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第三話 ゴールデン・フィッシュ号危機一髪!

SF&ファンタジーな感じです。




『緊急事態発生! 緊急事態発生!』 


 乗員三名、さほど広くない宇宙船のコクピット内に、エマージェンシー・コールが響き渡った。危険を知らせる赤ランプが点滅し、細かい機器類を浮かび上がらせる。


「どうした、何が起こってる!? 報告しろ、BB!」


 宇宙探査船 『ゴールデン・フィッシュ号』 の船長、ロック=サンダース大佐は、仮眠から覚めたばかりの脳細胞をフル稼働させながら、コクピット後部にある指揮席に滑り込むと、モニター前で操船を一手に行っている人型コンピューターBBの、金属質のつるんとした黒い後頭部に、怒声を浴びせ掛けた。


「BB! まだか!?」


 普段は明朗闊達、例えコンピューター相手でも無闇に怒鳴りつける様なことはしないロックなのだが、場合が場合である。

 ワープ中の事故。それはすなわち即、死に繋がる一番恐ろしい事故だった。

 いや、死ぬだけならまだいい。最悪、元の空間に戻れず、永遠に時空の狭間を漂う事になりかねない。『幽霊船ゴールデン・フィッシュ』 なんてのは御免被りたかった。


「BB!?」


「ただ今、解析中デス。今分かっているのは、ワープ用エンジンのトラブルという事だけデス」


 妙にのんびりとした答えが返ってくる。

 相手はコンピューターである。逆に慌てられても困るが、もう少し急いでくれ!

 内心ではそう思ったが、らちもない事を言っても何の役にも立ちはしない。


「副長! ワープアウトは可能か? BBはトラブル解析で手が離せない。計算してくれ!」


「了解!」


 副長のきびきびとした答えが響く。


 副長のレイア=マードック中尉は、ロックより五歳年下の二十五歳。グラマーな美人である。

 黒い瞳がスタンダードな彼らの一族において、色素の薄い茶色の瞳の彼女は、ある意味異色な存在だった。

 不吉だと言ってそれを嫌う者は確かにいたが、ロックはその美しい瞳が気に入っていた。

 まあ、有り体に言えば、レイアはロックの恋人であるのだが。


「五分後のワープ・アウトが可能。ワープ・アウト地点は、太陽系第三番惑星 『地球』。惑星レベルはZです」


「惑星レベルZ !?」


 レイラの報告に、ロックは驚きの表情を隠せない。『惑星レベルZ』 とは、国交の無いいわゆる『発展途上惑星』 を意味していた。


「惑星のタイプは? 知的生命体はいるのか?」


「惑星のタイプは、我々の母星と同じスタンダード。空気組成もほぼ同じで、直呼吸が可能。知的生命体の存在は確認されています。タイプは、我々と同じ 『人型』。言語も何とか翻訳可能です。ただ……」


「ただ?」


 いつもの彼女らしからぬ歯切れの悪い物言いを不信に思いながら、ロックが聞き返す。


「時代が、我々の文明での 『恐竜期』 に酷似しています」


「恐竜期だって!?」


 肉食の恐竜がウロウロしていると言う事か――。


 だが、このまま手をこまねいていては、事態はどんどん悪い方へ行くだけだ。

 ワープ用エンジンが使えなければ、遙か彼方の自分たちの活動宙域までは、到底たどり着けない。

 救難信号が探知され、運良く捜索隊が出されたとしても、ここは通る船など滅多に無いど僻地の宙域だった。恐らく見付け出されるまでに、この小型探査船の物資では、生き残れまい。


 例え発展途上であっても惑星上ならば、修理に必要な物資の補給も可能だし、少なくとも、飢え死にする事は免れるだろう。

 より、生存確率の高い方。ロックは、数瞬の間に結論を出した。


「ワープ・アウト! 『地球』 に着陸する」


「了解」


 神業のような早さで操作パネルの上を移動する、レイアのしなやかな指先を見つめながら、ロックは、そもそもの“ケチ” の付き始めの原因となったサイナス中将のゴキブリ顔を、苦虫を噛みつぶしたような表情で、思い出していた。


 ロックはもともと、大型戦艦の副長をしていた。

 上官で艦長のサイナス中将は貴族のぼんぼんで、部下に影で 『ゴキブリ野郎』 とあだ名される、陰険で鼻持ちならない男だったが、ロックは別段何の問題も無く、淡々と副長の任を全うしていた。あの時までは――。


 ある日、デート中のロックとレイアを見掛けたサイナス中将は、レイアを一目で気に入った。

  母星に帰れば妻も子供もある身であったが、貴族の常と言うか傲慢さと言うか、『部下の物は自分の物』 と考えるきらいのあるサイナスは、実力行使に出る事にしたのだ。


「ロック大佐の事で重要な話がある」


 そう言ってレイアを自室に呼び出したサイナスは、力ずくで彼女を自分のものにしようとしたが、寸前で助けに入ったロックの手により、半死半生で病院送りとなった。


 結果、ロックは上官への暴力行為で、辺境を巡る探査船の船長に体の良い左遷を食らったのだ。


 左遷で済んだのは、レイアに対する暴行未遂があったからだが、実はレイアが軍の実力者の妾腹の孫娘で、そこから圧力が掛かった、と言うのが知られざる真実であった。

 でなければ、いくら志願したからと言って、こうも都合良く彼女が 『ゴールデン・フィッシュ号の副長』 として任官される訳は無かった。




 ワープ・アウトした彼らの目前に、青い色彩が広がる。


 まるで闇夜に浮かんだ青い蜃気楼のような、美しい星――。それが地球だった。


「綺麗……。海の比率が、私たちの母星とは逆なのね。『地球』 と言うより、『水球』 ね」 


 レイアが溜息混じりに呟く。その間も、操作パネルの上の指先は着陸のための準備を着々と進めて行く。


「軌道計算完了。三分後に大気圏突入、着陸体勢に入ります」 


「頼むぞ、レイア――」




 東の空に、金色に輝く光の玉が長く尾を引いて、ゆっくりと地平線の彼方へと消えて行った。だが、それに気付いた者は誰もいなかった。


「着陸完了。船体の損傷はありません」


「ご苦労さま。さて、問題はワープ用エンジンの方だな。BB、原因は分かったのか?」


 ロックとレイアの視線に動じる風もなく、BBがのんびりと答える。


「水が足りマセン」


「はあ !?」


 BBの答えに、ロックが思わず頓狂な声を上げてしまう。


「冷却水が、何らかの原因で不足していマス。エンジンの老化による過加熱のために蒸発したものと思われマス」


「ボロいせいで、オーバーヒートしたって言うのか?」


 まさか、あのゴキブリ野郎の差し金じゃないだろうな。


 一瞬、そんな考えが頭によぎったが、さすがに自分一人を消す為に、乗務員ごと探査船を葬るような真似はするまいと思い直す。


(どうも、考え方がネガティブになり過ぎているな……)


 ロックは、頭をぶるんと一振りすると、今やるべき事に思考を巡らせた。


「BB、水の補給がされれば、基地までのワープ航行は可能か?」


「可能デス」


「必要量は?」


「圧縮カプセルで五個分デス」


 圧縮カプセル五個分――。重さで、十キロ。人力で運搬可能か。


 圧縮カプセルとは、その名の通り、物質、主に水を圧縮して運搬するのに使われるカプセルで、水だと百分の一に圧縮が可能だった。つまり、カプセル十キロの水というのは、実質一トンの水を指すのである。


「BB。留守の間、細かい部分のメンテを頼むぞ」


「了解しまシタ」


 探査船のハッチを開けると、そこにはまさに 『恐竜期』 の世界が広がっていた。

 空を覆う、鬱蒼と茂る巨木群。彼らの背丈ほどもある色とりどりの植物が、行く手の険しさ彷彿とさせた。気温は高いが、湿気はさほど感じなかった。


 空の圧縮カプセルの入ったリュックと携帯用のサバイバルキットを背負い、腰にはレーザー銃と小型の武器類。左手首に翻訳機。

 軍人とは言っても、元々戦艦乗りのロックにとって、こんな装備で歩くのは、訓練の時以来である。

 大佐と言う階級は伊達では無いので、それなりに体技にも自信はあるが、あくまで『訓練』 に置いてである。


「すまんな。どうも君には、貧乏くじを引かせてしまったみたいだ」


 大型のナイフで草を切り分けながら進むロックの後ろで銃を構え、周りを警戒しながら、ピタリと付いて来るレイアに向かって、彼がすまなそうに呟く。


「何言ってるの? あなたらしくもない。私の船長さんは、もっと自信満々でいてくれなくっちゃ!」


 レイアの茶色の瞳が、陽の光を受けてキラキラと輝いた。


「そうだな。俺らしくないな――」


 右腕をレイアの頬に伸ばそうとしたその時、ズン、と地面が揺れた。


 地震かと錯覚するような地響きが除々に大きくなって行く。

 何か、巨大な物が近付いて来る――。

 二人は、さっと腰を落とし、臨戦態勢を取った。


「きゃぁあ !!」


 エコーの掛かった悲鳴と共に、茂みの中から二つの小さい影が飛び出す。


「た、助けてっ!!」


 ロック達を認めると、その二つの影は一目散に彼らの後ろに倒れ込んだ。

 それは小人と呼べそうなくらい小柄な、二人の少女達だった。年は十歳程だろう。


 金色の大きな瞳が、恐怖で更に大きく見開かれ涙が溢れ、小さな体が、傍目から見て取れるほどブルブルと震えている。


 ズシン、ズシンと、地響きが更に大きくなり、けたたましい音と共に木を踏み倒したモスグリーンの巨大な足が、目前に降って来た。


「恐竜か!?」


 植物に妨げられて、全体像が把握できない。


 ギャァア――


 咆吼と共に、鋭い爪を持った前足が振り落とされる。

 ロックとレイアが構えていたレーザー銃を、同時に放った。

 ジジジと肉を焼く音と、独特の臭気が鼻を突く。

 世界から、音が消えた――と思った瞬間、ベキベキと大木をなぎ倒しながら、一際大きな地響きと共に、恐竜の巨体がゆっくりと大地に沈んで行った。


「大丈夫か、君たち!?」


 倒れ込んだまま、呆然と事の成り行きを見つめていた二人の少女達を、ロックとレイアがめいめいに助け起こす。ロックの掛けた言葉に、二人ともやっと状況が飲み込めて一安心したのだろう。ニコリと可愛い笑顔を見せた。幸い二人とも、何処にもケガは無いようだった。


「はい。どうも、ありがとうございます! お陰で助かりました!」


 まるで申し合わせたようにハモリながら、同時にペコンと頭を下げる。一卵性の双子でもあるのか、落ち付いて見れば、二人はとても良く似ていた。


「私は、ニノです」


「私は、ナノです」


 どちらがどちらだか、既に分からなくなっているロックだったが、とにかく彼も自己紹介する事にする。


「俺は、ロック。彼女はレイア。実は捜し物をしていてね……。君たちは川か、湖か、この近くで水の汲める場所を知らないかい?」


「水? 水だったら、近くに沼がありますから、お礼に、ご案内します!」


 双子に案内されて、深いジャングルの奥へと、三十分ほど道無き道を進むと、突然、風景が変わった。

 空を覆う巨木群は姿を消し、背の低い草原が広がっていた。その向こうに妙に金属質のつるっとした灰色の壁が見える。ロックは近付くにつれ、それが直径十メートルほどの巨大なパイプらしい事に気が付いた。


 ロックとレイアが顔を見合わせる。


(これはどう見ても、人工物だな――)


 しばらく、そのパイプ伝いに歩くと小さな沼に到着した。

 一応有害な物質が含まれていないか簡易の検査器でチェックをしたが、それは飲料水に出来るほどの綺麗な水だった。

 何より驚いたのは、薬剤による殺菌がされていた事だ。


 双子にそのことを尋ねてみたが、『昔からあったもので、村の長老でも、いつ頃からあって誰が作った物なのかは知らない』 と言う答えが返って来ただけだった。


(これは、水道管理システムではないのか? もしかすると、この星の文明水準は、思ったより高いのかも知れない……。あるいは、過去の文明の遺産――なのだろうか)


 水を確保し、恐竜の倒れている場所まで戻って来ると、一時間半ほど経っていた。


「ありがとう。君たちのお陰で助かったよ。逆にお礼をしなければ」


 ロックが、サバイバルキットの中からごそごそと携帯用の食料を取り出す。チョコレートとフルーツ風味の、クッキーに似た食感の高エネルギー食品。子供なら、おやつにちょうどいいだろう。


「こんな物しか無いけど、食べてくれ」


 二人の頭を撫でながら、めいめいに手渡す。これ位なら大丈夫だろう。


 ロック達の属する銀河連邦には、発展途上の惑星などに対する過度の干渉を禁じる法律が存在する。進みすぎたテクノロジーを途上国に持ち込むのは好ましくない、と言う物だが、まあ、食べて無くなってしまう物なら問題は起こるまいと判断した。

 

「可愛い子達だったわね。あなたがあんなに子煩悩だとは思わなかったわ」


 クスクスと楽しそうにレイアが笑う。


「ああ。もうそろそろ、子供がいてもいいな」


 ちょっとぶっきらぼうに、ぼそりとロックが呟く。


「えっ?」

 驚いて思わず足を止めたレイラが、ロックの顔をマジマジと覗き込む。


「え、と。プロポーズ、しているんだが……」


 綺麗な薄茶色の瞳に見つめられて、照れながらロックが呟く。


 本当は、今回の任務が終わったらプロポーズしようと、奮発して高級ホテルのスイートを予約し、給料三ヶ月分の婚約指輪も用意していたのたが、言ってしまったものは仕方がない。要は、形より心だ!


「レイア、俺と結婚してくれ。いや……、結婚して下さい!」


 レイアが、不器用な恋人の首に腕を回し、嬉しそうに笑う。


「了解。私の船長さん!」

 

 幸せそうな二つの影が、ジャングルの片隅で一つに重なった。




 無事水の補給が済んだゴールデン・フィッシュ号は、名前の由来となっている、魚に似た金色の船体をゆっくりと上昇させた。

 太陽の光を反射したその船体が一瞬キラキラと光を放ち、やがてスピードを上げて上空へと消えて行った――。




「たー君。どうしたの?」


 花壇の前にしゃがみ込んんだまま、空を仰いで何かをじいっと見つめている五歳の息子に、若い母親がその顔を覗き込みながら問いかける。


「うん。あのね、大きなアリさんが、金色のお魚さんに乗って飛んで行ったの! びゅう〜んって飛んだんだよっ!」


 大きな黒い瞳を輝かせて喜色満面で話をする我が子に対し 「まぁ、何て想像力が豊かなのかしら」 と、ちょっと的外れな感心の仕方をした母親は、にこにこと息子の頭を優しく撫でた。


「あ、ほら、たー君。見てごらん。アリさんがカマキリさんを運んでるわよ。力持ちねー」


 母親の指さした先では、小さな茶色の二匹の働き蟻が、自分たちの何倍もあるカマキリの死骸を、巣に運ぼうと奮闘していた。


 その時、花壇の散水機が定時の散水を始めた。水飛沫がくるくると螺旋を描いて光のしずくを飛ばす。


「あ、お母さん、虹! 虹がでたよ!」


「本当。綺麗ねー」



 六月の晴天の昼下がり。


 それは、 広大な宇宙空間の辺境惑星「地球」の日本国にある公園の、ちょっと手入れが悪くて下草の伸びた花壇の中で繰り広げられた、小さな小さな冒険譚であった――。




    おわり








B級SFを狙ってみました。(笑)

決して、科学的根拠を求めないで下さい。ぶっ飛びます。


実はこれは、とあるサイトで、「三題小説」と言う企画に参加させて頂いた物です。

お題は 「金魚・解・蟻」 です。

既定は、6000文字以内の短編。


少しでも、面白いと思って下さったなら嬉しいです。


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