ドリジャール、エメロッテ嬢と共に館へ帰る
がたがたがた、と車輪が舗装を刻む重苦しい音を響かせる荷馬車の片隅で、後付けで作られた貨客室の席に向かい合い、俺とエメロッテは座っていた。
彼女の側には両拳を合わせた程度の大きさで小窓が開けられていて、彼女は一心に外の景色を覗いている。
「そんなに外が見たいかね」
「ええ、ええ。10年ぶりの故郷ですもの。どんなものでも新鮮に映りますわ」
サン・アップルトンで勉学を積んだ才媛はにこりと笑って見せた。
「ひとまずは俺の家に寝泊まりしてもらうぞ。後々のことはともかくな」
「まあ。お膝元に置かせていただけるなんて、光栄なことですわ。・・・・・・でも、余り長居をする積もりはありませんのよ?」
「どこか行くあてがあるのか?」
「いいえ。でも、ずっとおじさまの所にやっかいになるのは・・・・・・」
「不満か? 俺の家じゃ」
「そういうことではありません!」
思わず、大きい声が出てしまったらしい。エメロッテは自分の声自身に驚き、同時に、俺の背後の網窓越しにこちらを覗き見た荷馬車の御者と目が合って、小さな肩をさらに縮ませていた。
「・・・・・・その、おじさまの御家族にも申し訳ないですし、早く独り立ちしたく思いますの」
「なんだ水くさい。気にするな、俺は未だ所帯もない独り身だし、弟のオルフェウスは長期旅行中だし、気兼ねなく暮らしてくれ」
「はぁ・・・・・・わかりましたわ。お世話になります」
「それに独り立ちしたいと言ったって、娘一人では何ともならないだろう」
「ああ、そちらでしたら、考えがありますわ」
意味ありげな眼差しで俺を見つつ、エメロッテは答えるのだった。
プリシィアの街区を通り抜け、セルジュゲイルの都市邸宅にたどり着くと、荷馬車は馬出しをすり抜けて勝手口側に開けられた荷入れ口の前に止められた。
狭い貨客室の狭い出入口からようやく出ることが出来て肩身をほぐしている俺の横から、エメロッテも車外に出た。ここまで運転してきた御者は自分の馬たちが馬具の下から泡の汗をたっぷりまぶし付けて息を荒げていたのを見ていた。
「貴族のお客様よ、これじゃあ今日はもう仕事が出来ねぇや。見てくださいよ、うちの馬。こんなに疲れっちまってよぉ。あんなでかい荷物があるなら先に言ってくれなきゃ困るぜ」
「済まないな。追加料金を払うよ。・・・・・・これだけあれば一日の働きにはなるだろう」
俺は懐から金貨の束を出してポンと御者の掌に投げた。御者は胡乱げに金貨の束を確かめてから収めたものの、憎々しげに貨物室に押し込んだ荷物を指した。
「早いところその重たいでかぶつを降ろして下せえよ」
「言われるまでもないわ」
話を聞いていたエメロッテは貨物室に入り込む。低い天井に頭をぶつけそうな姿勢で固定された一体の巨大なゴーレムがそこにあった。
エメロッテは器用に、その窮屈に身を屈めたゴーレムの隙間に身を差し入れる。そしてわずかな隙間からゴーレムの内部にある『ゴンドラ』に入った。
途端、消えていたゴーレムの目に光が入り、ぎ、ぎ、ぎ・・・・・・と金属の軋む音、ぶうん、という唸りが、荷馬車全体を振るわせる。繋がれて逃げ出せない馬車馬たちが悲鳴を上げた。
「ひえぇ!」馬たちに共鳴するような御者の悲鳴を目指して、ゴーレムが車内から這い出てくる。両足を地面に降ろすと、軟泥の上には荷馬の蹄鉄の倍以上はある巨大な足跡を残した。
「おじさま。車庫はどこかしら」
「表口の方だ。付いてきなさい。世話になったな、貴様も早く帰るがいい」
「は、はぇ・・・・・・」腰を抜かしてへたり込む御者を後目に、俺はゴーレムに乗るエメロッテを車庫に案内した。
セルジュゲイル家のタウンハウスには中型馬車なら三台は並べておける車庫が、馬出しの脇から延びた私道の先に用意されている。といっても、今は一台しか駐車されていないし、その一台を牽引するための馬もいない。
車庫の大戸口を引き開き、エメロッテのゴーレムがそこをくぐった。天井の梁スレスレの高さにある頭が、ぐるりと車庫の中へ視線を巡らせると、そろりそろりと進み入り、車庫の片隅で膝立ちになった。
だらりと降ろされたゴーレムの腕が、ぐいん、と引き伸ばされて地面に手をつくと、ようやくゴーレムの駆動は停止した。
またしても、圧搾された空気が解放される音を立てて装甲が割れ、エメロッテが出てきた。
「ふう。これでホルダーを雨晒しにしなくて済みますわ。ご配慮に感謝します」
「なに、大したことではない。ホルダー、というのか。このゴーレムは」
「ええ。私の自信作ですわ」
「自信作? じゃあこれはエメロッテが製造したものなのか」
「ええ。正確には、私と同じ錬金術アカデミーのグループと一緒に・・・・・・えいっと」
話しながら、エメロッテ作のゴーレム、ホルダーの中から、ぽんぽんと大小のトランクが放り出され、馬草の臭いが染み着いた床に放り出された。
「女の旅行にしては妙に軽装だと思っていたよ。そんなところに荷物を隠していたのか」
「ここが一番安全ですもの。そうでしょ、ホルダー」
優しげにエメロッテは傍らのうずくまるゴーレムの、冷たい肌を撫でて言うのだった。
エメロッテの荷物を使用人に運ばせている間に、俺は彼女に館内を案内する。
とは言っても、エメロッテの瑞々しい脳裏には少女時代にここを訪れた記憶が鮮明に残っており、過去から今に至るまでに手を加えられた幾つかの部屋を見せる程度に終わった。それでも、俺の後ろについて歩き回る様子には往古の稚さの名残を感じて、訳もなく俺の心も心地よかった。
一回りして談話室に入った俺たちはあらかじめ用意させておいたお茶と菓子を摘みながら、今までのこと、これからのことについて考えることにした。
「まったくこう言うときにオルフェの奴が不在というのは面倒なものだ。うちじゃ頭脳労働はあいつの担当なんだから」
「私もオルフェおじさまの顔を見たかったですわ。いつ頃お帰りになるのかしら」
「さてな。今頃もお気に入りのゾンビを傍らに侍らせて海の上にいるだろう。ホーライ、だったか。大陸の反対側まで行くとほざいていたからな・・・・・・ま、殺して死ぬような男ではないが、気にはしているよ」
「うふふ」
「なんだ」
「おじさまは相変わらず、お優しい方。言葉は一見刺々しくておられるけど、端々に、身内の者に向けられる心配りが感じられますわ。私がまだ、この長椅子に座って足をぶらぶらさせていた頃から、お変わりなく・・・・・・」
ほう、と、微笑むエメロッテの顔が、一瞬輝くような美しさで俺を照らす。首の下辺りから熱血が上ってくる気がして、俺は視線を外して咳払いした。
「大人をからかうようなことを言うな。まるで俺に成長がないみたいじゃないか」
「あら、私だってもう大人だわ。十七ですもの。いつまでも、親元で良い子の振りはしていられないわ」
「だからサン・アップルトンの家を出たのか」
俺の言葉にエメロッテの表情はわずかに曇った。憂いの眼差しでカップの中身を眺めている。
「あそこは、私の家ではなかったのよ。母と、継父と、二人の子の家。二人とも気を使ってはくれたわ。生家から遠く離れた地に移ってきて、親類も知人もいなかった私だから。それでも、歳を重ねるほどに、その気遣いが息苦しいものに変わっていったわ」
カップの中身が渦を巻いているが、その渦の中に見たものを飲み込むように、一息に飲む。
「だからね、もうこれ以上世話にはならないから、って言って出てきたの。だってひどいのよ、おじさま。私の話も聞かないで縁談を取ってきたから会いに行きましょう、なんて言うのよ。私は頑張って、二人の重荷にならないように学究の道を進んで、いずれはサン・アップルトンの商会か学院の有給研究員になろうと思っていたの。それなのにあの人たちは、先方に不興を買わないように、学業の話はしないように、なんて言うものだから、頭にきちゃった」
「それで飛び出してきたわけだな。後先も考えないで」
「それだけじゃないけれど・・・・・・後先なら考えているわ。ちょっと予定とは変わっちゃったけど、その分は、おじさまのご協力をお願いしたいわ・・・・・・」
エメロッテは鞄から、大事そうに書類挟みを取り出して、俺の手元に寄越した。そこには可愛らしくも几帳面な文体で書かれた、なかなかに体裁の整った『事業計画書』があった。
「これを、プリシィアの商工会に提出するわ。私はここでゴーレムを使った商売をするの。サン・アップルトンで開発された、最新式の騎乗型ゴーレムを製造、販売、派遣するのよ。プリシィア王国がゾンビ魔術を排斥してゴーレムの利用を進めているのは知っているもの、きっと物珍しさで多くの利用が見込めるはずよ」
「ふぅむ。見てくれは立派だが本当にうまく行くのかな?」
「当然よ。だからおじさまにはお名前をお借りしたいの。セルジュゲイル家がこの商売を後援しているように振る舞って欲しくて」
回りくどい言い回しに、俺は眉を顰めて彼女を見た。エメロッテはちょっとばつが悪そうに視線を逸らした。
「後援はやぶさかじゃないぞ。見せかけるだけなんて妙な話だな」
「だ、だって・・・・・・そこまでお世話は受けられないわ。開業届の裏書きにお名前だけ頂戴したいけれど、後のことは自分で・・・・・・」
そこまで言ったところで、俺は自分の椅子から立ち上がって長椅子に屈み込んでいるエメロッテの前に移った。ローテーブルの上で事業計画書を広げて、そこの数字を指先で指し示しながら、彼女の顔を見た。
「ここにある数字は家出した女学生がちょいと勇気を出して捻出できるような金額ではないぜ、エメロッテ。俺はゴーレム魔術にもゾンビを使う死体魔術にも、とんと通じちゃいないが、実際的なことはそこにあればきちんと解るくらいの頭はある」
「そんな・・・・・・おじさまは聡明であられると知ってますわ」
「ふん。一丁前にお世辞も言える歳になったか」
「そんなんじゃありません! 私は、昔から、ずっと・・・・・・」
声を上げたエメロッテの眼差しが鋭く俺を見ていた。青春の青い炎がメラメラと燃える潤んだ瞳から、つうっ、と一筋のものが溢れた。
「・・・・・・悪い。ちと苛めすぎたな。だがなエメロッテ。せっかく反りの合わない家族から離れたんだ、もっと大胆に動いて見せたっていいんだぞ」
「・・・・・・たとえば?」
「例えば、お前の後見人になる独身貴族の男を籠絡して手前の財布にしてしまうなどかな」
「まぁ! 私そんな悪い女ではありませんわ。・・・・・・でも、そうですわね。おじさまがよろしければ、共同経営者にして差し上げてもよくてよ」
さっきまで涙を流して震えていたかと思えば、エメロッテは甘えた眼差しで俺を見上げてそう言った。俺はにやりと笑った。
「ならば決まりだ。お前がサン・アップルトンで学んだゴーレム製造の腕を、プリシィアで存分に発揮できるように助けてやろう。ひとかどの事業者となれば、レーン家の家名を復興することも出来るだろう」
「家名・・・・・・そうですわね、この国にはもうレーン家の名前はありませんものね。今の私は、ただのエメロッテですわ」
「だが、いずれお前は胸を張ってエメロッテ・レーンを名乗れるさ」
前途の展望がはっきりしたことで、ようやくエメロッテは安堵したのだろう。ささやかな晩餐の後、そそくさと彼女は与えられた部屋に引き上げていった。
寝息も上がらないような深い眠りに沈んでいるらしき光景を思い浮かべて、俺は小さく笑った。
かくして俺も、自身が世間に対して受け持っている諸々の義務を遂行するべく、自分の部屋へと引き上げることにした。俺はいまだプリシィア王国の大陸軍に籍を置く将校であるし、同時にセルジュゲイル家の名で資本を管理している、幾つかの合弁会社や銀行家との取引を指導する立場である。
であるから、俺の一存でそれらの中に、かつての友人ダミアン・レーンの息女エメロッテの新規事業開業がさりげなく加えられても、咎め立てされることも、後ろ指を指す輩もいないのだ。
机の上に積み上げられた未決済の書類を手早く処理してしまおうと、大きな窓を背に置かれた机に向かおうとしたところで、窓の端を何か小さな陰がこつこつと叩いていることに気づいた。
俺の部屋はセルジュゲイル館の三階にある。窓からの訪問者など滅多にあることではない。それこそ、実弟のオルフェウスの如き、胡乱な業に精通した魔術師でもない限り・・・・・・。
訪問者の実体は夜の闇の中に隠れ、ただ一念に窓の端を叩いていた。単調だが偶然ではあり得ない、明白な意志をもって叩いている音が、無音の室内に響く。
・・・・・・白昼の港で襲われた時の俺と、今の俺では一つ違いがある。ここは俺の家で、俺の部屋には手に馴染んだ鎖刃剣が置いてあるということだ。
気配を殺して部屋に入り、剣立てに掛かっているそれを取った。幼稚なようだが自分が一回り大きくなったような気分だ。また事実、俺の剣の間合いは部屋の端から窓辺まで届くほどある。
謎の訪問者を誰何するべく窓に寄った。薄靄のような月光が訪問者を包み、判然としない。だがそれは小さなものだった。窓の外の縁というわずかな空間に張り付いているらしい。
俺が声を発する前に、向こうがこちらの姿を認めてしまったのか、窓を叩く音がぴたりと止んだ。だが訪問者の陰はまだもぞもぞと蠢いていた。
俺は声が聞こえるぎりぎりの所まで近づいた。体の陰に抜き身の鎖刃剣を隠して構えていた。声をかけ、窓を開けた時、不埒な動きがあれば迷わず切り裂く腹積もりだった。
「何者だ」
声には、ほんのわずかの震えもなかった。訪問者はもぞもぞと蠢くのをやめると、窓の隙間に何かを押し込み始める。
「なにをやっている」
俺の声に応えるものはなかった。やがて窓の隙間に一仕事を終えた訪問者は、ずるりと窓から離れて空中に身を投げた。
俺は素早く窓に詰め寄って開け放ったがすでに遅かった。暗闇の溜まる地面に落ちて見えなくなっていく何者かの軌跡がかろうじて目で追える程度で、もはや手も足も出すことができなかった。
なんだったのだろう、と鎖刃剣を鞘に納めて、床に転がった訪問者の提出物を見つけた。それは四つ角を追って中身を封じたなめし革だった。拾い上げたときにその感触にぞっとするものを感じたが、それはこの革が獣のものではなく、人間の皮をなめしたものだったからだろう。不快で、遺憾ながらさわりなれた感触だった。
角を広げて中身を見た。中には厚紙の切れ端に走り書きされた一文だけが記されている。それはこの後に起こる、エメロッテと俺の新たな冒険の幕開けを告げる一文でもあった。
不快な人皮の手紙にはこう書かれていた。
「エメロッテ嬢の企みに乗るならば、命の保証はないものと思われたし」




