男爵夫人
俺の頼みの男爵夫人は俺達を屋内に招いてはくれたが、俺が訪問する時はいつも使う彼女のサロンではなく、使用人が使うような応接間に俺達を閉じ込めた。
お茶だけは振舞ってくれたが、そんな扱いをする叔母への抗議をしなければと、俺はミアとニーナを残して叔母の部屋を突撃したのだ。
俺は怒りを感じながらカツラと付け髭を剥ぎ取りながら廊下を進み、召使が俺を止めようとするのも近づけず、そのまま彼女の部屋のドアを大きく開けた。
彼女は俺を待ち構えていたのか、俺を目にするや冷たく言い放った。
「わたくしは会いませんし、応援もしません。お茶を飲んだらさっさとあの姉妹を連れて出てお行きなさい。」
「いいですよ。彼女達は私の妻となり妹となる方々です。あなたがそのようならば、今後一生あなたを訪れることも無いでしょう。では、失礼いたしました。」
俺はくるっと踵を返した。
「お待ちなさい!あの子では伯爵夫人になり得ないわ。」
「ずばりと言いますね。」
俺は裏切られた気持ちだ。
俺と再婚を考えているらしい兄嫁達を、女の子が欲しかったとからと無条件に可愛がる母には期待などしていないが、常識と規律、そして良識を兼ね備えて非常識な結婚話から俺を一度は救ってくれた人がミアを否定したのだ。
俺を裏切った黒髪に黒い瞳をした美女は、カミラ・エグマリヌ男爵夫人。
俺の父の弟の妻という立場であるが、彼女は結婚前は侯爵家の次女だったという、伯爵家の我が家よりも身分は高いお人である。
「彼女のお母様がツェツィーリア・ヘリュグリューンだというのが一番の難点。素敵なお優しい方だったのよ。あの馬鹿王子のせいで汚辱に塗れてしまわれたけれども。」
「お知り合いだったので?」
「女学校が一緒だったの。彼女は下級生にも優しい方だったわ。優しすぎて人の本質が見えていない人だった。あんな男の求婚を受けたばかりに!」
国の戦乱で親族を頼って海を渡ってきた美女は、親族の一人と婚約して結婚もしたが、彼女の美貌に王子が横恋慕してしまった。
王子と伯爵夫人の密会という噂は一人歩きし、それによって彼女は道を踏み外したと名指しされて社交界を追われる事となったのだ。
「普通は妻が王子の愛人となったとなれば、醜聞になっても問題視などならないはずですけどね。それだけあの馬鹿王子はその頃も嫌われ者でしたか。」
「馬鹿ね、違うわ。最終的な噂の相手が王子じゃないの。王子の近衛兵と彼女が恋に落ちたという噂が立ってしまったの。パーティの時にその二人がワイン蔵に閉じこもっていたというものだったかしら。その噂で彼女は潰されたの。」
「それは知りませんでした。」
「では、改めて聞くわ。母親の醜聞は娘達について回るのよ。結婚すれば結婚相手の親族にまで。あなたはそこまで考えているの?」
考えるまでもない。
貞節と噂のご婦人方のご乱行はいくらでも知っている。
そんな者達が振りまく噂が何だというのだ。
「ええ、覚悟はしております。そんなものが付随していてもミアは素晴らしい女性です。彼女との結婚をあなたに祝福して欲しいと私が願うくらいにね。」
年齢の解らない美女は、流し目ではなく大人の女性が子供を見下げ果てる目で俺を横目で見ると、あからさま溜息まで出してくれた。
「祝福どころか、あなたのお母様と、あなたと結婚したい元兄嫁達を説得か恫喝してくださいとあなたは言っているのでしょう。いやよ。」
「嫌ですか。俺はあなたを母よりも母と考えていましたのに。」
「お黙りなさい。いい事、反対の理由を言います。」
カミラは自分の右手を上げた。




