。相手の下半身の断面からは赤黒い光の粉が湯気のように立ち上っている。

 手刀を納める2人のアルダムラ。

(よかった……団地に被害が出なくて……)

 美月に気持ちを伝える誠。

(うん……)

 美月が穏やかに返事をした。

 静まり返った団地の公園。街灯に照らされる遊具、黄色い明かりがともった団地の窓。

 そして2人のアルダムラ。頭頂部や両肘などから、翡翠(ひすい)色をした長い突起物が出ている。

〈ふふふふふっ……あはははは……〉

 不意に、空耳のように複数の女性の笑い声が聞こえてきた。

(!!!!!!)

 辺りを見回す美月と誠のアルダムラ。次の瞬間、赤黒い光に吹き飛ばされた。

(団地がッ!)

 団地の棟を壊すまいと、翡翠色の光を発し、静止した2人。その視線の先に、赤黒い光の粉がつむじ風のように舞い上がり、まるで密集して移動するムクドリの群れのように、うねうねと形を変えながら、空へと上っていく。

(なっ……!)

 唖然(あぜん)とする誠。

(アルダムラの核は……?)

 一方、美月はアルダムラの視線をヨーグがいた場所に落とした。しかし、美月が思ったアルダムラの核らしきものは落ちていない。

(アルダムラが暴走している……?)

 美月は直感した。詳しいわけではないが、海の見える喫茶店の近くで仲間と話していたとき、兄のもとを離れた部下がさまざまな装置を勝手につくった話を本人から聞いていた。

〈ふふふふふっ……あはははは……〉

 不気味な笑い声が遠のいていく。

〈あっはっはっはっは……野蛮人が……〉

 男性の笑い声も聞こえてきたかと思うと、赤黒い『ムクドリの群れ』が光を放った。

 『光を放った』というよりは、『光をのばした』という表現の方がいいかもしれない。赤黒いアートノック粒子を収縮させて遠くの建物をなぎ倒しているのだ。間もなく火の手が上がるだろう。

(止めないと……)

 と美月。

(うん……)

 と誠が応じる。

 翡翠(ひすい)色の光を発しながら、あとを追う2人のアルダムラ。『ムクドリの群れ』のようにうごめく赤黒い光の塊の近くで距離を取り、停止した。

(さてどうする……)

 と誠。

 赤黒い『ムクドリの群れ』が、均整のとれた女性の体の形になった。

〈ふふふふふっ……〉

 笑い声が聞こえてくる。

(100メートル……!?)

 誠はとっさに思った。空中に浮かんでいるため、その姿は実際の大きさより巨大に見える。

(街を壊すわけにはいかない……。体当たりしてみる!)

(うん……)

 誠の提案に美月が応じた。翡翠色の強烈な光を発する2人のアルダムラ。眼下の建物を青白く照らしている。

 これ以上すぐには粒子を蓄積できないと感じたところで、ゴムにはじかれたように猛烈な速度で体当たりをかける。

 しかし、2人のアルダムラは、巨大な女性の体をすり抜けて向こう側に出てしまった。

(!!!!!!)

 その直後、赤黒くて巨大な女性の姿が2人のアルダムラを両手でむんずとつかんだ。

〈まことぉ! だいすきぃ!〉

 と、若い女性の声が聞こえてくる。

(あの黒いアルダムラの()……?)

 誠は直感した。

(動けない……)

 美月が気持ちを伝えてくる。確かに、アルダムラの自由がきかない。巨大な両手で体をガッチリとつかまれている。

 翡翠色の光を放出し、全力を出す2人のアルダムラ。しかし、光が赤黒い両手から漏れ出るだけで、動くことができない。

(どうしよう……)

 美月の不安な気持ちが誠に伝わってくる。

(落ち着いて……。応援を呼ぶ!)

 と、美月に伝えると、誠は、アルダムラの頭頂部にある大きな突起から一筋の光を発した。翡翠色の光は、真上に向かったかと思うと、途中で3方に分かれ、2本は北へ、1本は西に向かっていった。

 ――居酒屋。われわれが知っているような活気も賑やかさもない。静かな居酒屋。

 そこで豊と眼鏡の案内人が酒を飲んでいる。同じ席には、豊の妻、息子、娘の姿もあった。

〈ヴウウウウ……ガタッ……〉

 滑りの悪い床に椅子の脚が擦れ、そのまま倒れた音がした。豊がいきなり立ち上がったのだった。

 ――炬燵(こたつ)に入って向かい合う老夫婦。田中夫妻だ。

 夕食だろうか。退屈そうにテレビを見ながら、食事をしている。

 夫の箸が止まった。何も言わず、正面にいる妻の顔を見てうなずくと、妻もうなずき返した。

 ――赤黒く巨大な女性の姿。誠の見立て通り、100メートルくらいはあるだろうか。胸や尻、腰のくびれがはっきりと分かる。その両手の中から翡翠色の光が漏れていた。

〈まことおおお! こっちい、おいでえ!〉

 女性の声が聞こえたかと思うと、2人のアルダムラは巨大な手につかまれたまま、女性の体の中に引き込まれた。

(くっそおおおおおお!)

 誠の焦る気持ちが美月に伝わる。

(どうしよう……)

 美月は同じ言葉を繰り返すばかりだ。

 そのまま赤黒く巨大な女性の胸に取り込まれるアルダムラ。

〈マコトっ! 誰、この女……〉

 女性の声が聞こえてくる。

〈誠はアタシのモノ…… 誠は愛のモノ……。愛と誠だもの……〉

 続けざまに声が聞こえてきて、赤黒く巨大な女性の体内から、小さな女性の体がのびてきた。大きさは2~3メートル。大型アルダムラの半分くらいの大きさだ。

 赤黒い光でできた女性の体が、アルダムラの翡翠色(ひすいいろ)の光の中に侵入してくる。同時に女性の体からは、赤黒い光の触手を毛細血管のようにのばしてきていた。

(うっ……)

 やがて女性の形をした赤黒い光がアルダムラの体の中にまで侵入してくると、誠は息苦しさを覚えた。緊張感を何万倍も強めたような重苦しい感覚だ。

(あっ、あっ、あっ……ま、まこと、くん……痛い……痛い……うっ……ううううう……)

 苦痛で息を荒げる美月の気持ちが誠に伝わってきた。

(美月さん!)

 意識の中で叫ぶ誠。

(っあ……っあっあっあ……っあ……)

 横隔膜を痙攣させるような声以外、美月から言葉が返ってこない。

「やめろおおおおおおおおお!」

 叫ぶ誠。

〈アタシの名前を言ってみろ! マコト!〉

 突然、険しい言葉が聞こえた次の瞬間、

〈あははッ……この女! ぐちゃぐちゃにしてやる!〉

 毛細血管のような光の触手が2人のアルダムラの表面を覆う。女性の姿をした赤黒い光は、その上半身まで2人のアルダムラの中に入れていた。美月に何かしているのは明らかだ。

「やべろおおおおおおおおお!」

 涙声で叫ぶ誠。

〈はっはっはっは……! 少年、全て君のせいだ! アセレブの兄の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ!〉

 高笑い交じりの男性の声に続いて女性の声が聞こえてきた。

〈じゃあ、このアルダムラ、回収させてもらうわね……〉

 次の瞬間、美月と誠のアルダムラが大きくはじけた。

 周囲の音が一切消えた。

 赤黒い光でできた巨大な女性の中に、青い光と緑の光が見える。

 無音の中、青い光は女性の体の形になって緑の光から遠ざかっていく。しかし、必死に緑色の光に手をのばしているようだ。

 緑色の光は、男性の形になっていた。青い光の女性を引き留めようと、緑の光も手をのばしている。

 しかし、お互いの手は届かなかった。やがて女性の姿をした青い光が崩れていき、赤黒く巨大な女性の体内をぐるぐると巡りはじめた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 世界に音が戻ってきた。最初に聞こえてきたのは、誠の雄叫びだった。

 赤黒い光でできた女性の体内で、男性の姿をした緑色の光がひときわ強く輝いて、青い光を追いかける。

〈はっはっはっは……みんなひとつになろうじゃないか〉

 男性の高笑いが聞こえてくる。

 暗闇の中でぼんやりと赤黒く浮かぶ巨大な女性の姿。その足元には街の光が広がっている。体の中でひときわ色が濃い場所がある。頭部だ。

 青い光は、(うず)を描きながら、そこに吸い寄せられているようだ。緑の男が強烈な光を発しながら、それを追っている。

 赤黒い巨大な女性は、自分の手を何度も体の中に入れていた。男の行く手を遮ろうとしているのだ。しかし、緑に輝く男の姿が通るたびに、赤黒い光の手を突き破っていく。

 行く手を阻むのは、巨大な手だけではなかった。赤黒い光の一部が女性の姿や男性の姿に変え、緑に輝く光の男の前に立ちふさがる。しかし、それでも止めることはできなかった。男が通りぬけるたびに、赤黒い人の影が焼き消されていく。

 巨大な女性の体内を巡りながら、頭部に向かって引き寄せられている青い光に、男性の姿をした緑色の光が手をのばす。

 青い光の中に、ひときわ強い光を放つ箇所があった。美月のアルダムラの核だ。光の男はそれをつかもうとしているのだった。

 赤黒い光がいよいよ濃くなってきた。頭部が迫っている。

〈はっはっはっは……あきらめたまえ……〉

 男の声が聞こえる。

 青い光の核に必死に手をのばす光の男。あと1メートル、50センチ、30センチと少しずつ距離を詰めていく。

 ついに、青い光が赤黒い光の濃い部分にすっと飲み込まれていった……。

 しかし、緑に輝く男の右手の中から青い光が漏れていた。

 間に合った。美月のアルダムラの核を捕まえることができた。

 男の目の前には、脈打つように赤黒く光る空間がある。巨大な女性の頭部だ。

 男は、その前でぴたりと止まっていた。右手の中に納まった青い光をいとおしそうに見ている。男が発する緑の光の粉や、その手の中から出てくる青い光が、そよ風に揺らぐように、巨大な女性の頭部に向かって流れていく。

 光の男は、割れ物でも扱うように青い光の核を左手に持ち替えると、赤黒く脈打つ空間に向けて右手を真っすぐ突き出した。

〈マコトぉ、ねえ……一緒になろ?〉

 女性の声が聞こえてくる。

 光の男は一切動じない。粛々と右腕に緑色の光をためていく。

〈ぼ……僕……ケンカは……苦手なんだ……〉

 男性の声も聞こえてきた。

 光の男の右腕は、肉眼では正視できないほど強い輝きを放っている。

 その様子は、空を飛び、応援に駆け付けた中村豊と田中夫妻の大型アルダムラにも見えていた。

「なんだい……ありゃ……」

 とつぶやく豊。巨大な女性の姿をした赤黒い光が遠くに見える。そのこめかみの辺りに、緑色の光の点も見える。強烈な光だ。

「急ごう!」

 と豊。

「いや、慎重に行った方がええ……」

 と田中の夫がいさめる。

「あっ……」

 田中の妻が声を漏らした。

 正面に見えていた緑色の光の点から細い光の線が斜めにのびて、巨大な女性の頭を下から上に撃ち抜いたからだった。

 巨大な女性の姿が頭を小さくのけぞらせたかと思うと、その赤黒い光がはじけ、街の夜景に溶けていった。

 そして、緑色の光だけが残った。

「やっぱり急ごう!」

 豊と田中夫妻の大型アルダムラが、緑色の光を目指して進む。

 緑色の光に近づくと、それが人間の形をしていること気づいた。

「マコっちゃん……!」

 豊は直感した。

 緑色の光でできた男が夜空に浮かんでいる。左半身は青い光に包まれていた。包まれているというよりは、寄り添っているようにも見える。

 豊と田中夫妻の大型アルダムラ3体は、その男の前で止まった。

「ま……マコっちゃんだろ……?」

 豊の問いかけにうなずく緑色の光。

(中村さん……田中さん……俺……少し疲れた……どこか静かなところで……休んでくるよ……)

 3人の頭の中に誠の声が入ってきた。

「おっ……おう……」

 と、戸惑いながら返事をする豊。男性の姿をした緑色の光が頭を下げたところで、もう一度声をかけた。

「あっ……なあ! マコっちゃん! 2人とも生きているんだろ!? また帰ってくるんだよな!?」

 静かにうなずく緑色の光。そして、改めて頭を下げると、3体のアルダムラに背中を向け、静かに飛んでいった。

 緑色の光が次第に遠のいていき、やがて夜の空に飲み込まれると、すすり泣く声が聞こえた。田中の妻、幸子の声だ。

 その肩にやさしく手を載せる夫のアルダムラ。うなだれる幸子のアルダムラから、おいおいと泣く声が聞こえる。

 豊が力強い口調で言った。

「幸子さん。2人は生きてます。帰ってきますよ……。だって、今、ああやって話して、うなずいていたじゃないですか」

 しかし、その豊の声も潤んでいた。





















 ――穏やかな海。水平線上に頭を少しのぞかせた太陽。層をなす赤、黄、青のグラデーション。そこから真っすぐのびて波に揺れる黄色い線。逆光に照らされた裸の男女のシルエット。女性がそっと男性に寄り添い、男性は女性を抱えるように手を添えていた。誰も知らない小さな島。静かな砂浜。さざ波の音がいつまでも聞こえていた。


(了)

最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。

厚くお礼申し上げます。


この場をお借りして他の作品も紹介させていただきます。


【ロボット物“っぽい”シリーズ】

  生体甲殻機 キセナガ

  http://ncode.syosetu.com/n6274ce/

  ※各URLは『小説家になろう』内の投稿ページに移動します。


拙作で恐縮ですが、少しでもお楽しみいただけましたらうれしく思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  人類が知らず家畜化されていくのは、とても引き込まれる導入でした。  主人公の知人でも救われない者が多く、対立するもうひとつの異星人も、けして地球のため動いてるわけではなく、未来が明るい…
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