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平穏に生きること

「まぁ話はこんなもんだ。おかげで昇進も給料もチャラ。本当は監獄送りのところを、ヨミが嘆願書を出して止めてくれた。けど俺はもう社会と関わるのは飽き飽きだったんだ」


 そうだ。だから逃げたかった。人間社会ってやつから逸脱したかった。


 村八分にされた孤独感も、……家族を助けられなかった無力さも、魔族を逃がせなかった罪悪感も、…………捕虜をあてがわれた不快感も。


 全部、全部から逃げたかった。


「だから森の奥にでも引っ越して、自分の土地を持ちたかった。そうすれば誰の迷惑にもならない。誰からも憎悪を向けられることもない。……だろ? そういうわけで、それが俺の夢になったわけだ。生憎、善人でも信心深い奴でもないからな。罪を清算する気もなければ、こうして相変わらず兵士として金を稼ぐことに諦めもついたわけだ。……はは、自分勝手だろ?」


 言い終えてから、そう思った。


 竈の火がぱちりと弾け、雨音が少し強くなる。


 シロロンはしばらく何も言わなかった。竹筒を手の中で転がし、残った酒を揺らしながら、じっと火を見詰めていた。


 軽蔑されるだろうか、とユミフネは思った。


 大それた夢もなく、贖罪でもなく、ただ逃げて、親しい人と暮らしたいなどと。あまりにも身勝手で、あまりにも弱い願いだ。


 だが、やがてシロロンは小さく息を吐いて、肩をすくめた。


「……なんだ。思っていたよりつまらない話ではないか」


「……は?」


 思わず間抜けな声が出る。


 シロロンは竹筒を傾けて一口飲み、それから呆れたように笑った。


「もっとこう、重たい影が君を縛り付けているのかと思っていたのだよ。復讐がどうとか、国を変えたかったとか、人を助けたかったとか、そういう類の話かとね」


 そして、こちらをまっすぐ見て言った。


「ようは君、ただ平穏に生きたかったのだろう? 家族がいて、飯が食えて、誰かと話して、畑でも耕して。そういう普通の生活が欲しかっただけだ。違うかね?」


 言葉が胸の奥に落ちるのに、ユミフネは答えられなかった。


「戦争だの正義だの罪だの、そんなものは全部後からくっついてきただけだ。君の話を聞く限り、最初から最後まで一貫している。君はただ普通に生きたかった。親しい人と、静かに暮らしたかった。それだけだ」


 ぱち、とまた薪が弾けた。


 雨音が、少し遠くなった気がした。


「……それのどこが自分勝手なのかね?」


 シロロンは首を傾げる。


「ワタシだって根本はそうだとも。魔界戦争で村は潤うはずだったのに、アマツ皇国が領土分割の約束に反したから褒章を支払えないと言われて憎んだんだ。残されたものは手足を失った者か、心に傷を負った者だけだったからね」


 今はそんなプロパガンダ、信じちゃいないがね。と付け足して、シロロンもまた自嘲しながら酒を仰いだ。


「ドラゴンライダーなんてやっていたが、本当は美味い酒を飲んで、気に入った奴と結婚したりして……そういう生活に憧れていたのだよ?」


 そう言って、ふっと笑う。


「君は別に、誰かを踏み台にして幸せになろうとしたわけでもない。ただ普通に生きたかった。それが叶わなかっただけだ。……それを罪だの逃げだのと言うなら、この世の人間はほとんど罪人だね。いや、そうかもしれない。人はみんな罪人だろう」


 ユミフネはしばらく何も言えなかった。


 何かが解決したわけでもないのに、胸の奥にあるずっと重かった何かが、少しだけ軽くなった気がした。


「……お前は、本当に変なやつだな」


「変なやつなどではない。とてもいい子で、聞き上手で、魅力的だと言いたまえ。なぁ、ウィルソン」


「…………」


 シロロンは得意げに胸を張る。


 そして少しだけ真面目な顔になって、静かに言った。


「だが話を聞けてよかった。君の夢はまだ叶うさ。あー……そのヨミちゃんの件は残念に思うがね? 君が平穏に生きたいと思うなら、少なくともこの森のなかで、それを妨げる悪人も、邪魔者もいないとは思わないかね?」


 そう言って、新しい竹筒を差し出してくる。……知らないうちに結構な本数を発酵させていたらしい。最近、彼女から香った甘い匂いも酒が原因だろう。


「酒もある。飯もある。寝床もある。話し相手もいる。……どうかね? 思いのほか、ワタシは悪くない生活だと思っているが」


 ユミフネは竹筒を受け取り、少しだけ笑った。


 甘酸っぱい酒を飲み込む。


 雨音が屋根を叩き、竈の火が揺れ、隣で白い尾が揺れている。


「……そうだな。悪くない」


 ユミフネは流されるように呟いてから、ウィルソンを撫でた。


「とでも言うと思ったか? 悪い悪くないで言えば滅茶苦茶悪い。いつか死ぬから柵を作るぞ。川の支流にこれを建てて、袋小路に大物を追い込むんだ」


 今の生活をより良くしたい。飢えて衰弱するような生活は平穏とは程遠いだろう。漠然とただ生き延びようとする本能ではなく、そんな意思が言葉を走らせていく。


「そうすりゃデカい肉が手に入るだろ? あとは……色々欲しいものがある。前線のキャンプ跡地だとか、廃村を捜せばいろいろ手に入ると思わないか?」


「……君は酔っぱらうといつもより真面目だね?」


「いつも真面目なんだよ」


 二人は冗談めいた様子で笑い合った。

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