表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/43

承(陽)17

空を見上げながら、煙草を口に運ぶ。

目に刺さるようなLED街灯の明るさに煙が混じり、やがて消えていく様をぼんやりと眺めていた。


「そろそろ切り上げようぜ」

「もうちょっとだけー」

子供のような事を言いながら、それが丁度顔の高さあたりを蹴り抜いた。


センスが良いと表現すべきだろうか。

まるで違和感のない、鞭がしなるような蹴り足。それが地に着いた瞬間には軸となり、回転して振り出される後ろ足。

ジャージと一緒に買った白いアシックスのスニーカーが残光を残すように元の位置に戻る。


「蹴り、使わないんじゃなかったのか?」

「何でも練習するもんだよ。できてこまる事ってないだろ?」

「まぁ、そりゃそうか」


再び空気を裂くスニーカーを眺めさせられ、満足気なそれと家に入ったのは結局日を跨ぐ頃だった。





「眠ぃ……」

「ヤリ過ぎた?」

「いや。煙草の吸い過ぎ」

「意味わかんねぇ」

現場の赤い灰皿に煙草を投げ込む。

相変わらず高野は女と同棲している前提の扱いをやめない。……もう慣れたが。


「諏訪サン、デモ最近機嫌良サソウダネ」

「んな事ない」

余計な事を言うグエンに嫌そうな顔をして見せる。

そりゃあ毎日憂鬱そうな顔見てるよりはいいよな、などと変に納得しつつ。とは言えそれを認めるのも若干不愉快な話ではあった。


そんな雑音のような思考を頭の外へと追い出し、仕事に戻る。

逃げ出したくなる程度にきつい仕事は、食い扶持であると同時に、体を鍛える為でもあった。

くそ重たいという少し汚い表現に合致するその重さは、余計な思考が再び浮き上がる余裕を刈り取り、ただ無心に体を動かすだけの時間を与える。

この時期にも関わらず冗談のような汗を拭き取る頃。今日の食い扶持は終了を迎えた。




「手上げなんてやってらんねぇっつの」

「あぁ確かにきついよなぁ」

適当な相槌を口にしながら、懐から煙草を取り出す。それを見てか、同じように煙草に火をつける運転席の高野も流石に疲れ切った顔をしていた。

狭小地の4階部分。

足りないのが余地なのか金なのかはわからないが材料を手で揚げる羽目になっており、実際に手を動かす部分でその詰襟を食う俺達に不満がない訳がなかった。しかし比較的高価な給与と行儀の良し悪しを問われない環境は、それでも俺達を買い殺している。……正確には俺以外を、かもしれないが。

高野をしてやってられない、などという表現をされるこの仕事を続けねばならないのはいつまでだろうか。




「いるか?」

「いるよー」

従来通りの脱力するやりとり。

目を輝かせるそれにPCを開いて見せながらキッチンへと向かい、若干震える手でハヤシライスを作る。こういった煮込む系統の料理は切り刻むのが適当でもどうにでもなるので好みだった。特にじゃがいもの皮をむかなくて良いハヤシライスやビーフストロガノフと言った類の料理は高頻度で我が家の小汚い鍋に納まっている。

何れにせよ。いそいそと適当な夕飯を口に詰め込むそれに苦笑いを浮かべる。


「俺が食べ終わらなきゃ行けないんだからさ。普通に食えばいいだろ」

「食べたばっかりで動くと気持ちわるくなるからさ」

「あぁそうかよ……」

結局その晩も10時過ぎまで踊り狂うそれを眺めてから眠る羽目になった。






そんな毎日を過ごした週末。


「じゃあ行くか」

「おー」

「もうちょっとやる気の出る返事しろよ」

「よし、いくぞ!」

「……。」

「お前が言えって言ったんじゃないか」

「まぁいいや。行こう」


暦によれば、今日は満月だ。

幸運な事に明日は休みであり、しかし空は曇っている。

そこで出た結論は、少しでも月明かりが強いであろう場所へ向かう事。

要するに、先日満月が云々などという事が判明した公園へと再び向かう事にした。高さはともかく、遮蔽物は少ない。


右手がアクセルを捻る。

さすがに慣れてきたらしいそれは、素っ頓狂な悲鳴をあげる事もなく大人しく背中に張り付いている。

小一時間をかけ既視感のある公園に到着した。自販機から温かい飲み物を取り出し、人気の少ない公園の奥へと向かう。


「じゃあ、いいか?」

「よーし、どんどんいこー」

「具合悪くなりそうなら早く言えよな」

「わかってるって。ほら」

やたらと軽い返事とともに差し出される右手。それを軽く握る。

こちらも小慣れつつある魔力の流れを維持していく感覚。そして先日と同じように流れ込んでくる、それが心に刻んだいくつかの場面。それらを噛み潰しながら作業を続ける。




どれほどの時間が経っただろうか。


「よし。とりあえず一回休もう」

「……。」

「おい?」

左に向けた視線の先、それは目を閉じ……寝息を立てていた。

呑気なものだ。今ここにある現実ではないとはいえ、それが心に焼き付けていた恐怖の記憶を当てつけられた俺は居眠りどころではない。

とは言え、抜かれた端から補填されるにしても昏倒しかねない勢いで魔力を吸い出されている訳であり。


「まぁ、しょうがねぇか」

ぼやきながら煙草に火をつけ、時折雲に隠れる月を見上げていた。




握り返された左腕に視線を落とす。腕時計に表示された時間は3時だ。頃合だろう。

先程からそれが目を覚ますのを待ち、再び作業を行うという事を繰り返していた。もう4回目になる。

魔力の流れを一度打ち切って目を開いた。


「じゃあ、そろそろ帰るか」

「……。」

相変わらず無言のそれに視線を向けた。しかしそこにあったのは、先程までのように静かに寝息を立てる姿ではなく、額に汗を浮かべ苦しそうな息を吐いているそれだった。


「おい」

「はぁ……はぁ……」

「くそ、おい大丈夫か?」

悪態をつきながら、それの肩を握って軽く揺する。

しかし相変わらず苦しそうな呼吸は収まらない。

回数を重ね過ぎが原因なのは明らかだった。

言い訳がましいが、だから苦しければ早めに言えと繰り返していたのだ。


苦しそうなそれを見下ろしながらやり口を考える。やり口というのは、結果として魔力を送り返してやればいくらかはマシだろう、という結論が出ているからであり……気は進まないがここで完全に昏倒される訳にもいかない。

再びそれの手を握る。

そこに意識を集中し……流れ込んで来ようとする魔力を押し返す。抵抗されればそうもいかないが、今までの経緯からしてその心配もない。

しかし慣れないその行為にこちらも歯を食いしばり、体の中の魔力を押し戻していく。




大した時間ではない。

静かな寝息を立て始めたそれを確認し、大きくため息をつく。正直あまり得意でもない種類の魔術の行使に脱力感を覚えていた。


一晩に続けて行う回数はいい所3度くらいにするべきだろう。言い方は悪いがそれが判ったのは幸いだ。諸々が手探りの状況では失敗するやり口を確定していく他ない。

煙草を吸う気にもなれず、ぼんやりと空を眺める。隣から響く小さな寝息を聞きながら、眠気に負けた俺もゆっくりと目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ