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変わってしまったもの(1)

「さて、テレーゼさんと申しましたね」


 笑顔でエディトたちを見送ったフローラは私に向き直る。


「はい」

「失礼ですが貴女、どこかでお会いしたことがあるかしら」


 こてんと首を傾げたその動作にドキリと心臓が跳ねた。


「お名前については耳にしたことがないのだけれど、残滓が……」


 フローラはすぅっとその美しい菫色の双眸を眇めた。


(ざ、残滓ってどういうこと!?)


 もしかしたら私がイザベルだと勘づいたのかもしれない。一瞬正体を明かすか迷う。


(フローラは聖女だから。私の目には映らない何かが見えているのかも)


 だとしたら誤魔化すのもおかしいのではなかろうか。


 どうしようかと考えたのは二秒にも満たないわずかな時間だった。私ははっきりにこやかに告げた。


「いいえ、お会いしたことはありません」

「そう、かしら」

「お美しい聖女様にお会いしたなら、忘れるはずがありません。ですが残念なことに記憶がありませんので」


 だが、納得はいかないらしい。じっと私のことを見てくる。


「…………貴方はどう思う?」

「──僭越ながら、聖女様がテレーゼ嬢にお会いになられたことはないかと」


 控えていた騎士が答える。


「なら私の勘違いね。ごめんなさいもう行っていいわ」


 フローラはそう言って私に背を向け湖の方へ騎士を伴い歩を進める。


(って! こんな千載一遇のチャンスを逃すもんですかっ)


「聖女様っ」

「何かしら」


 私の呼び止めに数歩ばかりフローラは戻ってくる。


「聖女様はこれから湖畔の散策ですか」

「ええ、エディトさんを探すためにせっかく足を運びましたから」

「御一緒してもよろしいですか」


 少しでもいいから彼女から情報が欲しい。フローラとユースの身分が身分なので、二人に関する事柄は婚約を破棄した一文以外、書物に書かれていないのだ。


「まあ! 大歓迎よ」


 パチンと手を叩いたフローラは私の思惑も知らないで軽やかな足取りで戻ってくる。


「──聖女様、さすがにそれは」


 護衛が苦言を呈そうとするが、フローラは一蹴した。


「いいじゃないの。普段の私は外部との接触を制限されているのだし、少しくらいなら許されるはずよ」

「ですが。私は聖女様を思って」

「今日ばかりは聞かないわ。あーあー聞こえないわ」


 わざとらしく耳を塞ぎ、頬をふくらませるフローラに、自由奔放だった過去のフローラが重なり合って何だか胸に込み上げてくるものがある。

 目頭が熱くなり、気を緩めるとこぼれてしまいそうな涙をぐっと押しとどめる。


 フローラは私の腕をとり、聖女らしからぬ溌剌さでグイッと引っ張る。


「それに貴女のことが気になるの。さ、行きましょう!」



 ◇◇◇




 湖はそれほど大きくなく、一周するのに大人の足で一時間ほど。観光客用に整備された遊歩道を歩きながら他愛もない話をしているとあっという間に散策の終わりが近づいていた。


 その間、彼女は私の日常生活に興味があるようで色んな話をしていたのだが、聖女であるフローラの話を遮るわけにもいかず、何の情報も得られていないことに内心焦っていた私は、無理やり話題転換を行う。


「ところで春の祭祀は聖女様が行われているとか」


 それゆえ、春告げは私の死んだ翌年から非公開となった。イザベルが処刑されたことにより本家直系の血が途絶え、祭祀を担える女児が存在しなくなったため、代わりとして聖女の仕事となったのだ。


 隣で無言を貫く彼女にチラリと視線を送るが、ヴェールに遮られその表情は窺えない。


(性急すぎたかしら)


 でも次いつフローラと会えるか分からない私はこのタイミングで聞くしかないのだ。

 とはいえ、いきなり陛下との婚約を破棄されたのは何故ですか? と問うても絶対に真実は明かされない。

 なので少し離れた部分から攻めていくことにする。


「それまで春を担当していたイザベル・ランドールとは親交があったのでしょうか」

「───なにゆえそのようなことを私にお尋ねなさるのですか」

「!」


 瞳から温かみが潰え、冷ややかな眼差しを向けられる。瞬時に私とフローラの間に見えない壁が築かれ、空気が重くなる。

 私はごくりと唾を飲み込み口を開いた。

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