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魔力ゼロの落ちこぼれ令嬢ですが、魔法帝国の魔帝陛下に寵愛されそうです  作者: いづみ
精霊王は剣と魔法の異世界でスローライフを満喫したい!
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52 恋敵達の対立②




「アステル嬢! 探したぞ、ここにいたのか!」


力強い声に、心臓が飛び跳ねた。アステルはレアンドロスの身体を支えたまま返事も出来ずに固まったが、レアンドロスの方がスッと身を離した。


周りの生徒達が道を開け、彼等の間を悠然とヴィルヘルムが歩いて来る。アイアンノーツ王国、国家色の真紅の式典服に身を包み、揃いの制服姿の同級生達を引き連れた堂々たる姿に、思わず息を飲む。


真紅の一団を引き連れた彼は、王太子の名にふさわしい威厳と迫力に満ちていた。


「ヴ、ヴィルヘルム様、ご機嫌麗しく存じます……」


「よせよせ、気楽にしろ。今日は見事な守護精霊を眼にすることが出来て、とても気分が良いのだ。君も、彼等から恋の矢を授かったのか?」


「は、はい……一応」


「それはめでたい! 俺達の仲を恋の精霊達も祝福しているというわけだな。時に、精霊杯のことだが、君は俺と同じ後半の部だろう? ともに前半の部を観戦しようではないか。上段に良い席を用意してある」


快活に言いながら、ヴィルヘルムはアステルに近づき手を取った。断りたいと思うのに、不敬を恐れるあまり、気持ちが上手く言葉に出来ない。焦るうちに、握られた手を強く引かれ、真紅の胸の中に抱き寄せられてしまった。


「……っ! ヴィルヘルム様……!」


以前、助けてもらった時とは比べものにならないほどの強引さだ。制止のために名を呼んだつもりだが、彼の力は然程も緩まない。見上げた先にあるヴィルヘルムの真紅の双眸は、アステルではなくレアンドロスに向けられている。


研ぎ澄まされた鋼の刃を突きつけるかのような、鋭い視線だった。


「レアンドロス皇太子。よければ、貴殿も一緒にどうだ?」


「お心遣いだけで結構だ」


レアンドロスは静かに眼を伏せ、差し向けられた敵意をサラリといなした。その相貌は人形のように無表情で、考えを読み解くことは出来ない。ヴィルヘルムはふん、と鼻で笑い、アステルの肩を抱いて歩き出そうとするーーそんな彼を、凍るような声音が引き留めた。


「ーー待たれよ。ヴィルヘルム王太子。その者を連れて行くことは許可出来ぬ。腕を離されよ」


「……ほう? レアンドロス皇太子。それは、グランマーレ帝国の皇子としての命令か?」


「そうだと言ったら、如何いかがする」


「聞かんな! 俺には貴殿の命を聞く道理がない! 行こうか、我が将来の花嫁よ!」


「あ……っ!」


褐色の掌に、痛いほどに肩を掴まれた。実力行使に出たヴィルヘルムの足が、しかし、それ以上進むことなく止まってしまう。チッ、と彼の口元から忌々しそうな舌打ちが漏れた。アステルが視線を落とした先、ヴィルヘルムの靴の底が白く凍って、地面に張りついていたのだ。


待て、とレアンドロス。


「まだ、貴殿との話は終わっていない。彼女、アステル・リュクス・ベルクシュタインは、我がグランマーレ帝國の将来を担う優秀な魔工技士だ。彼女自身の同意も得ず、我が国の宝を連れて行くことは許さぬと言っている」


「ーーっ! 殿下……」


アステルは耳を疑った。レアンドロスが自分のことをそんな風に考えていてくれていたなんて。


認めてくれていたのだ。


アステルのことを、魔工技士として。


そのことが、嬉しくて堪らなかった。


「ほおう? 俺は、貴殿に許してなどもらわなくても一向に構わないのだがな!?」


バキン! と靴底の氷を力づくで割り、ヴィルヘルムはレアンドロスに真っ向から向かい合う。真紅の視線と藍の視線が激しくぶつかり合い、両者の魔力の攻防は火花となってほとばしった。周囲にいた生徒達は騒ぎをやめて静まり返り、何事かと一斉に注目する。


集まる視線に、ヴィルヘルムは唇を笑みの形に歪ませた。


「ーーふむ、ではこうしようではないか。精霊杯の場を借りて、アステル嬢をかけて俺と勝負をしろ! 貴殿が勝った場合は彼女をくれてやる。負けた場合は、二度と俺の花嫁に近づかないと誓え!! ここにいる皆が証人だ!!」


「……」


「な……っ!?」


なんてことを言うのだと、アステルは声にならない悲鳴を上げた。今の言い方では、まるでレアンドロスがアステルに好意を持って近づいているかのようだ。案の定、ヴィルヘルムの言葉を聞いた生徒達はどよめいた。これでは何のために、レアンドロスとの交流を隠して来たか分からない。


動揺のあまり蒼白になるアステルを、レアンドロスは藍の瞳を張り詰めてじっと見つめた後、下らぬ、と言い捨てた。


「アステル嬢は景品ではない。そのような非合理的な馬鹿げたたわむれに付き合う気はない。そちらが強行すると言うのなら、こちらもそれなりの手段を用いるだけの話だ」


「何……っ!?」


レアンドロスがトン、と杖をつく。


瞬間、レアンドロスとアステルの身体を蒼く冷たい光が包み込んだ。


「止めどなく流れよ。清涼なる水の精霊よ、我等を運べ!」


「ーーっ、転移の魔術か!? 卑怯だぞ、レアンドロスっ!!」


ヴィルヘルムの怒号も、周囲の騒めきも、ある瞬間にスッと彼方に遠ざかる。風景は川のように流れ、気がつくと、アステルはレアンドロスとともに人気のない研究室の中に立っていた。


レアンドロスの研究室だ。


野外演習場の喧騒も、ここまでは届かない。穏やかな静寂に包まれ、アステルは安堵のあまりへたり込んだ。床に崩れかけた身体を、白い腕が受け止める。


「……すまない。強引な真似をした。思えば、僕も君の気持ちを確認したわけではなかった。これでは、ヴィルヘルム王太子のしていたことと変わらないな……」


「そそそそんなっ!? 逃して頂いて、助かりました……ヴィルヘルム様はアイアンノーツの王太子様ですので、どうお断りしたら失礼に当たらないかを考えていたら、何も言えなくなって……」


「アステル嬢……?」


「ーーっ、こわ、かった……です。情けないですね、あんなことくらいで……」


今更になって、震えが止まらなくなった。強い力で掴まれた感覚が、アステルの肩に生々しく残っている。忘れ去りたくて、指先が白くなるほどに肩を握りしめてたら、不意に、レアンドロスの腕がアステルを抱いた。


「ーー失礼する」


「……っ、で、んか……?」


無理に抱きしめることはせずに、掌を添えてゆっくりと背中をさすってくれる。薄く香を焚き込めた、冷たい絹の導衣に包まれていると、先ほどまで感じていた恐怖感が嘘のように薄れていくのを感じた。


「妹が泣いた時、良くこうして抱いて慰めていたのだが。逆効果だろうか……?」


「い、いえ……! ありがとうございます……少し、落ち着きました。ご迷惑ばかりおかけしてしまって、すみません」


「迷惑だとは思っていない。アステル嬢、ヴィルヘルム王太子の行為が不快なら、はっきりと拒絶して構わない。不敬を問われる心配のないよう、取り計ろう。……君のことは、僕が守る」


「レアンドロス殿下……」


美しい玻璃のような、深い藍の瞳に真っ直ぐに見つめられて、アステルは不思議な気持ちでそれを見返した。


以前にも尋ねたことのある疑問が、ふいに頭に浮かぶ。


どうして彼は、こうも自分に優しく、親身に接してくれるのだろう。


贖罪のためだと、その時の彼は答えた。


そして、それはアステルから冷却基盤の権利を奪ったことではないのだと。


なら、何の罪への贖いだというのだろうか。


尋ねてみたい気持ちはあったが、同時に怖くも思う。それを聞いてしまったら、二度とこうして、彼の腕の中に戻ることは出来ないのではないか。


ーーそんな気がしたのだ。


「ーーっ!」


唐突に、レアンドロスの身体が大きく右側に傾いだ。脚を隠す導衣越しにガシャリと音がして、レアンドロスの不動の美貌が険しくしかめられた。

 

「殿下!?」


「……大丈夫だ、問題ない。すまないが、作業台の前の椅子まで肩を貸してくれないか」


アステルはうなずいて、レアンドロスの身体を支えて奥の作業台へと移動した。椅子にかけたレアンドロスは、「少し見苦しいものを見せる」と断って、導衣の裾を捲り上げた。現れた物に、アステルは瞠目した。


「これは……! 魔工基盤を利用した脚部装甲ですね……!? 自動人形用の樹脂製部品パーツを利用しているんですか!? すごい……!!」


膝上からくるぶしの辺りまでを覆うそれは、アステルが今まで眼にしたどの自動人形の部品よりも輝いて見えた。無駄な装飾の一切をはぶき、機能美を追求したデザインは、レアンドロスそのものを表しているかのようである。


「関節部分に小型の魔工基盤を埋め込んでーーなるほど、筋肉の動きをこの部分でサポートすれば、体重による負荷を分散できる仕組みになっているんですね……! すごい、すごすぎます……!!」


「……アステル嬢。その、すまないが、そうまじまじと脚を見られると……照れてしまうのだが」


「ーーえっ? ふわあああっ!? すすすみません、すみませんっっ!! 畏多おそれおおくも殿下のお御足を……っ!!」


「……」


大慌てで謝罪するアステルに、レアンドロスは藍の眼を丸くして、クスクスと笑い出した。


「……っ、すまない。僕のこの脚を見て、そのような反応をした者は初めてだ……っ、はは……っ! 君は、本当に魔術具が好きなのだな……!」


「す、すみません……」


顔を赤くするアステルに、レアンドロスは謝らなくていいと微笑んで、右脚をおおっていた脚部装甲を外し、作業台の上に置いた。


「幼い時に脚を病んでしまってな。麻痺しているせいで、歩行に支障があるのだ。そのため、普段はこれで補助をしている。ーーが、急な荷重に耐えきれず、関節部分が破損してしまったようだ。予備の部品が無い部分だから、修理には少し時間がかかるかもしれないな」


「あの、でしたら私にもお手伝いさせて頂けませんか? 助けて頂いた、お礼をさせて下さい」


「それは構わないが、しかし……」


レアンドロスは少し困った様子で言い澱んだ。


「この脚のせいで、僕は魔術戦に参加する方が出来ない。そのため、精霊杯には辞退を申請し、受理されている。だが、君は出場するのだろう?」


「大丈夫です。私が出るのは後半の部ですから。ーーそれに、今戻ったらヴィルヘルム王太子に見つかってしまいます」


「……そうだったな。なら、後半戦が始まるまで、修理を手伝ってもらえるか?」


「はい! ありがとうございます!」


喜びいっぱいに返事をして、アステルはレアンドロスが必要とする機材を手早く揃え始めた。


ーーこんな時間が、いつまでも続いてくれればいいのに。


叶わないと知りながらも、つい、そんなことを願ってしまう。


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