「ありがとうはな、タダでできる最強の魔法やで」
そう言ったのは、じいちゃんだった。
俺がまだ小学生の頃、商店街のはずれにある小さな駄菓子屋で、よく店番を手伝わされていた。面倒くさくて、正直サボりたくて仕方なかった。
ある日、雨の中をびしょ濡れで来た子どもが、たった一個のガムを買っていった。
「ありがとね」
その子は、たったそれだけ言って帰っていった。
たった十円の客だ。正直、何の得にもならない。けど、じいちゃんはなぜかすごく嬉しそうに笑った。
「今の見たか?」
「別に……普通やん」
「ちゃうちゃう。あの子はな、自分ができる最大の“返し”をしていったんや」
じいちゃんはそう言って、俺の頭を軽く叩いた。
「人はな、何かをもらったら返したくなる生き物や。でも金も力もないとき、何を返す?」
俺は黙っていた。
「“ありがとう”や。これだけは、どんな奴でもできる。しかもな、それを言われた側は、ちょっとだけ強くなれる」
「強く?」
「せや。“また頑張ろう”って思えるんや。それってな、巡り巡って自分にも返ってくる。だからな——」
じいちゃんはニヤッと笑った。
「ケチるな。ありがとうは、ばら撒け」
その日から、俺はやたらと「ありがとう」を言うようになった。
最初は照れくさくて、ちょっとふざけて、
「ありがちゅう」
なんて崩して言ったのが始まりだった。
でも、不思議なことに。
それを言うたびに、相手がちょっと笑ったり、空気が柔らかくなったりするのが分かった。
だから俺は、やめなかった。
どんなときでも、どんな相手でも。
「ありがちゅう」って言うのを。
それが、俺なりの生き方になった。
――たとえ、ドブネズミになったとしても。
この口癖だけは、捨てない。




