映画/『アドルフの画集』 ノート20180330
メノ・メイエス監督『アドルフの画集』2002年
若いときのヒトラーを描いたこの物語は、ザックリとラノベ風の立ち位置で説明するならば、ヒトラーはツンデレ系アイドル美少女だ。そこにヨシオとワルオが告ってくる。美少女は両者の間をフラフラと揺れ動く。いったんはワルオの側に傾くのだが、アイドル女ゆえに親衛隊ができてしまった。やっぱりヨシオがいいとなって、デート旅行に出かけようという直前になって、親衛隊が牙をむき、ヨシオをリンチにかけて殺してしまうというものだ。バッドエンドは、フランス映画によくあるカタルシスというところ。
この物語のコンセプトは、独裁者になる前、貧乏画家ヒトラーが、親身な画商に見いだされて才能を開花させていたら、悲惨な第二次世界大戦は起こらなかったのではないのかという問いかけがある。
しかし個人的な意見ではあるのだけれども、屈辱的なヴェルサイユ条約を飲み、連合国側の無配慮さから前後に二十万の餓死者を出したドイツの状況からして、ヒトラーが現れなくとも、それに代わる人物が現れてやはり似たような体制をつくったことだろう。場合によっては、大戦にはならず、現代の中国に似た体制が二十一世紀になっても温存。それはそれで悪夢のような気がする。
以下概要。
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第一次世界大戦終結直後、右手を失い復員した画家マックス・ロフマンは、ミュンヘンの機関車工場跡を買い取って画廊とし、画商として再出発した。展示会をしていたとき、たまたま30歳になったヒトラーが前を通りかかり、客たちに振る舞うシャンパンを運ぶのを手伝ったのが縁で交流が始まる。ヒトラーは収容した兵舎では、左翼が台頭してきた。マルキシズムにかぶれた兵士が同士を得ようと仲間たちを説得しているところへ、上官カール・マイヤー大尉が論破する。大尉は横できいていたヒトラーに、現在の情勢について意見を聞いてみたところ、意外と鋭いところをついてきたので、演説の才能があることを見抜かれる。
後日、絵を持ち込んできたヒトラーのスケッチブックを見たマックスは、才能を認めつつも、何か物足りなさを感じた。そんな折、ヒトラーは大尉からビアホールで演説をするように依頼される。ほとんど無視されたが、若者の一部が興味を示しだした。店には、たまたま立ち寄ったマックスがいた。ヒトラーは褒めてもらいたくて感想を聞く。マックスは、エナジーの強さを認めたが、その情熱を画業につかうべきだと助言する。翌1919年、ヴェルサイユ条約が締結されるとデモが起こった。大尉の言いつけでヒトラーは辻説法をしていた。画廊管理人の小母さんに、ヒトラーはどんな奴か見てきてくださいよと言われて、駆け付けたマックスは、ヒトラーに絵を描くために必要な当座の資金を渡した。ヒトラーは、自分の描いた絵を画廊に持ち込むが売れない。
マックスは、子供との遊びや台所でメイドが挽肉を機械でこしらえているのをみて、友人の一人である画家の個展をやる際、パフォーマンスをやった。戦争の悲惨さと無常さを訴えたものだ。戦争で家族や家を失ったヒトラーは傷つき起こってその場を立ち去る。
気にかけたマックスは、ヒトラーのアトリエを訪ね、娼婦宿に誘う。娼婦たちはヒトラーの変人ぶりにヘキヘキしていた様子なので、マックスはフォローした。しかし話をたたま聞いたヒトラーは、金持ちのマックスが哀れんで施しを与えているように思えて、また、立ち去った。アトリエで、才能無さに絶望するヒトラーの前に、大尉が現われ、かなり大きなホールでの演説会をしてくれないかと誘った。
直後、入れ違いで、マックスがやってくる。
マックスは、スケッチされた軍服のデザイン、後に第三帝国様式と呼ばれる荘厳な建築、高速道路アウトバーンの構想が描かれていた。温故知新というべきか、内に秘められた才能の開花を知ったマックスは個展を約束する。
ヒトラーは、最後の演説だと大尉に告げて演壇に立つと、聴衆は熱狂した。
演説会の後、父親とユダヤ教のミサに行った帰り、マックスは、ヒトラーと喫茶店で落ち合って、個展の商談をするところだった。ところが、ヒトラーの演説を聞いて熱狂した青年たちが、喫茶店のすぐ近くまでやってきたマックスを襲い撲殺してしまった。クリスマスの夜であった。
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