表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第二二話 ババアたちの逆襲
90/206

四 ババアたちの青春

※この話に出てくるババアたちは実際に都市伝説が存在する妖怪たちです(二回目)

「良介さん!」

 良介は朱音が自分の名を呼ぶのを聞き、そちらを向いた。

「朱音、今の妖気は……」

「ええ、急ぎましょう」

 朱音も感じていたようだ。凄まじい妖気の暴発。そのすぐ近くには美琴の妖気の気配もある。自分たちの主は何やら強大な敵と対峙しているようだった。

 二人は急いでその妖気が発生した高速道路へと上ろうとするが、その瞬間に高架上から老婆たちが一斉に顔を出した。まるで動物園の動物を見下ろす子どもたちのようなその姿に良介と朱音が怯む。

「おうお前らいたぞ!」

 老婆の中の一人がヤクザのような口調で叫ぶと、草叢(くさむら)を払われたバッタのように次々と飛び出して二人の周りに着地する。

「簡単には通さないって訳か……」

 良介が頭を掻いた。同時に、老婆たちが一斉に飛び掛かった。




「この姿になるのも久し振りじゃ……」

 ターボババアだった妖怪は、そう楽しげな声を出した。

 美琴は怪訝そうな顔で老婆の妖を見る。その姿は先程までの細身の老婆ではない。体中の筋骨が発達し、身長も二メートル以上となった、まるでボディビルダーのような姿。お団子に結ばれた白髪と、体に合わせて巨大化した着物だけがかろうじて老婆の面影を匂わせている。

「奇妙な術を使うのね」

 美琴が言うと、老婆は豪快に笑った。

「わしを今までと同じ存在だと思いなさんな。わしはハイパーババア、ターボババアの進化した姿……」

 ハイパーババアは巨大な拳を美琴に見せつけるように顔の横で握る。そして、その拳を頭上高く振り上げた。

「ババア究極奥義……、ババアインパクト!!」

 ハイパーババアが拳を地面に向かって振り下ろす。ただそれだけの行為により、彼女を中心とした同心円状に衝撃波が巻き起こり、高速道路が破壊されるのはもちろん、その被害は下まで及び、アスファルトが、街路樹が、電柱が、ガードレールが、建物たちが舞い上がる。

「なんて馬鹿力……」

 美琴も自分の体が他の物体と同じく重力に反抗するのを感じながら、そう呟く。この衝撃波の中では動きが制約される。早くこの渦の中から抜け出す必要があるが、勿論それを大人しく待っているハイパーババアではない。

「ババア百烈パンチ!」

 美琴のすぐ側まで跳び上がったハイパーババアの拳が、嵐のように降り注ぐ。美琴は両手を使って防ぐが、支えのない空中では限界がある。

「ババアハイパーパンチ!」

 ハイパーババアが一際強力な打撃を美琴に放った。美琴は両腕で防御し、致命打は避けたものの体は横に向かって弾き飛ばされ、先程の衝撃波を免れた高速道路の上に叩きつけられる。

「ババアムーンサルトキック!」

 右脚に妖力を集中させたハイパーババアの跳び蹴りが迫る。美琴は後方に倒立して回転すると、その攻撃を避けた。筋肉の塊のような老婆の脚により、高速道路に大穴が開く。

 美琴は右手を十六夜に手を掛ける。だが、それを見たハイパーババアが馬鹿にしたように美琴に言う。

「ほう?このか弱いばあちゃんを相手に、武器を使うのかい?」

「か弱い見た目じゃないじゃない……」

 呆れたように言いながらも、美琴は柄から手を離した。

「いいわ、体ひとつで相手してあげる」

「その心意気や良し!」

 ハイパーババアが一歩一歩が土にめり込む程の勢いで走って来る。美琴も同様に走り出した。衝撃波によって巻き上げられたものたちが落ちて来る中、互いが右の拳を引き、ぶつけ合う。

 腕が千切れるかのような互いの猛打。だが二人は一歩も退かず、今度は左の拳をぶつけ合う。

 流石に二撃目には耐えられず、互いが逆方向に弾け飛んだ。だがどちらも倒れることなく、再び地面を蹴る。

 拳、腕、脚、それぞれの体を使った打撃の応酬。ハイパーババアの蹴りを美琴の腕が止め、美琴の蹴りをハイパーババアの腕が止める。一進一退の攻防。

「ババア究極奥義……、ババアきりもみキック!」

 ハイパーババアが回転しながら空気をも切り裂くような鋭い蹴りを放つ。美琴も右の掌に紫色の妖力を溜めると、ハイパーババアに向かって掌底を打ち込む。

 掌と足の底がぶつかり合い、妖力が混ざり合って爆発を起こす。灰色と紫の爆風の中、二人は再び距離を取る。

「まさか、この姿となったこのわしと張り合う妖怪がおるとは……」

 ハイパーババアは肩で息をしながらそう言った。その顔には、驚愕とともに楽しげな笑みが混ざっている。

「私はまだまだいけるけれど?」

 美琴は掌底を放った手を振った。そう言いながらもそろそろ決着をつけたかった。これ以上戦うと周りへの被害が尋常ではないことになる。

「あんた、わしがまだ力を残して戦っていたことに気付いていないね」

 ハイパーババアはそうにやりと笑う。

「わしはまだ、一回変身を残しておる。超!変!身!」

 筋骨隆々の老婆が再びポーズを決める。美琴は非常に悪い予感を抱きつつそれを見る。筋肉に包まれたその巨体を、さらに風が包み込んだ。




「ババア100メートルキック!」

 老婆が走りながら蹴りをかますが、良介はその足を掴んで投げ飛ばした。だが、その老婆の背後からまた別の老婆が迫って来る。

「ババアトラフィックアクシデント!!」

 リヤカーを引いて暴走する老婆が良介の前で急ブレーキをかけ、リヤカーの側面をぶつけて来るが、良介はリヤカーを蹴ってそれを防ぐ。

「個性豊かというレベルじゃないですね」

 良介と背中合わせにたった朱音がうんざりするように言った。彼女の目の前には棺桶を抱えた老婆が突進して来ている。

「お前イン棺桶!」

「嫌です!」

 朱音が髪を突き刺して棺桶を破壊すると、老婆は絶望した顔をして地面に両膝と両手をつく。

「年寄り泣かせるたあ何事じゃあ!!」

 スケボーに乗った老婆がスケボーごと空中に跳び上がったかと思うと、身を捻ってスケボーを両手で掴むと朱音に向かって振り上げる。朱音はそれにも髪を突き刺して破壊すると、今度はスケボーババアが地面に両膝をつき、項垂れる。

「大事なら攻撃に使わなければ良いですのに」

 多少心が痛むのを感じながら朱音は言う。だがそんなことはお構いなく老婆たちは溢れる源泉の如く沸いて来る。

「ババア投擲部隊ファイアー!」

 蜜柑、卵、小豆の入った笊、小銭、悪臭を放つバケツを持った老婆たちがコンビニの上に並ぶと、一斉にその手に持ったものを投げつけ始めた。

「良介さん!なんか凄いの投げつけて来るのがいます!」

「ああ……、こりゃ……、あれだな」

 これは熱を加えたらさらに酷い目に合う。良介はそう判断し、朱音とともにその場から跳んで降りかかって来る五つの物体を避けた。茶色い物体が地面に当たり、べちゃりと嫌な音を立てる。

「食べ物やお金を粗末にするのも、汚物を投げるのもやめなさい!」

 朱音は言い、コンビニの上にいる五人の老婆を髪で一気に薙ぎ払った。

「一体いつまで続くんですかこれ」

 朱音は疲弊した声で言う。良介は長いベロを出したまま意味の分からないことを喚く老婆を投げ飛ばし、答える。

「俺たちの(あるじ)が勝つまでだな」




 美琴の見ている前で、ハイパーババアを包む風は竜巻の如き突風に変化していた。周囲のものを巻き上げ、そして風は次第に収まる。

「何なのよ、もう」

 美琴は凝縮していく妖力を感じて、そう吐き出した。まださらに厄介な存在と化しているらしい。

「わしが、見えるかな?」

 風が収まり、その渦の中心には先程とは打って変わって小柄な老婆の姿となった妖怪がいた。姿はハイパーババアに比べれば恐ろしくはない。だが、その妖気はそれを裏付けてはいない。

「わしは光速ババア、光の速さを手に入れたババアなり!」

 その言葉が美琴に届く前に、彼女の腹部に光速ババアの足先が突き刺さった。口から息を漏らし、美琴は壁に叩きつけられる。

「ババアグリッターキック!」

 光速など肉体のある身で出せるものだろうか。だが、確実に音よりは速かった。

「ババアグリッターパンチ!」

 今度は拳が美琴の頬を打った。美琴はその衝撃に耐えながら、何とか地面に降りる。

「ババアグリッターアタック!」

 老婆が突っ込んで来る。美琴は全身に妖力を通わせると、その攻撃を受け止めた。

「捕まえればこちらのもの」

 美琴は老婆の体を掴むと、持ち上げて大地に叩き付けた。呻き声を漏らしながら光速ババアはその速度を活かして美琴から瞬時に離れる。

「やるのお、だがこれでどうじゃ。ババアグリッターフラッシュ!」

 老婆が発光する。まるで後光が差したようなその輝きに美琴は一瞬目を閉じる。その隙をつき、光速ババアが接近する。

「ババアスラップショット!!」

 擦れ違い様に放たれた手刀が美琴の腹部を抉った。美琴はそれに耐え、次の攻撃に備えて後ろを振り返る。光速ババアが妖力を全身に溜めているのが見えた。美琴は目に妖力を集中させる。動きについていけずとも、予想することはできる。

「ババア究極奥義……、ババアグリッターゼラデスキック!」

 やたらに長い技名を叫んで、光速ババアが足をこちらに向けて突っ込んで来る。美琴は死神の目を最大限に使い、その妖力を捉える。

 美琴の回し蹴りが光速ババアの顔面にめり込んだ。

「これで……終わり!」

 そのまま力を込め、美琴は老婆を前方へと蹴り飛ばす。光速ババアはいくつかの建物の壁を突き破り、やがて地面に落ちて動かなくなった。




「ターボババアが!」

 老婆たちが叫んだ。彼らのすぐ側に一人の老婆が飛んで来て、地面にぶつかった。

「ターボババアが負けたのか!?」

 老婆の一人が叫ぶと、どよめきが老婆たちの中で起こった。

「美琴様が勝ったようですね」

 朱音は溜息をつき、そう言った。勝利の喜びよりやっと終わるという安堵の方が大きい。

「そうだな」

 良介が答えると同時に、美琴が上から降りてきて着地した。妖力を大幅に失い、ターボババアの姿に戻った老婆たちのリーダーは、呻き声を上げながら起き上がる。

「わしが負けたからには、これ以上の抵抗は無駄か……」

 ターボババアが項垂れて、そう言った。彼女の後ろには以前の戦いで美琴らに倒された老婆たちも集まって来ており、皆夕陽の逆光で黒く染まっている。

「私としてはこれから大人しくしてくれると言うのなら、もう何も言わないわ」

 美琴が言うと、ターボババアは顔を上げた。

「お嬢ちゃん、心が広いのう」

「誰かを殺したりした訳ではないようだしね。何故人間界で暴れたのかは知らないけれど、そういうことをされると、私たちのような妖怪も人の世界に出づらくなってしまうから」

「分かった、あい分かったよ」

 ターボババアは二度、三度と頷くと、自身の後ろにいる老婆たちに振り返り、叫ぶ。

「ここのババア人間戦争の終戦を宣言する!」

 老婆たちの歓声が上がる。いつの間に戦争になっていたのだろう。美琴は小さく溜息をつく。

「これで、ババア妖怪どもがこの世界で暴れることもなかろう。お嬢ちゃん、久し振りに全力で戦えて楽しかったよ!また手合わせ願おう!さらば!」

 美琴の返事も効かず、ターボババアは走って行ってしまった。その背中に他のババアたちも続く。

「お前ら夕陽に向かって走れぇぇ!」

 ターボババアの言葉が最後にそう聞こえた。最後まで、良く分からない妖怪たちだった。その上既に元気さを取り戻している。

 美琴はそれを見送りながら、改めて大きく溜息をついた。

「大変な一日でしたなぁ」

 良介が苦笑しながら言った。

「全くよ」

 結局、あの老婆たちが何をしたかったのか分からずじまいだった。だけど、もう分からなくてもいい気がする。

「帰りましょう。せっかく寝ようと思っていたのに、寝られなかったわ」

「それはお気の毒に」

 朱音が言った。美琴は頷き、ぼろぼろになった道路や建物や半壊した高速道路などなどを眺めて、背を向ける。もうこれ以上何か心配したくない。

「本当に疲れた……」

 美琴は歩きながら、今日何度目かわからない深いため息を吐くのだった。



異形紹介

・100メートルババア

 高速移動系の老婆妖怪の一種だが、100メートルしか走れないらしい。


・リヤカーババア

 資料にはリヤカーのおばあさんとある。リヤカーを引いている時に車に轢かれて亡くなった老婆が、死後妖怪化しトンネルでリヤカーを引きながら車と楽しそうに競争するらしい。


・棺桶ババア

 車と並走して運転手をつかみ出し、担いでいた棺桶に入れてそのまま焼却場まで運ぶらしい。


・スケボーババア

 正月に飲酒運転をしている若者に殺された老婆が妖怪化し、スケボーに乗って飲酒運転を取り締まるのだという。


・100円ババア

 子供に「100円持ってるかね」と聞き、持っていると「その100円はわしのかね?」と子ども頷くまで執拗に聞く厄介な妖怪。100円を渡すまで消えない。大阪で100円を持って買い物に行く途中交通事故で死んだ老婆が妖怪化したという。


・ベロだしババア

 口から異様に長い舌を出し、意味不明なことを言いながら高速で走ってくるらしい。


・ターボババア

 都市伝説を代表する高速移動系のババア。資料によるとジェットババアの進化系で、ターボエンジン並みのパワーとスピードを兼ね備えているようだ。


・ハイパーババア、光速ババア

 さらにそのターボババアが進化するとハイパーババアに、そして最終形態として光の速さを手に入れた光速ババアへと進化するらしい。光速ババアで地球がやばい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ