今代の小さな代行者(3)
聞き終わった私は引っかかった数カ所を順番に指摘していく。
「こことここの発音が分かりにくいけどちょっと訛ってる。もう少し舌を巻き気味に、空気を含ませて発音するの」
「なるほど」
途中から木陰に入って教えているとあっという間に二時間が経っており、陽が落ち始めていた。
たくさん練習したからか、エディトの発音もグンッと良くなっていてこれなら完璧な祭祀を行えるだろうと確信する。
なので最後にちょこっとだけ模擬をしてみることとする。
周りに咲いている適当な花を摘んで冠を作り、祝詞を唱えながら湖に捧げるのである。
祭祀用の冠とは使われる花の種類が違うので効果はないが、真似ることで少しでも本番で自分の力を発揮出来ればいいなという思いと、進行確認のためだ。
「出来た!」
ポチャンと花冠を湖に落としたエディトは自信満々に言った。
「様になっていたわ」
ぱちぱちと拍手すればエディトは満面の笑みを向けてくれる。
「お姉さんありがとう。本番もきちんとできるような気がするわ」
「うん頑張って。私も出席するから心の中で応援してるね」
ふかふかな芝生から腰を上げてスカートについた葉を払う。そうして日傘を握った私は予備で作った花冠をどうするか考えた。
(捨てていくにはなぁ……女神様に捧げてしまおうかしら)
もちろん、転生した私にはランドール公爵家の血は流れてないので無意味なものではある。なので形だけ祝詞を唱えてから持っていた花冠を捧げる。
するとぽちゃんと跳ねた水面の揺れに僅かな色の変化があったのだ。
「あれ?」
淡い変化は目をこらす前に揺れの中に隠れてしまう。
見間違えだろうとあまり気にとめず、私は日傘を持ってエディトと共に湖を後にする。
すると神殿に続く小道に入ったところでこちらに歩いてくる人影があった。逆光になっていて、私には誰だか判別がつかなかったのだけれど、エディトの知り合いだったようだ。彼女は声を張り上げる。
「あ! 聖女さまだ」
(えっ)
「エディトさんこんにちは」
微笑んだ聖女、フローラはふいと私に目を向ける。パチリと交じ合う視線から目を離せない。
二十年経ったフローラは、以前はきらきらと太陽のような雰囲気や無邪気さをまとっていたのに対して、今や年齢を重ねたことによる落ち着きを保ち、月光のような儚さを持ち合わせた印象だった。
質素な白のワンピースに神殿にだけ伝わる刺繍や装飾を施し、長かった髪を肩の辺りで切りそろえ、心做しか顔にシワが増えた気がする。
けれどもその美しい容貌は健全で久しぶりのフローラに見蕩れてしまう。
「貴女は……」
「不躾なほど直視してしまい申し訳ありません。お初にお目にかかります。デューリング伯爵家の娘、テレーゼと申します」
「ああデューリング伯爵家の方ですか。私はフローラ・ファーレンハイトと言います」
「存じ上げおります。今代の聖女様」
私はスカートの裾を持って深く頭を下げた。
まさかこのタイミングで会えるとは思わず、気持ちが高ぶり声が震えてしまう。
とりあえず元気に暮らしているらしいフローラの様子を間近に見られて嬉しい。ユースもだが、フローラはフローラで会うのもとてつもなく大変で、これまで拝謁することは叶わなかった。
絶対に会えるというルートがない以上、ユースよりも難易度が高いかもしれなかった。
(何もかも過去の件を問い詰めたいけれど、護衛がいる以上、おかしな行動をした瞬間即刻つまみ出されてしまうわ)
フローラの後ろには二人の護衛が控えていて、一人は彼女に日傘を差していた。そしてもう片方の護衛に懐かしさを覚える。
(──フリッツ卿)
かつてイザベルがフローラのために推薦した腕の立つ騎士である。三歳年上だった彼は今ではもう三十を超えていて色香を漂わせる麗しい中年男性に成長していた。
「エディトさん、エリーゼ様がお迎えに参っていますよ。馬車のところでお待ちです」
「お母様が来てるのですか」
「はい。詳しい事情は知りませんが、娘にキツい言葉を言い放ってしまい、気まずいので取りなして欲しいと──あっこの話は秘密にしておくよう言われましたのに。私ったらうっかり」
コツンと自身の頭に拳を当ててしまったとアピールした。
「お母様はもう怒ってないのでしょうか」
「そうですね。突き放したことを後悔しているようでしたよ。ただ、エディトさんは悪い子のようですね」
そこでフローラは目を吊り上げた。
「神殿に行くと告げただけで、帰宅時間や理由をお母様にお伝えしなかったでしょう? もしかしたら嘘をついて家を飛び出したのかも……と心配されてました」
「うっだって」
「なので私に呼ばれたということにしておきました」
どうやらエディトを庇ったらしいフローラは、しゃがんで彼女の両手を取った。
「お母様と早く仲直りしてくださいね。もやもやとした気持ちを抱えたまま祭祀を行っては、貴女の力も最大限まで発揮しにくくなるでしょうし」
「…………」
「なにより、悔いが残ります。さっさと解決した方がいいです」
「…………はい」
よしよしとエディトの頭を撫でたフローラは後ろの護衛に向き直る。
「フリッツ卿、この子をアエステッタ公爵夫人の元へお連れして」
「かしこまりました」
フリッツ卿はエディトと手を繋いで去っていった。




