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第二話 吸血姫

「はい、どうぞ♪」

 ひとみは、入れ立てのモーニングコーヒーをテーブルに置く。それを、口に運ぶたつの様子を、興味津々で見つめていた。

『ブッ!』

 哲は、一口、口に含んだコーヒーを勢いよく吹き出し、ごほごほとむせながら、瞳の方を軽く睨んだ。

「な、なんだこれは……!?」 

「何って、コーヒーだよ。おろしニンニク入りの」

 睨み付けられていることなど何処吹く風の答えに、哲が額に手を当てて盛大なため息を付いた。

「……お前は今まで、コーヒーに『おろしニンニク』を入れて飲んでいたのか?」

「まさか! そんな変態なこと、するわけないじゃない」

 瞳は、いたずらっ子のようにクスクスと笑いながら、「吸血鬼って、本当にニンニクが嫌いなのかなぁって思って。えへへっ」と、悪びれもせずぺろりと舌を出し凝りもせずに次の攻撃に入った。

「はい! これは?」

 丸いまんまのニンニクを、右の手のひらの上に載せて哲の鼻先に突き出したかと思うと、すかさず左手を突き出す。

「これとか!」

 ぎゅむっ!っと握られているのは、銀色をした十字架のペンダント。

 驚いているというより、最早諦めの極地に到達しているような哲の表情に臆することもなく、更に奥の手を繰り出す。

「んで、これっ♪」

 語尾に音符マークをるんるんと踊らせながら、ニンニクの変わりにこれでもかと握られて居るのは、何をどうしたのか何故か呪いのわら人形だった――。

 瞳は、次々と『吸血鬼撃退グッツ』を哲の前にかざしては、哲の反応を至極楽しげに、かつ、興味津々で見詰めていた。

「……普通の、ブラックのコーヒーをくれ」

『こんな、おちゃらけた性格とは思わなかったぞ』

 普段は余り表情を動かさない哲が、微かに口の端を上げる。それは『苦笑』ではあったが、どうにか笑いの部類に入るものだった。



 昨夜。

 哲は、街で交通事故に遭って死にかけていた瞳を助けた。

 人気の無い深夜の交差点で、ひき逃げにあったのだ。

 一目で命に関わる重傷と知れた。

 人間に関わる気など無かった。

 吸血鬼である自分と、その獲物である人間。それだけだ。他に何も必要など無い。

 苦しそうに喘ぐ瞳に冷たい一瞥を投げ立ち去ろうとしたその時、瞳が声にならぬ声を上げた。

「ど、して、泣いて……るの?」

「……何を、言っている?」

 自分は泣いてなどいない。そんな人間のような感情は持ち合わせていない。

「泣いて…るよ?」

 瞳の言葉に、哲は自分の頬に手を当てて愕然とした。その頬は、涙で濡れていたのだ。

 何を泣くことがある。ただ、人間が一人死んだだけだ。

 少しばかり深く関わり過ぎた人間。

『あなたが何者でも構わない』そう言って、ずっと一緒にいた人間の女。

 彼女が不治の病で余命が無いと知ったとき、哲は彼女に問うた――。

『吸血鬼となって共に生きるか?』と。

 だが、彼女の答えは『否』だった。

『何者でも』の範疇に『吸血鬼』は入っていなかったのだ。 

 彼女は、人間としてひっそりと死んだ。 

 もう、この街に居る理由が無かった。当てもなく街に出たところで瞳の事故に遭遇したのだ。

 哲は、自分でも馬鹿げてると思った。また性懲りもなく、人間の女に関わってどうする。

 人間は、本能的に闇を恐怖する。それは、闇に潜む捕食者の存在を感ずるからだ。 その捕食者である自分が、捕食される側の人間をどうしようと言うのだ?

 また、恐怖の目で拒絶されるだけだ。

 ならば、最初から関わらない方がマシだ。

 だが、そう思いつつ、哲の口から出たのは正反対の言葉だった。

「生きたいか? 吸血鬼になっても生きたいと言うのなら、助けてやる――」

 驚きに、見開かれた瞳のその目を見たとき、『やはり』と言う思いが哲の心をよぎった。

 諦めて、立ち去ろうとしたとき、そのコートの裾を瞳が掴んだ。

「生きたい――」

 そう言って気を失った。

 哲は、『我ながら、馬鹿げてる』と思いつつ、跪いて瞳を抱え上げ――。

 そして、その白い首筋に白い牙を立てた。



「はい、どうぞ」

 瞳が、新しく入れ直したコーヒーを哲の前に置く。

 いぶかしげにコーヒーカップを覗いている哲の様子を、瞳は楽しそうに見つめる。

 あの時、瞳があの場所に居たのは偶然では無かった。

 余命が幾ばくもない彼女に付き添っている哲を、看護士である瞳は知っていた。

 ずっと、気になっていた、 不治の病に冒された恋人に寄り添う、どこか翳りのある黒髪の青年。

 偶然聞いてしまった『吸血鬼となって、共に生きるか?』と言う哲の言葉を、――ああ、そうだったのかと、瞳はなぜかすんなりと納得してしまった。

 そして、恐怖に駆られ、それを拒絶した彼女の答えに、憤った――。

 自分なら、『喜んで一緒に生きる』と返事をするのに。

 哲に対する己の気持ちに、瞳はその時初めて気付いた。

 この感情が『恋』であると。

 だから彼女が死んで、ただ静かに涙を流す哲を見かけたとき、いてもたってもいられずその後を追ったのだ。

 元来のドジが祟って、まさかひき逃げ事故に遭うとはとうの瞳本人も予想外ではあったがが。


「生きたいか? 吸血鬼になっても、生きたいと言うのなら、助けてやる――」

 哲の言葉が、嬉しかった。

 例えそれが、恋人を失った寂しさから出た言葉でも、瞳は嬉しかったのだ。



「哲〜?」

「なんだ?」

 新聞に落としていた視線を、哲がちらりと上げる。

「哲って呼んでもいい?」

 すでに呼んでいるだろうに……と、思いながら哲は、今度は微かに目元を綻ばせた。

 ――これから先は、退屈しないですみそうだ。

「好きにしろ」

「えへへっ、哲、テツ、てつ、TETU〜」

 これから先。

 二人の間に何が育まれるのか。

 それが、愛か憎しみか。

 それは、神のみぞ知るものだろう。


 十二月の寒い朝。

 昨夜生まれたばかりの『吸血姫』は、上機嫌で朝食の準備を始めた。


   終わり



吸血鬼が出てくるのは、ファンタジー? ホラー?

やっぱり、恋愛でしょうか。

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