朝霞と村松その3
朝霞と村松その3
「どうするべ、どうするべ」
「どうするよ、どうするよ」
口々に不毛な言葉を交わしながら、朝霞と村松は市街を急ぎ足で歩いていた。
どこからか「天国と地獄」の序曲が流れてくるが、自分たちの状況と心情を揶揄するかのようだ。
それにしても、地獄の沙汰も金次第、とはよく言ったものである。それ以前に、天国へ行くのも地獄へ落ちるのも、往々にして、金絡みだ。朝霞と村松もまた例外ではなかった。
学園島の学生は、親元を離れての生活のため一般に裕福な家庭の生まれと誤解されがちだが、奨学金に頼ったり、勤労に励んでいる生徒も少なくない。
ただ中にはより安易な手段、分かりやすく言えば借金に走る者もいる。朝霞と村松が嵌ったのは、その中の一つである学生間金融であった。元は、レポートの代行や他校の行事の手伝い、といったものへの感謝を、当時の学生起業家たちがシステム化した学園島特有の金融だったが、年月を重ねるごとに広く深く根が張り巡らされ、やがて、取り立ても組織化されていった。
朝霞も村松も、最初は食事や娯楽などにちょっと借りるだけのつもりだったのだが、どちらも、裕福な家の出ではないのに、節制が得意ではないところへきて趣味やサークル活動に没頭したために負債額がどんどんと増えていった。
パトロン殿の支援で一時は窮地を脱することもできたが、所詮は泡銭、二人とも浪費傾向を悪化させただけだった。そうやって、再び負債を膨らませた彼らが部屋の外に声が漏れるのも構わず皮算用していたのである。ハイエナがいる荒野で、自分たちから血肉の臭いを撒き散らすのに等しかった。
朝霞たちから金になる話を聞き出した取り立て屋どもは、肉食獣のような舌なめずりした顔をしてきた。無論、感謝などされるわけがなく、ただ強欲な競争者を出現させただけだった。このため、朝霞達は彼らに先んじなければならなくなったのだが、妙案もなく、ただぼやくしかできなかった。
「ところでさ」
思い出したように、村松が尋ねてくる。
「なんだ?」
「俺たちって、今はどこに行こうとしてるんだ?」
「そんなことも分かってなかったのか。事故があったファミレスだよ」
「なんで、そんなところへ?」
「謎の発光現象が生じたって目撃情報があってだな。空飛ぶ少女も光っていたから、関係がある可能性が高い。もしかしたら、ファミレスにいたかもしれん」
真面目な顔をしての朝霞の推測に、村松は呆れ交じりの吐息を出す。
「いつものこじつけじゃないのか? 大体、事故って昨夜のことなら、ボールを見逃してからバット振るようなもんじゃないか」
携帯で事故に関するニュースを確認した村松は呆れ交じりにぼやく。朝霞の論理は陰謀論に憑りつかれた人間にありがちな飛躍した論理にしか思えなかった。
「現場調査は基本中の基本だろうが。手掛かりがないよりましだろ?」
「これって、手掛かりなのか? あーあ、今、この時に、エリナたんが島に来てるかもしれないってのに……」
村松のぼやきに重なるように、少女の小さな悲鳴が聞こえてきた。
向かいの歩道で、少女が尻餅をついており、傍には太った男がいた。
男は少女に罵声をぶつけると、取り乱した様子でどだどたと走り去っていく。
「ぶつかった、みたいだな」
渋い顔をして朝霞が言う横で、村松は逃げていく男の後姿を見て首を傾げる。
「あれ? あの後ろ姿……」
「安心しろ、お前はあれよりマシだ」
「んなこと、気にしてねえよ!」
「なら、何だ?」
「どこかで見たような気がするんだよなあ……」
村松は思い出そうとするが、すぐに出て来ない。
「おい……」
横断歩道を渡ったところで、朝霞は考え込んでいる村松に声をかける。
促すように朝霞が視線を送った先には、ようやく起き上がった被害者の少女がいた。調査となるや猪突、無神経な聞き込みも平然とやらかすのに、朝霞は案外、人見知りなのである。
押し付けられた役目を察した村松は、なんで俺がと思いつつも朝霞に押し切られて、慎重に少女に近づいていく。
「平気? 怪我とかない?」
少女は徘徊するゾンビと遭遇したみたいに、ぎょっとしてきた。
爽やかさとは対照的なモサイ非モテであるのは自覚しているし、この種の反応をされたことは、自分も朝霞も、初めてではない。だからと言って、慣れているわけではない。
村松が公開していると、少女は俯いて表情を隠している。
「これ……」
少女のものであろう近くに転がっていた鞄を拾い上げた朝霞がぎこちなく少女に差し出す。
「……りが……ござい……す」
鞄を受け取った少女は辛うじて聞き取れる音量で、礼を言うや、走り出そうとした。だが、すぐに苦痛の声を漏らして、足を庇うような体勢になる。
「ひょっとして、足痛めたの?」
村松が心配そうに様子を窺う。
「きゅ、きゅ、救急車呼ぶか? 病院か!? 薬局でいいのか!?」
朝霞はあたふたと携帯を弄ったり、周囲を見回したりする。
「……いいです。用事が……あるので」
二人の気遣いを謝絶して、少女は先を急ごうとするが、足の痛みでままならない様子だった。
「でもさ……」
「……私、行かないと……」
「無理しない方が……」
「早く行かないと……こんなところでぐずぐずしているわけにいかないんです」
「何の用事か知らんけど、少しぐらい、安静にしても、罰は……」
当たらんだろ、と言いかけた朝霞は、近くの店に暇そうな女性店員の姿を見つけて、助けを求めようとする。
ところが、その腕を少女ががっしりと掴んできた。
「ひっ」
振り向いた朝霞は、少女の強い眼差しに射竦められる。
「私には、大事な使命があるのっ!」
決して大声ではなかったが、強い意志が込められた言葉に、大の男二人は圧倒された。




