胸の奥の重さ
「って言っても話すことはそれなりに前にも話した気がするんだが……」
「家族が村八分にされて薬も買えなかったことは聞いたね。けどそれだけだ。君の話は続きがある気がしたのだよ。聞かせてくれたまえ」
シロロンには躊躇いも慎ましさもなかった。ズカズカと人が気にしていることに踏み込んできて、けどそんな性格だから酒なんて造る気になったのだろう。
「お前なぁ……」
怒りは湧いてこなかった。呆れつつも、笑ってしまった。
「村が病気で壊滅してからは徴兵に志願した。その頃ちょうど魔界戦争を仕掛けていたし、そのときは俺も、魔族ってやつが化け物の集まりで、魔王ってやつが悪の枢軸なんだと思ってたし、多少なりとも正義感はあったな」
悪の魔王を倒す勇者たちよ。集え! みたいなポスターがそこら中に貼られていたのを覚えている。
「まぁそしたら……お前もドラゴンライダーだったから分かるだろ? 戦争を、冒険者たちの戦いみたいな華々しいものだと思ってたら違ったわけだ」
【鉄竜】が弾丸の雨を降らせ、ドラゴンライダーがばら撒く炎で地を焼いていく蹂躙だった。
「重要な拠点を占拠するために白兵戦もした。それでようやく気付いたんだよ。魔族なんてのはただの人だった。土地の資源欲しさに侵略した、悪魔みたいな奴らはアマツ皇国とヴィクトリエ帝国の方だったわけだな」
敵が鬼のような形相をしていたのを覚えている。首を切っても、転がった顔が噛みついて来たのを覚えている。誰も降伏しなかったのを覚えている。
この密林を進軍し、彼らの村を略奪した部隊にいたのだから、忘れようもないだろう。
「…それで散々殺しておいて。耐えられなくなった。俺は部隊が進軍する前に単独であいつらの村に向かって、軍が来るから逃げろって伝えたんだ。……そしたらなんと、尾行されてたんだ。俺は助けるどころか、単独で哨戒し、村への侵攻ルートを開拓した英雄さ」
「君は罪悪感を抱えているのかね? 彼らをたすけられなかったことに。侵略に加担したことに」
罪の意識は間違いなくあっただろう。だがそれ以上にあったのは嫌悪感だ。
「任務に失敗して撤退してほしかったんだ。助けたかったってより、これ以上手を汚すのが嫌だっただけさ」
「今更だろう? なぜかね? ……嗚呼、失礼。これはワタシの言い方が悪かったかね? アマツ皇国もヴィクトリエも、この大陸の者も。自分の名誉や命や報酬以上に、見ず知らずの他人を考慮することはないだろう? まして君は知っていたはずだ。命は軽いものだと」
家族が誰にも助けてもらえず死んだから。村が国から助けてもらえずに滅びたから。そう言いたいのだろう。なんて女だ。
「お前は……ドラゴンライダーより心理学者とか精神科医とかのが向いてるんじゃねえか?」
「酒を飲ませるには良い話し相手ではないかね?」
ユミフネは返事はせずに、竹筒を大きく傾けて甘酸っぱいアルコールを飲み込んだ。
「……上官の一人にヨミっていう女がいてな。士官学校出身で上官ではあったが実戦は初めてのそれなりにいいところの娘で、……敵襲を受けて一緒にこの密林で彷徨ったことがあった」
「その女とは親しかったのかね?」
色恋沙汰の匂いを嗅ぎ取られて、食い入るように尋ねられた。ぶんぶんと揺れる白い尻尾は、嘘をついたり誤魔化そうとしても勘づいてくる気がした。
「…………そうだな。俺の勘違いじゃなきゃそれなりに親しかったと思う」
「好きだったかね?」
「本当にズケズケ来るな。まぁ、……好きだったさ。可愛かったし、優しかった。……墜落したときの数少ない後悔ってのがそれだ。もう会えないことだ」
言葉にすると、未練は諦めへと変わっていく気がした。そんな簡単に想いを手放しそうになる自分に嫌気が差してくる。
……だが、叶わなくなった願いを抱え続けているのは、息苦しいものでもあった。ヨミは今、どうしているのだろうか。
ユミフネはしばし竈の火を呆然と眺めていた。屋根を打つ雨音が、時間の感覚を麻痺させていく。
ふとシロロンと目が合う。青い双眸はじっとこちらの顔を見続けていて、視線に気づくと、少し気まずいように微笑まれた。
酒があるなら……肴にもう少し食料を調達すべきだったかもしれない。
「それで、彼女は……悩んでいた。使命感を持ってたのに、いざ実戦に行けば、明らかに自分達が悪人だったからな。だから…………俺はヨミに大した実績を与えないために敵を逃がそうと思ったんだ。失敗したがな」
それからは最悪の流れだった。略奪によって士気は上がり、俺は表彰され、ヨミは前線を指揮することになっていった。
「そっからはもうダメダメだ。俺は報酬として捕虜の女をあてがわれて、ブチ切れた。そこで怒ったってヨミにも俺にもいいことなんざ一つもないのに、我慢できずに上官を殴り飛ばした」
「いいではないか。ワタシも気に入らない上官を誤射したくなることはあったぞ? 実行はしなかったがね。……君はこうして一緒にいるととてもクールで、気取った奴に見えたが。案外感情的なのだねぇ?」
ニヤニヤと嘲り。肘で小突かれる。話を聞きながら、シロロンはすでに酔っぱらいつつあった。
「バカにしてるのか……?」
「してるさ! しているとも。君の悩みや深いトラウマをバカだと笑ってやる。なにせこんな地に遭難し、帰る手段もないのだから。もう全部無意味な悩みだろう? 全部わらってやるから全部話したまえ。……ふふ。泣きたいときは尻尾を貸してやろう。今日は特別だと思いたまえ」
ぼふんと、ブラッシングされた尻尾が顔に押し付けられる。ユミフネは熟考の後、毛並みを撫でた。
「んん……」
少し色っぽい吐息が零れたのを耳にして手離す。空咳をして、誤魔化すように話を再開した。




