一章
一人の少年が山を歩いていた。少年は休日を利用して、ハイキングのグループツアーを申し込み、山へハイキングに来ていた。しかし、少年は現在一人である。
「ハイキンググループとはぐれた…。どうしよう……」
そうなのだ。少年は、ツアーのグループの人間とはぐれていしまったのだ。しかも、少年ははぐれた時の対処法の肝心なことを忘れてしまっているようだった。はぐれた時は、その場から動かない。定石である。しかし、少年はどんどん歩いて行く。どんどん山の奥へと進んでいく。少年が歩けば歩くほど、山の雰囲気が不気味になっていく。まるで少年を追い返すように不気味に、恐怖をあおるような風の音なども聞こえてくるが、少年は気づかない。そして、ある一つの境界を越えたとたん不気味だった山が一転して、静かになった。風の音はやんだが、鈴の音がリンリンと一度音が鳴った。その変化にも少年は気づかなかった。いや、気づかせなかった。
「は~い!人間!」
少年のそばに一人の男が出てきた。その男は、赤と黒をメインとしたカラフルな服を着ており、服装の形もまるでピエロのように見える。そして、男の顔にもピエロを意識しているようなワンポイントメイクをしてあった。手にはマッジクで使うような普通のトランプを持っていた。
「人間?!僕が?」
少年は、ピエロのような服装よりも人間と言われたことが気になったようだ。
「そうだよ~。君は、人間だから、人間なんだぜ?」
「失礼な!僕には「ストップ!!チッチッチ。ここでは名前は名乗らないほうがいいぜ?なんせここは、“不思議の山”だからな!」
少年は名を名乗ろうとしたが、いちいち動作が大げさな男に止められてしまった。少年は、話を遮られたことよりも…
「ふし…?」
“不思議の山”という名前のほうが気になったみたいだ。
「“不思議の山”、此処の名称さ。」
「そんな山、聞いたことありません。それに、僕が登っていた山は違う山です。天覧山っていう山です。」
「“聞いたことない”?それはそうさ!普通の人間にはわからない、特別な山だからな。」
男は、少年の言った二つの事の片方だけ答えていた。少年は、男が片方しか答えていないことにも気づかず、男が言い放った言葉の中に気になる言葉があったのか、聞いた途端、少年は俯いてしまった。
「だ、か、ら、君は、早くこの山から出てった方がいいぜ?なんせ、君は“普通の人間”なんだからな。」
そう言い切った男は、三つある道の中の一つの道を指さした。その道を進めば少年は帰れる。人間たちが暮らす、普通の日常に帰ることができる唯一の道だ。
少年は男が言った言葉を聞き、下に向いていた顔を上げ男のほうに向かって叫んだ。
「そんなことありません!」
「い~や、君はこの山に入れるほど“特別”じゃない。お前は、この山に入ったんじゃない、迷い込んだんだ。」
男は、少年の言葉を間髪入れずに否定した。そして、男の周辺の空気が重いものへと変わった。
「僕にも特別なことはある……はず」
そんな空気に飲まれたのか、それとも自信がないのか、どんどん声が小さくなっていった。そんな、少年の反論を聞いた男は、試すように目を細め口角を上げながら、
「ほう、例えば?」
と聞いてきた。男の顔には、おもちゃを見つけたかのように笑みが広がっていた。
「例えば…走ること、とか?」
「それだけ?」
男の顔に浮かべている笑みはそのままに少年に聞いてきた。
少年は、確かに足が速い。しかし、それは学年で二、三番目に来るくらいの速さだ。陸上選手として世界大会に出場できるような速さではない。少年はそのことを自覚していた。だからこそ、男の言葉を聞き、俯いてしまった。
「ほらね。“特別”じゃない」
「大体特別って何!?」
現世でも、普通、普通と言われてきた少年はとうとうキレてしまったようだ。
「特別は特別だよ。例えば、この山に入った“特別”なものとしては、古の王者、神に使え人を支えた者、ナイフ一本だけで大量虐殺した者、とかかな」
少年の様子を意に介さないで、幼い子どもに言い聞かせるようにやさしく言い放った。これまでの少年とのやり取りや言動からすると怖くなるくらい優しい言い方だった。
「王者……大量虐殺……」
次元が違う。それが、少年が聞いたときに思った感想だった。少年はまた、俯き考え込んでいた。そんな少年の様子を見た男は、
「君は何にでもない。何にもなれない」
と、少年をけなす言葉を言い放った。そんな言葉を言われて、少年は反論した。
「そんなことない!今は普通でも、将来は、いつか、きっと何かに、特別になれる!」
希望的観測になってしまったが、少年は言わなきゃいけなかった。僕みたいな普通の人も頑張れば特別になれる!そんな気持ちを持ち、十年ほど努力をしてきたからだ。少年にとって男が言った言葉を否定しないということは、頑張ってきた十年間は無駄だったと認めることになってしまうからだ。
「違うな。“特別”なものは最初から“特別”なんだぜ?」
これも男に否定されてしまった。
「今から、もっと、もっと頑張れば…!」
それでも、少年は認めなかった。いや、認めたくなかった。ここで男の言葉を認めてしまえば、もう立ち上がって努力ができないとわかっていたから。特別になれないとしても、普通のレッテルから逃れるには努力しなくちゃいけない。普通でいたくない、特別になりたい。少年はずっとそんな思いを持ちながら努力してきたのだ。
「無理だってわかってるだろ?だから無理に特別になるのはあきらめて、君の普通の幸せを見つけた方がいいぜ?」
少年の今の心に“普通”の文字は重くのしかかっていた。
「………お前には…、お前には言われたくない!」
この山に入れる特別なお前には!
そう言い放った少年は、出てけ、と言った時に指を指さなかった二つの道の中の一つに走りながら入って行った。「アッちょっと!」と、男が止める声を聞きながら去っていった。
「…あ~あ、帰ったほうが良かったのに。まあ、その道にはひみがいるほうだから、レオンと会うよりはましか。……あいつはどうなるかな?帰るか、“特別”になるか…死か。…アッ!やばいかも?この山の物何も食べるなって言うの忘れた…」
少年が去った後、男はこんなことをつぶやいていた。男は笑みを浮かべながら、少年が持つ鞄のオーラが一嫌な気配がしていたことを考えていた。そんなことを考えていても男の顔には笑みが咲き誇っていた。




