第30話 超勇者と女神様の異世界生活
長らく続いた亮輔とティルテのお話も、今回が最後になりました。
ここまで読み進めていただいた方には本当に感謝の念でいっぱいです。また、ブックマーク、評価点それぞれ、残して戴きまして本当にありがとうございます。
それでは、いつもよりかなり長めですが、どうぞお読み下さい。
去年と打って変わって、今年の正月はこっちが心配になるくらいに何事もなく時間が過ぎていた。
正月気分も相まって久しぶりにのんびりとした日常を送っていたが、それでもこの週末が明ければ再び討伐の日々が始まる。
そして今年からは討伐の他に、もう一つ仕事が増えるのだ。
敵の出所を探るという仕事が。
ダーナによれば、敵となる魔物は異世界からやってくる存在で、どこかにその出口があるはずだと言う。だが、穴はマナを発しない上に動かないため、魔物のようには存在を掴む事ができない。
俺はティルテと今後の討伐や出口探しについて、何度か話し合いを持った。
討伐についてはこれまで同様の対応で良いが、問題は出口探しの方で、今のところそれを検知できるような術も道具もない。本当に出口があるかどうかすら分かっていないので、まずは魔物が出現するときにどのような現象が起こるのか、調べるところからしなければならないという結論になった。
そしてその調査を確実に行おうとすると、緊急対応の時のようにこちらの世界から出動するのでは後れを取るという事だった。
つまり今後はトゥアサ世界に常駐することが求められた。
実家の居間で俺とティルテと母さんの3人、お茶を啜りつつ会議が始まる。
「常駐するのは良いけれど、問題はどうやって生活するのかなのよ」
「あちらの世界にティルテの住んでた家とかあるんじゃないのか?」
「……あることはあるんだけど……少し問題が、あるのよね。実は」
一体どんな問題があるのかさっぱり見当がつかなかったが、そこで母さんが口を挟んできた。
「ティルテさん、もしかしてだけど、あなたもあちらでは巫女を仰せつかっていたりするの?」
「お母様、どうしてそれを? 確かに私にはファリアス教団の格別巫女という立場がありますけど」
「まだその仕組みが残っていたのね。私の頃にも同じ巫女の仕組みがあったのよ」
ティルテと母さんの話を総合すると、概ねこんな話になった。
ティルテは神であることを隠してファリアス教に入信し、早くに頭角を現すことで『格別巫女』という役職に就いたのだという。
格別巫女というのは神に非常に近しい能力を持つ巫女という意味で、強力な光魔術を使える上、さらに教団に伝わる特別な能力を持つ人間の女性をそれとして立てるのだという。そして格別巫女は教団では信奉すべき現人神として扱われる。
実はこれは神から人間への歩み寄りの一つの表れで、『使い神』というのが真の姿だった。だが、人間側でそれと知るのは教団トップの教皇だけだという。
「教団の歴史は形や名前を変えながら4000年以上続いているのだけど、格別巫女は教団創立当初からあってね、私が何代目だったかしら……えーと15代目くらいだったかな」
「母さんが巫女だったのは父さんが勇者をしていたときの話だろ?となると1500年前で、その時の教団は2500年続いてて、15代目って事は歴代の巫女はみんな100歳超え……る……?」
「格別巫女は途中で引退するし、途切れることもあるから100年続けるわけでもないけれど、歴代はみんな女神だから本人たちは1000年や2000年は普通に生きてるわよ?」
「……すると母さんはともかくティルテもそれなりに……?」
「亮ちゃん、レディの年齢は気にするものではないわよ?」
母さんがジト目で睨んでくる。ティルテは耳まで赤くして俯いてしまった。
「いや、あのさティルテ、年齢とか気にしてないから俺。それに俺自身も何年生きるのかわかんないしさ?」
慌てて弁解したが、場の雰囲気は微妙なままだ。
「……そっか、亮ちゃんはハーフだものねえ。そう言えばどれくらい生きるのかしらね?」
母さんも神と人とのハーフの寿命については例がなく、分からないらしい。
神についてはその格にもよるが、普通2000年以上は生きながらえると教えてもらった。ダーナは創世神なのでそれこそ別格で、母さんでも3000年は超えているらしい。
そして、ティルテも俺にだけこっそりと教えてくれた。100年単位の年齢だったが、もちろん母さんよりもずっと若かった。
「それでティルテさんのお部屋の話に戻るけど、やっぱりアレな訳ね? 男子禁制」
「そう、そうなんですよお母様」
教団の総本山大聖堂の中にティルテの自室はあって、しかし巫女の領域という事で男子禁制なのだそうだ。
男性である教皇ですら立ち入ることができないと聞けば、勇者の俺ごときではそこに入るのは絶対に無理と悟った。
結局全く別の場所を用意するより他なく、俺たちだけではどうにもならないのでダーナに相談することになった。
1月3日(金)PM12:35
現在の気温 8℃ 晴
俺たち二人はガレージの姿見からあちらの世界に飛んだ。
§
鏡を抜けた先は神域ファリアス。
リアファルとの位置関係で、ここが神殿の南端なのが分かる。
ダーナの強大な気配は……神殿とは逆の方向から感じられた。
「亮輔、どっち向いてるの。こっちよ」
ティルテの声が背後から聞こえた。
そちらを向くと彼女が少し離れたところに立っていて、その前には屋敷が建っていた。俺は早足で彼女の隣に並んだ。
「ここがダーナ様のお屋敷よ」
「ちゃんと家があったんだ。てっきり神殿で暮らしてるのかと」
「さすがにあそこは屋根も壁もないから、暮らすのは無理よね」
「神様でもさすがに無理なんだ」
「神様でもさすがに、無理があるわね」
そんな事を戸口の前で話していたら、念話が聞こえてきた。
『おぬしたち家の前で何をしている。入ってくるなら入ってきてくれ。気になってかなわぬ』
急かされるように俺たちはダーナの自宅に上がる事になった。
§
「それで二人は我に何用かな?」
「ダーナ様、実は以前お話しされた魔物の出口の事です」
ティルテが話し始める。
「ああ、あの話だな。何か目星でも付いたか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが、出口を探すにはこちらの世界で二人暮らす必要があるのでは……という意見でまとまったのです」
「ふむ」
「出口があるのではと言うのも仮説に過ぎないとリョウが言うのです。それで、魔物が大量に湧いた瞬間を狙って湧き口を調べようと」
「ほう。それはまた思い切った手だな」
「魔物の湧き口を調べるためには、湧いた時に私たちがこの世界にいないと間に合いません。そこで必要になるのが私たちの住処、と」
「ティルテが教団に持つ部屋では……ああ、あの部屋はリョウが入れぬな」
「そうなのです。あの部屋は男子禁制ですので」
「なるほどな。話はだいたい飲み込めたが……部屋か、うむ……」
「お邪魔でなければこのお屋敷の一部屋に住まわせていただければ」
ダーナはしばし考えを巡らせていたが、おもむろに話を決めた。
「建てるか」
「家を、ですか?」
ティルテが少し驚いた風に答える。
「だな。この屋敷の中ではお互い落ち着かぬだろう?」
「それはそうかも知れませんが、神域に建てても大丈夫なのですか?」
俺も思わず尋ねた。
「もう既にこの屋敷が建っておるし、今さらもう1棟くらい増えたところで問題などありはせぬ」
「――それでだ、問題は建てる場所だな」
「いえ、ダーナ様。建てるのであれば色々と欲しい設備があるのですが……」
俺は調理場と風呂の話をした。
ダーナによれば、神域で火を使うのは良いが殺生は許されない。調理となれば多少の殺生は起こるだろうし、ならば神域のすぐ外に住めば問題ないという話になった。
それで神域の正確な範囲について、ダーナから聞き出すことにした。
「――それで、神域とその外との境界線はどこになるのでしょう?」
引き続き俺は尋ねる。
「境界線か。真の意味で神域とされるのはリアファル三重障壁の内殻の内側。つまり境界線はファリアスを取り巻く環状山脈の頂を繋いだ線となるな」
「……環状山脈の外側斜面より外であれば問題は生じない、と?」
「そういう事になる」
俺はティルテとも相談して、神域の外側で家を建てる場所を探す事にした。
残る条件としては清浄な水がすぐ手に入る立地であること。調理をするにしてもお風呂に入るにしても、これだけは絶対に外せなかった。
二人手分けをして、条件に合いそうな土地を探しに飛んだ。
§
その場所はすぐに見つかった。
環状山脈の南東斜面で水の流れる谷筋、三重障壁の外殻と中殻に挟まれた立地にちょうど良い広さの平場があった。
谷筋の水量は豊富で、もちろん上流は環状山脈しかなく水は清浄そのものだ。それにここからならば神域に何かあってもすぐに駆けつけられる。
「なかなか良い場所じゃない?」
「そうだな。水場も近いし日当たりも良好。人目にはつかないし防御も問題なし。それじゃダーナ様に報告しに行こうか」
俺とティルテは彼女の転移術でダーナの屋敷前に立った。
また何か言われると面倒なので、今回は素早くドアをノックする。すると例によって念話によって入館を促された。
俺たちは先ほど来たときと同じように、ダーナと向かい合うようにイスに座った。
ティルテが話す。
「ダーナ様、良い場所が見つかりました」
「そうか、見つかったか。それでどの辺りに?」
「神域からは南東の方角です。障壁中殻と外殻の間で、水の豊富な谷筋の脇に平らな場所がありました」
「そうか、それではさっそく建てるとするか。ルクタを呼ぶとしよう」
しばらくそのまま3人で待っていると、屋敷の前に大きな気配が現れた。気配は玄関を通って俺たちのいる部屋にやってくる。
ドアを開けて登場したのは、ティルテよりも背は低く、ずんぐり、という表現が似合う男性だった。
「ダーナ様、ただいま参りました。急ぎのご用でしょうか?」
「おお、ルクタよよく来た。実はそこにおるティルテと勇者殿の家を建ててやって欲しいのだが、頼めるか?」
ルクタと呼ばれた男性が俺とティルテを一瞥すると、すぐにダーナに目線を移して話す。
「ダーナ様の頼みとあらば、このルクタ、断る謂われはございませんが……その、ティルテ様とその勇者殿、一緒に住まわれるのですか?」
「そうだな。二人に頼んでおる仕事の都合もあるし、なにより二人は番っておるしな」
「つ、番って……ですか。しかし神と人とが番うなど……」
「勇者殿は人であるが神でもあるぞ?」
ダーナのその一言に、ルクタが驚愕の表情をする。
「ルクタよ、昔おったブリジットを覚えておるか?」
「はあ、1500年前の異常な魔討伐を主導し解決した女神でしたな。その後行方知れずになったと聞き及びますが」
「勇者殿は、そのブリジットの息子だよ」
ルクタがこちらを向いたまま固まってしまった。
ダーナはそんな彼にはかまわずに話を続ける。
「昔異常な魔討伐を成功させた折、実際に成功させたのはその時勇者と呼ばれた異界の男だ。ブリジットは討伐の後、その勇者とともに彼の異界へと渡った。そして授かったのがこの勇者殿だ。……ルクタよ、聞いておるか?」
ルクタは目を見開いているが、固まったまま動かない。
ティルテが歩み寄って彼の目の前で手を振ってみたが、反応しないようだ。
「やれやれ、どうもルクタには大変衝撃だったようだな。まあ良い。回復したらさっそく働いてもらうので、その時はルクタに相談するがよい。それまでに、リョウとティルテは家の造りをどうするかよく考えておけ」
「わかりました」
こうして、俺とティルテの異世界家普請がスタートした。
§
回復したルクタを連れて、候補とした土地を訪れた。
俺やティルテが知らない神術があるらしく、土地や周囲のあれこれを調べ上げていく。そしてルクタによると、むしろこれ以上の土地は神域以外ないと太鼓判を押された。
ルクタは技術と鍛冶を主に司る神で、ダーナの屋敷も実は彼の作品なのだそうだ。そこで俺は調理場と風呂が作れないか彼に相談を持ちかけた。
「調理場と風呂?」
「そうです。料理を作って食事をするので調理場と、それから体を清めるために湯船のある風呂、できればシャワー付きで……というのはルクタ様の技で作れないものですか?」
「調理場はともかく風呂とは聞き慣れないな。ゆぶねにしゃわというのも初耳だ。一体どんなものか分かるように説明してはくれないか?」
俺はアイテムバッグからメモ帳とボールペンを取り出して、絵を交えながらルクタに説明していく。
ルクタがそのメモとペンを非常に気にしていたようだが、それはさておいて。
「なるほど。風呂というのは体を清めるために湯を使う小部屋のことだな。一角に人が完全に収まる大きさの桶を置いて湯を貯める。反対側は体を洗うための場所で、水を逃がすようになっている、と。そして桶の湯に体を沈めて暖を取ったり体を休める」
「そうですそうです、それでシャワーはこういう風ですね」
「……ふむ。細かく穴の開いた筒先から湯を出す、と。その湯はどこから持ってくる?」
「俺の世界では湯を作るための道具が家に据え付けられていて、そこで作られた湯が管を通ってシャワーに通じていたんですが」
「湯を作る道具が必要だな。むしろそれが風呂の肝というわけだ。桶に湯を張るときにも必要だろうし……火の晶石を使って、黒金の桶に貯めた水を炙るか……」
ルクタの興が乗ってきたのか、独り言が増えてきた。
ともあれ、まずは家の大まかな間取りを決めて部屋を区切って寝泊まりできるようにしておいて、台所や風呂については研究を進めてもらえることになった。
今日はもう日暮れになってしまうので、家を建てる作業は翌朝から始める事になった。
ルクタとはここで別れ、俺とティルテは現代世界へと転移した。
§
1月4日(土)AM6:33
現在の気温 0℃ 曇
「また立派な弁当箱だなこれ」
翌日の早朝、起きて食堂に降りると食卓の隅に立派な風呂敷包みが置かれていた。
「ルクタ様に何もお礼ができないから、せめてお食事でもと思ったのよ」
水筒やコップの用意をしながらティルテが答えた。どうやらこの風呂敷包みは料理の詰まったお重だ。
朝食を終えて、ティルテと二人、鏡の前へ。手にはもちろん、風呂敷包みと食器や水筒の入った手提げ、それからキャンプ用のテーブルやイスなどをそれぞれに。
いつも通り行ってきますを母さんに告げて、俺たちはゲートをくぐった。
§
出た先は昨日ルクタと別れた建設予定地だった。宵闇はまだ明け切っていなくて、東の空に赤みが差している。
時間が早いせいか、彼はまだ現れていなかった。
キャンプ用の簡易チェアを出して、寒い中だが二人で並んで座って彼を待つ。
日の出を迎えてさらに幾らか経った頃、ルクタが現れた。
「やあおはようさんお二方」
「おはようございます、ルクタ様」
「今日はよろしくお願いしますルクタ様。お食事をお持ちしましたので、お仕事の合間にお出ししますね?」
「ほう、それは楽しみだ。ティルテが作ったのか?」
「はい。リョウの母親のブリジット様と二人で」
「……ブリジットの手料理か……。よし、手早く終わらせて、ゆっくり食事を楽しむとしよう」
そこからは早かった。
昨日のうちに間取りを決めてあったので、今日はそれに沿って建てていく。
ルクタの神力で材料が現れ積み上げられ、家の形になっていく。
基本はログハウス風。寝室で1室、食堂兼居間兼台所で広めに1室、そして風呂場で1室。
窓にはガラスが填められて、部屋の中はある程度明るい。
日が南中する前には屋根まで完成して、外観は完成していた。
「こんなに早くできてしまうとは思いませんでした」
俺はルクタに素直な感想を述べた。
「ははは、そりゃ私はこういうのを専門でやっているからな。これくらいの家なら造作もないよ」
「ルクタ様、お昼ご飯の用意が整いましたので、どうぞ」
ティルテの声が掛かる。
「お、それじゃいただくとしようか」
家の戸口脇にしつらえた折りたたみテーブルの上には、料理の詰まった重箱が広げられていた。
料理は和もあり洋もありで、好きな物を食べて頂こうという趣向だ。ただ温かい料理は用意できなかったのでせめてもと、いつものコーンクリームスープを出してある。それから赤ワインを1本。
「ほう、見かけないガラス瓶だな」
ルクタはそう言うとワインボトルを手に取って、嘗めるように見る。一番気にしているのはボトルの口の部分のようだ。
「こんな精度の良いガラス瓶など、どこで手に入れた?」
「それは俺の世界から持ち込んだブドウ酒です。あっちの世界では酒をガラス瓶に詰めて売っていることが多いですね」
「こっちではこんな程度の良い瓶はなかなか手に入らないな。それにこの口を覆っているこれは……薄金か。なるほど、こうやってコルクが悪くならないようにしていると」
「中身も飲んでみますか?」
「もちろんだ。さぞかし美味い酒が詰まっていそうだな」
俺はルクタからボトルを受け取ると、バッグから出したソムリエナイフでコルク栓を抜く。
ルクタの視線が俺の手元に集まるのが感じられた。
「すまないが、その、コルクを抜くのに使った道具、見せてくれないか?」
「いいですよ。あ、刃がありますから気をつけて」
俺はコルクが付いたままのソムリエナイフを彼に手渡す。
彼は先ほどのガラス瓶同様、あれこれとこね回しながらナイフを見ている。
俺はティルテからコップを受け取ると、2人分のワインを注いだ。
ルクタがナイフをいじりながら話す。
「なるほど、これはアイデアだ。コルクの引き抜きに力が要らないようにできている。それにこのコルクの質の良さ。これほど緻密な物はなかなか見ないな」
「――勇者殿の世界というのは、一体どんな世界なんだ? こんな精密な道具が他にもあるのか?」
「そうですね、他にもいっぱいありますね。道具だらけですよ。その一方で魔術や神術は全くないので、その分道具が発達したのかも知れません。見た目では仕組みが分からないほど精巧にできている物もありますし、食べ物ですら改良の対象なんです」
「食べ物……で、すら?」
「そうです。料理の材料になる野菜や家畜や魚。およそ人の手で育てられるものは全て。より美味しく、より多く収穫できるように」
「この用意してもらった料理の数々もそうなのか?」
「ええ。これは全て俺の世界で取れた材料で作られています」
ルクタは重箱の料理を念入りに見回す。
ゴクリ、と彼が唾を飲み込む音がした。
§
「いやあ、リョウの世界の食い物はすこぶる美味いな、それにこの酒も」
ルクタが上機嫌で喋っている。
こんな美味い料理が食べられるのなら調理場も気合いを入れて造らねばなと、なにやら食事をしにうちに来るのが勝手に既定路線になっている気はするが。
ティルテの方を窺うと、別段気にしている様子もなく、にこやかに彼の応対を続けていた。
料理が底をついたところで、大満足の昼食を終えたルクタは帰って行った。
俺たち二人は後片付けをして、家が建った報告をしにダーナの屋敷を訪ねる。
するとなにやら恨めしげな表情のダーナがいた。
「見ておったぞ。我も呼んでくれるかと待っておったが……」
俺とティルテの両方とも、顔から血の気が引いたのは言うまでもない。
なんとかその場は取りなして、調理場完成の暁にはティルテの料理でおもてなしする、ということで赦してもらえることになった。
§
翌日、ティルテと二人でベッドを買いに行く事にした。
ルクタに言えば作ってくれそうな感じだが、それも悪いと思うのと、どう考えても現代世界の物の方が寝心地も良いだろうという判断だ。
1月5日(日)AM11:22
現在の気温 7℃ 晴
「ベッドひとつでも色々あるのね」
「サイズがあるんだよ。前にマンションで使ってたのはシングルと言って一人用の大きさ。だから二人で並んで寝た事はなかっただろ?」
「そういえばそうね」
「今度は二人並んで寝れるダブルベッドにしようかと思ってさ。それとも分かれて寝るか?」
「……分かれて寝る意味は? ないわよね?」
「ないな。じゃあダブルベッドで」
二人家具店の中をぐるぐる回り、あれこれ試して大きめのダブルにようやく決まった。
組み立て式だがさすがにサイズが大きく、実家へ配送を頼む事になった。
それから、新居に置いておく姿見も買った。実家の鏡と繋いで、基本的にはこの鏡を通じて二つの世界を行き来する事になりそうだ。
家具店からの帰り道、他に持って行く家具の事でティルテと色々と話した。
ダイニングテーブルとイスは以前使っていたのを持って行く事にした。食器は当面二人分だけ置いておく事にして、前に使っていたレンジ台を棚の代わりに持ち込む事になった。
「いざとなったら実家の食器とか借りられるだろうしな」
「下ごしらえもお母様の台所でしておいて、ゲートを抜ければすぐ持ち込めるわけだし。料理の事については案外なんとかなりそう。だけど電子レンジが使えたら良いのになー」
「電気が使えないから電子レンジはなあ……」
「仕方がないわよね……」
諦めきれない電子レンジ。今後も事あるごとに二人の議題に上がりそうだ。
§
1月6日(月)AM7:45
現在の気温 2℃ 晴
俺たち二人は実家で朝食を済ませて装備を整え、今再びガレージの姿見の前にいる。今日は今年の異世界討伐初出勤だ。
「それじゃ、父さん、母さん、行ってきます。遅くとも今週末には一度戻るよ。それから、ベッドが届いたら梱包はそのままにしといて」
「亮ちゃん、無理しないでね」
「ティルテさん、よろしく頼みます」
「お父様、お母様、亮輔さんは絶対お守りします」
行ってきますの挨拶のあと、いつもと同じようにティルテに導かれてゲートをくぐる。
出た先は新居の玄関に置いた姿見の前だ。
「さあ、今年もやりますか」
「よろしくお願いします。超、勇者さま」
開け放った玄関ドアの向こうは朝の光に眩く照らされている。
ティルテと二人、光の中に踏み出した。
― 完結 ―
最後までお読みいただきありがとうございました。
亮輔とティルテの生活はこの後も続くのですけど、物語は亮輔が異世界に移住を決めた、切りの良いところで終わりにしたいと思います。
移住と言ってもご覧の通りで、現代世界から持ち込み放題なのですけどね。
ある意味チートよりひどいかも知れないなあ、なんて、最初に設定を練っているときからそんな感覚で書いていました。それでも楽しんでいただけたのなら幸いなのですけれど。
最後に。評価点を少し入れていただけると筆者大変喜びます。