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港湾で爆散する船上より上陸するエメロッテ・レーン


 港内で沈みつつある定期船を人々は指さし、まもなく警備の者や水夫たちが救難のためにやってくることは疑いない。だがそれも、まだ定期船が沈んでいないから出来ることだ。

 もう一度さっきのような爆発があれば、今度こそ定期船は沈没してしまうだろう。

 俺は対岸の桟橋を透かし見る。そこには芥子粒のように小さくとも、(うごめ)く怪しい人影があるのを認めた。

 逃げまどう人々でごった返す通路脇から対岸まで抜けられそうだ、と思った俺は、迷わずそちらへ向けて走り出したのだ。


 定期船を襲った攻撃の衝撃波は、思ったより港に甚大な被害を与えたらしい。

 往来の豊富な事務所内はなお、一層の混雑ぶりを見せていて、人の波をかき分けて目指す桟橋への道を探すことになった。こうなっては、前みたいに誰かに道を聞くことさえ出来そうにない。

 頼りになるのは最前の位置感覚だけだ。広い道を半ば塞ぐように倒れている木箱の山などを後目に、事務所から再び外にでると、また、どこからか悲鳴が上がっていた。


「た、助けてくれぇ!」

「いやぁ! こっちに来ないでぇ!」


 それは桟橋から逃げだそうとする人々が、一見すると水夫のように見える集団によって捕らえられている様子だった。一見・・・・・・そう、その集団は水夫のように見えた。動きやすそうな裾を詰めた履き物をし、着古したシャツに、ロープやナイフなどを身につけているからだ。

 しかし、そいつらがこの港で働いている水夫や荷役夫などではないことは、俺には明らかだった。(ひさし)のように張り出した、そいつらの被っている角帽子の下に隠れた目には腐った魚のように生気がなく、土気色の肌を所々、汚れた包帯状の布を巻いて覆い隠していた。そして何より、そいつらから嗅ぎとれる腐臭と、防腐剤の胸のむかつくような臭いがあった。


「ゾンビじゃないか。こんな場所に白昼から?」 


プリシィア王国の公的機関からゾンビは駆逐されている。当然、この港もゾンビを使った作業は行われていないはずだ。何より、陽光きらめく海浜での作業にゾンビを使うはずがない。

 水夫に擬せられたゾンビたちは桟橋の一カ所に陣取り、そこを通ろうとする人たちを襲っていた。

 どうやら、俺が目指す対岸の桟橋へ抜けるにはそこを抜けねばならないようだった。というより、抜けられぬよう、道を塞ぐべくゾンビ達はそこにいるようだった。

 俺の脳裏に最前の怪しいローブ姿の男の印象がよぎった。こいつらが、あの男の差し金であろうことは疑いない。


「そこをどけ!」


 非力な男性市民をゾンビ特有の剛力で羽交い締めにし、本能で生ける人間の肉を()むべく、乱杭歯を剥き出しにして吼えるゾンビへ向けて、俺は飛びかかった。

 硬直した筋肉で覆われたゾンビへ見舞った拳はさほどの衝撃も与えなかったが、わずかに相手を怯ませることはできた。それに、俺の目的は相手を殴って倒すことではなかった。

 こいつらゾンビは水夫の格好をさせられている。腰にはロープを切断するなどの作業用のナイフが差してあった。殴りつけたことで身をよじったゾンビの腰からそのナイフを引き抜き、素早く脇をすり抜けて背後に回り込んで、ゾンビの背中を切りつけた。

 さすがに固く締まったゾンビの肉でも鋭利な刃を防ぐことはできず、死肉は裂かれてゾンビが仰け反って倒れた。


「早く逃げろ。港の警備部隊を呼べ、早く!」


 (おのの)いて震える男へ怒鳴りつけた。男がうなずきながらその場から逃げると、後を追って周囲の人々が桟橋から離れていった。

 周囲の状況が目まぐるしく変化したことで、水夫ゾンビ達の反応が遅れた。その隙に素早くナイフを構えながら肩から体当たりする。よろめいてできた隙間を縫って踏み込み、すれ違いざまに別のゾンビの頸部を断ち切った。

 その場にはぱっと見で七体のゾンビが立ちふさがっていた。俺が体当たりによってよろめいた個体に、喉から腹にかけての斬撃を見舞いながら懐のナイフを抜き取って蹴り倒したところで、ようやく残りの個体がこちらへ警戒を示すよう、武器を抜いて身構えた。


「とりあえず聞こう。おまえ達の命令者は、どこの誰だ」

「・・・・・・」

「発話機能はなし、か」


 もとより期待はしていない。ゾンビに言葉を喋らせるのは大変だ、と優れた死体魔術師である弟が言っている。

 俺は両手にナイフを握り構える。視界の脇では船が刻一刻と燃えている。


「ゾンビ如きが俺を止められるものか」


 

 汚い。

 死体を腐敗から守る保存液と腐った血液の混合物にまみれながら走っていると、鼻孔に付く臭いで頭痛がしてくる。

 桟橋の上に配置されたゾンビを斬り伏せ、走っていた。かと思えば、視界の端に捨て置かれた木箱や水樽を破って、新たなゾンビが飛びかかってきた。

 そうして何度かゾンビの攻撃を凌ぎながら、はじめに見えた桟橋の対岸までたどり着いたときには、定期船は大きく傾き、船尾から沈みはじめていた。

 だが、俺が今桟橋に見ているものは、それでは飽きたらず、さらなる攻撃を船へ向けて行おうとしている。

 いつのまに移動したのか、そこにはローブ姿の男が、ゾンビを従えて立っていた。ゾンビはこれまでに俺が戦っていた、水夫に擬せられていた奴らとは様子が違っていた。このゾンビはまずほとんど衣服らしいものがなかった。干からびて腐食した身体を防腐剤の染みた包帯で辛うじて抑え、衣服の代わりなのか全身に黒い筒状に巻かれた紙がくっつけられていた。

 一体何を、と誰何する直前に、俺の鼻孔に飛び込んできた匂いがあった。硝石と硫黄の匂いだ。


「爆薬! そのゾンビの身体に爆薬をしこんでいるのか」

「そのとおりだ。オルフェウス卿の兄御よ」


 ローブの男が船からこちらへ視線を向けた。


「なぜオルフェウスのことを知っている」

「この国の死体魔術師で彼の名を知らない者はおるまい。貴方を傷つけると彼が悲しむ。早急にここを立ち去り賜え」

「断る。目の前で行われる暴挙を見逃すほど、このドリジャール・セルジュゲイルは甘くないぞ」

「そうかね、残念だ・・・・・・」


 ローブの男が、その手に水晶体が嵌まっている指揮杖(スタッフ)を構え、それに併せて周りのゾンビたちが、一斉に俺へ向けて吼えた。

 ここまでの道行きではこちらから仕掛けることの有利や、指揮者のいない自動行動ゾンビ故の判断や反応の遅さという隙があった。

 俺は、指揮者に操られたゾンビの集団の戦闘能力というのをイヤと言うほどよく知っている。

 冷や汗が肌を濡らした。

 だがここに到って怖じ気づく訳もなかった。俺は両手のナイフを構える。可能な限りゾンビをいなし、ローブの男へ迫って倒すしかない。

 俺はゾンビから殺意の高まりを感じ、その瞬間を待った。その時。


「むっ!?」


 ローブの男が振り返った。

 俺たちの背後で大きく傾いていた定期船が、ついに大きな火柱を吹き上げて沈もうとしていたのだ。激しい熱気が海面を爆発させ、すさまじい炸裂音がした。


「・・・・・・ふはは。第二波の攻撃はいらなかったかな」

「なに?」

「我らの目的は達した、ということだ。さて、貴方を始末して帰還を・・・・・・なにっ!」


 驚きの声を上げるローブの男につれられて、再び視線を定期船へと向けたとき、それは起きた。

 激しい爆発の中から巨大な物体が砲丸のようにこちらへ向けて飛び出した。それは空中で四肢を伸ばしてずんぐりとした人型になると、俺とローブの男との間に群がるゾンビたちの中へと落下したのだ。

 固い金属塊が、石とセメントで作られた桟橋を砕く音が耳をつんざく中で、その金属製の巨人、としか言いようのないそれは、むっくりと起き上がった。

 陽光に照らされた巨躯は丸みを帯びていて、太い手足に単純な形の頭部という、まるでおもちゃのような姿に見えた。ただ、その大きさたるや、八人掛けの中型馬車を越えるほどに大きいのだ。

 その単純な顔が俺を見下ろしていた。


「・・・・・・ゴーレム、か?」



 ごお゛ん、と唸るような、内部機構の音を響かせる巨大ゴーレムは、頭部をぐるりと周りに巡らせるや、俺と、その背後で未だ活動を続ける爆薬付きゾンビたちを発見する。


「おじさま、下がって!」

「・・・・・・は?」


 屈強な外観のゴーレムから場違いな少女の声が聞こえた。

 咄嗟に俺は身を低くして、ゴーレムの股下へ向けて飛んだ。それと同時にゴーレムの巨大な拳がすれ違いに突き出され、ゾンビの一体にたたきつけられた。

 がぁん! と硬い物がぶち当たった爆薬ゾンビが桟橋から海へと吹き飛ばされ、大きな水柱を上げて海へ落ちた。瞬間、水中から爆発が起こって、重なって水柱を上げた。


「おのれ、忌まわしやアップルトンの木偶人形め! いけ、ゾンビたち! あやつを鉄くずにしてしまえ!」


 ローブの男が激高してゾンビたちをゴーレムに向けて差し向ける。指令を受けたゾンビたちは素早く反応して、自分たちの倍はあるゴーレムの巨体に向けて飛びかかっていった。

 だが、このゴーレムの力は圧倒的だった。飛びつき、自爆しようとするゾンビたちを両の拳で捕まえ、殴り、打ち払い、(ことごと)くを海へ突き落としてしまった。落ちたゾンビたちは内蔵している起爆装置が起動して次々に爆破し、水柱が立て続けに上がり、桟橋と、そこに立つ俺とローブの男、そしてゴーレムの上に潮を被せていった。


「まだおやりになりますの。死体魔術師の方」

「くっ・・・・・・今日のところは見逃しやる。今に見ておれ、忌まわしきアップルトンの錬金術師め!」


 ローブの男は毒吐くと、しゅっ、と軽い音で煙となって消えた。

襲撃者が消えたことで辺りには静寂が訪れた。依然、遠方で人々の混乱の声が聞こえるとはいえ、この場の危機は去ったらしい。

 立っているのは俺と、謎の少女の声をする巨大ゴーレムだけだ。


「命を助けてもらったな。感謝する」

「いいえ、それはこちらも同じですわ。・・・・・・御壮健でなによりですわ、おじさま」


 というと、ゴーレムの背中の装甲が圧搾された空気の噴出音とともに割れ、中から小さな人影が立ち現れた。

 その人物は軽やかにゴーレムの表面の突端を掴んで地面に飛び降りて、俺の元に立った。長く延ばした髪を二股に結び、手足を革製のブーツと手袋で包んでいるが、物腰には生まれながらの気品と力強さが備わっているのが解った。

 俺の脳内に雷撃を受けたような驚きがあった。


「・・・・・・まさか、エメロッテ・レーン?」

「はい。おひさしゅうございますわ。ドリジャールおじさま」


 スカートの裾をちょこんと摘んで頭を垂れるエメロッテを、そのときの俺は呆然と見下ろすしかなかった。

 

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