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今代の小さな代行者(2)

 私は日傘を置いて思わずエディトを抱きしめた。その頭を優しく撫でる。


「エディト様はとっても頑張っているわ。きちんとお役目を果たそうと努力してる時点でとっても偉いのよ」

「えらい?」

「うん。とっっても偉い。去年は貴女のお母様が補助していたけれど、それでもきちんと夏を運べていたでしょう?」

「そうだと思う」

「ね? この祭祀は夏を呼ぶための物だから、呼べれば百点満点。貴女が到達しないと! と思っている部分は、言ってしまえば余分な部分だから出来なくても支障はないの」


 真実を言えばそんなことはなく、多少その年の季節に影響を与えうる。けれどそんなものは些末な違いだ。エディトが気にする必要はない。

 疑うような眼差しに、説得力を持たせるため私の経験談を添える。


「そもそも、お母様だって最初から上手く呼べているわけじゃなかった…………な、なかったと思うわ!」


(危ない。断言するところだった)


 途中からイザベル目線で伝えていて、危うすぎる。心臓がバクバクしている。


「お母様も最初は下手だったってこと?」


 私は心の中で大きく頷いた。エリーゼとは同い年だったのもあり、共に祭祀に向けて練習することもあったのだが、彼女はとことん祝詞を覚えるのが苦手だった。


 祭祀の際、唱えなければならない祝詞はとてつもなく長ったるく、私も省略できないものかと大司教様に直談判したことがあるのだが、あっけなく却下された。


(祝詞って一音でも間違えると効果が変わってしまうのよね)


 しかもこれまた普段話している言語ではなく、シルフィーア語ときた。私は神殿で習うのに加えてお父様からスパルタな教育を受けていたのでかろうじて身につけていたが、最初の頃のエリーゼは大泣きしていたと思う。


「ええ、誰しも最初から完璧な人はいないわ。それこそ女神様だけなんじゃないかしら」


 私の慰めに涙は止まったが顔色は芳しくない。


「でもお母様は怒ってくるよ。どうして出来ないの! って」

「それは…………」


(自分が苦労した経験があるのと、ようやく生まれた娘だから完璧にしなくてはいけないと考えているのではないかしら)


 エリーゼは結構な完璧主義者だったから。娘にもそれを強いている可能性はあった。

 何より三大公爵家のひとつで、祭祀担当なのだ。他の貴族に付け入る隙を、幼少期から与えてはならないと厳しくしつけているのかも。


「お母様はきっと貴女ならできると信じて叱るのだと思うわ」

「わたしに期待して?」


 大きく頷く。彼女は理由もなく理不尽な怒りをぶつける人ではない。


「だから貴女はきっと完璧にできるようになる。そのためにお姉さんも練習に付き合ってあげる」

「お姉さんが?」


 ぐいーっと首が傾ぐので私はパチンとウィンクして指を唇に添える。


「実は私にも秘密があって、神殿関係者なの。昔はちょこっとだけ貴女と同じことが出来たんだ」

「…………さすがにあやしいよ」

「わっまっまって!」


 じりじりと後退して距離を取ろうとする。

 疑われるのは想定内なので私は彼女の持つ祝詞を指す。


「なんでもいいわ。そこに書いてあることを読むから範囲を指定して」

「えぇお姉さんにはわからないと思うよ? わたしだって読めるようになるまでは時間かかったし」

「いいからいいから」

「しょうがないな~~読めなかったら警備のひとに突き出すからね」


 途端物騒なことを呟いたエディトは、じゃあこれ! と私にとって体に染み付いている一文を選んだ。


「『新たな息吹が宿る春に別れを告げ、新しい夏へいざ変わらん。女神よ我らの声を聞きたまえ』ってね」

「お姉さん本当に読めるの!? えっ! うそ!」


 シルフィーア語で流暢に話すとエディトは大きく目を見開き、私の顔と紙を交互に見ている。


「ふふん。すごいでしょ」

「……すごい」


(四季の祝詞は丸暗記させられたから見なくても全部言えるわ)


 念の為他の季節も覚えるよう習ったのだ。


「これで信用してもらえるかしら」

「ううんまだ。こっちも読んで」


(……ここに来て用心深いわ)


 そんなことを考えているとはおくびにも出さないで覗き込む。


「どれどれ。ああ冒頭のところね。これは『この世界の創造主たる女神よ。迷える子羊である私たちを──』だわ」

「……発音が難しいところなのに。わたしより上手いのね」


(伊達に十何年、祭祀の担当をしていたわけではないから)


「…………お姉さんならわたしのダメなところ見抜いてくれる?」

「たぶんできるはずよ」


(確証は持てないけれど、発音に問題がある可能性が高い)


 であれば聞けば特定できるはずなのだ。


「じゃあまず、最初から最後まで止まらずに読んでみて」

「わかった」


 素直に頷いたエディトは両手でしっかりと紙を持って読み始めた。

 

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