第1章 第1話「今日もありがちゅう」
朝の下水は忙しい。
いつもそうだ。
パン屑の動線、廃材の流通、情報のやり取り——すべてが同時進行で回っている。
俺は今日も元気だった。
「ありがちゅう!」
空き缶が転がる。
狙い通りの方向に。
「よし」
「また決まったのか」
チューコが半目で言う。
「決まりましたとも」
「浮かれるな」
「浮かれてない」
「顔が浮かれてる」
「ネズミに表情あるか」
「お前にはある」
俺は思わず自分の顔を前足で触る。
確かに——なんとなく口元が緩んでいた気がした。
今日は朝から絶好調だった。
まずボコの工作場で。
新作装置が暴走しかけた瞬間——
「ありがちゅう!」
ピタリと止まった。
「完璧な制御だ」とボコが珍しく褒めた。
次に廃品市で。
タマが嗅ぎ当てたパン屑の山が崩れかけた瞬間——
「ありがちゅう!」
ゆっくりと落ち着いた。
「うめぇパンが守られた」とタマが涙目で感謝した。
それから路地で。
スミが歌いながら転んで廃材に突っ込みかけた瞬間——
「ありがちゅう!」
廃材がすっと避けた。
「ナイスリズム!」とスミが歌いながら言った。
「リズムじゃない」
「でもノリが良かった!」
「お前に言われてもな」
クロが腕を組みながら言った。
「今日は絶好調だな、新入り」
「そうでしょう」
「調子に乗るなよ」
「乗ってない」
「乗ってる」
「乗ってない」
「顔が——」
「分かった分かった」
俺は前足を振る。
でも正直——
かなり乗っていた。
チューコが煙草代わりの枯れ草を咥えながら言う。
「お前、最近ありがちゅうに頼りすぎじゃないか」
「頼りすぎ?」
「困ったらすぐ叫ぶ」
「効くからでしょ」
「今は、な」
チューコの言い方が少し引っかかった。
今は——という言葉が。
「どういう意味ですか」
「別に」
「別にって言う奴は大体別にじゃない」
「賢いじゃないか」
チューコはそれだけ言って歩き出した。
老鼠が横から静かに言う。
「ありがちゅうは道具だ」
「道具?」
「どんな道具も、使いすぎれば鈍る」
「でも今日は——」
「今日はな」
老鼠の目が細くなる。
「明日はどうだか分からんぞ」
俺はその言葉を聞きながら——
でも内心では思っていた。
(大丈夫でしょ)
(だって今日ずっと決まってたし)
(明日もきっと——)
「ありがちゅう!」
思わず試し打ちをした。
近くの缶が——
コロンと転がった。
完璧だった。
「ほら」
俺は振り返る。
老鼠はため息をついた。
チューコは呆れた顔をした。
ボコは何も言わずに工具を磨いた。
タマはパン屑を食っていた。
スミは鼻歌を歌っていた。
クロだけが——
「調子乗るなよ」
と一言言った。
俺は笑った。
「ありがちゅうですから」
「その自信がいつか崩れる日が来る」
「来ませんよ」
「来る」
「来ない」
「来る」
「来——」
その夜。
俺は爆睡した。
今日も最高の一日だった。
明日もきっと——
「ありがちゅう」で乗り越えられる。
そう思いながら。




