三 それでは皆さんさようなら
「自殺サイト、ねぇ」
美琴は小町からのメールを読んで、そう呟いた。この電子を介した文は便利だ。一瞬で情報を伝えることができる。だがそれ故に、電子を介した情報は多くのものに発信され、影響を与えることもある。
携帯を閉じ、美琴は辺りを見る。このメールと同じように電子を媒介とし、利用する異形のもの。いる可能性は十分にある。それがその「自殺サークル」というサイトに何らかの干渉をしていたのかもしれない。
しかし美琴には機械や電子に関する知識はそこまで無かった。その仕組みが分からなければ、異形が潜む場所を特定することは難しい。
少し考えて、美琴は決めた。ここは他力本願で行った方が早いだろう。
その男、黒田健次は煙草だらけになった灰皿に、新たな煙草を捻じ込んだ。彼の目の前のパソコンには、黒い背景に赤い文字で日本人の名前が淡々と並んでいる。その中には、小松と永田のものもある。
彼こそが、自殺系サイト「自殺サークル」を運営している人物だった。いや、正確には運営して「いた」と言った方が良いだろう。
最初に「自殺サークル」を作った理由は、ただの暇潰しだった。別段自分は死にたい訳ではなかったが、自殺しようとしている人間たちが何を考えているのか、それに興味があった。
黒田はそのサイトを検索では出てこないように設定して、仲の良い友人複数人にそのページのアドレスを記したメールを送った。そしてそのメールをコピーして色々な人に送ってもらえるように頼んだ。
友人たちは面白がって、そのサイトを拡散してくれた。やがてそれは人の手を介して都市伝説のように広まって行き、様々な自殺志願者が集まるようになった。
黒田はサイト管理者として、掲示板やチャットにおける彼らの書き込みを見守った。リストラされたサラリーマン、いじめられている学生、失恋した女性、受験が上手くいかない子供。その他様々な悩みを持って人々は「自殺サークル」に書き込みを行った。
そんな人々の不幸を見ることが黒田の楽しみだった。彼らを見ていると、自分の人生の幸福さをより実感できた。彼らと比べることで自分の生活が輝いているものに見えた。
それがたまらなくて、黒田はよりサイトの運営に力を入れた。このご時世、死にたい奴なんていくらでもいる。それなら、彼らが死に安い状況を与えてやればいいと思った。
死ぬということは怖いことだ。しかし、一緒に死んでくれる人がいるのならどうだろう。そこで、黒田は集団自殺のための仲間を集めやすいように、それ専用の掲示板を作った。
その結果は中々のものだった。近くに住んでいるもの、悩みを同じくするものが集まり、一緒に死んで行った。きっと自分と目的を同じくするものたちがいると心強いのだろうと黒田は思った。
そんな風に自殺者を観察しているうちに、黒田は自分が彼らの命を握っているような錯覚に陥り始めた。
そこで黒田は、彼らの名前を収集することにした。どうせ死ぬのだから、このサイトに本当の名前を書き込もうと提案すると、すぐにそれに乗っかるものが現れた。ネット上に本名を書き込むことで、逃げ場をなくすと言う意味と、同じように集団自殺をするものたちに対して信頼を示す、という意味があったらしい。
正直にいえば馬鹿らしいと思ったが、それで黒田はニュースや新聞と比べることである程度自分のサイトを通して自殺した人間たちの数を知ることができるようになった。
その頃だろうか、彼のパソコンが勝手にサイトを運営し始めたのは。
最初は勿論驚いた。キーボードを打っているわけでもないのに勝手に画面上に文字が現れ、言葉巧みに人々を自殺に誘い込んでいたのだから。
そして自殺者の名前や数もパソコンが勝手に記録してくれるようになり、それは黒田本人が記録するよりずっと正確だった。
戸惑っていた黒田も、次第に自分が特殊な力を身につけたのではないかと錯覚し始めた。人々の死を操る神、自分は死神だ。
それは特別な存在になりたいという黒田の欲求を満足させてくれるものだった。
そして、「自殺サークル」は自殺者の記録だけでなく予告までするようになった。サイトを立ち上げて数か月後、この二週間程のことだ。それは明らかに異常な状況だったが、最早黒田は違和感さえ感じなくなっていた。
それは、既に心を霊力によって浸食されていたから。
明りの点いていない部屋で、パソコンの画面だけが発光し、不健康な顔色をした黒田の顔を照らしている。
黒田の手は既にキーボードの上にはなく、ただ勝手に文字が入力されて行く画面を見つめていた。そして、その黒い画面上にはいつものように赤い文字で人の名前が並んで行く。
その名前のリストの最後に、黒田健次という名前が書き込まれた時も、彼はほとんど表情を動かさなかった。
「明日の犠牲者は以上です。それでは皆さんさようなら」
その文字を最後に残して、画面はぷつりと切れる。黒田の目は、ただ虚ろにそれを見つめている。それから、一日が経っていた。
上野は「自殺サークル」を運営している人間がいるアパートを突き止め、そこに向かっていた。隣には安田がいる。
「しかし自殺サイトか。そんなもん作ったやつは何考えてるんだろうな」
「それが分かったら苦労しないっすよ」
上野が吐き捨てるように言うと、安田も「同感だ」と首を縦に振った。どんな人間が「自殺サークル」などというサイトを作ったのかは知らないが、自分はパソコンの前に座って自殺を煽っているものがいると思うと胸糞が悪くなる話だった。
その男のアパートの前にやって来ると、安田はまずインターホンを押した。だが、反応はない。二度、三度と押しても同じだった。
「いないのか?」
「鍵は、開いてますね」
上野はドアノブを回した。あっさりとドアは開き、ごみ袋がいくつも置かれた玄関が現れる。
「黒田さん、いますか?」
さっそく乗り込もうとした上野を安田が左手で制し、部屋の中にそう声を掛けた。
「返事がないですね」
「ああ、留守なのか?」
安田が靴を脱いで部屋に上がる。上野もそれに続いた。
「おいおい……」
安田はワンルームの部屋のドアを開けて、そう呟くように言った。後から入って来た上野は、その光景を見て声が出せなかった。
「自殺サークル」というサイトを作った黒田健次という男は、部屋の中心で首を吊って死んでいた。
「死後2、3時間ってところだな。しっかしまた自殺か」
つい数分前まで黒田を責める気が満々だった上野だが、こうして死んでいる黒田を見ると何も言葉が出なかった。
上野はそっと黒田の体をロープから外すと、地面に横たえてその瞼を閉じさせた。多くのものを自殺に追いやった罪の意識が、彼を自殺に向かわせたのだろうか。
「仕方ねえな。とりあえずこのパソコン持って帰って調べるか。なんか手掛かりがあるかもしれん」
「そうすね」
安田の言葉に上野も頷いた。そして彼がパソコンのディスプレイに近付いたその時だった。
突然画面に明りが灯った。そして、黒い画面に赤い文字で人間の名前が上から下へ書きこまれて行く。
「なんだこりゃ?」
安田も近くに来てその画面を見つめた。それは音楽もなく、背景が変わることもなく、ただ淡々と人の名前と年齢を流し続けた。だが。その不気味な動画の途中で、上野の視線は釘付けになった。
「映子……?」
「上野映子 17歳」。確かにそう書かれた文字がその画面で発光している。それは紛れもない上野の妹の名と年齢。そして、最後の人間の名前がスクリーンの下部に現れた後、他の文字より少し大きな字で
「以上が本日の犠牲者です。それでは皆さんさようなら」
という赤い文字が現れ、消えた。
「こりゃなんなんだ」
安田のその言葉は、どこか遠くから聞こえているように感じた。何故映子の名前が。黒田が自殺の前に最後に設定したのか。しかし自分がここに来ることは知らなかったはずだ。
「ちょっとすいません」
上野は携帯電話を取り出すと妹に電話をかけた。しばらく待つが、応答はなく留守番電話に切り替わる。
どうして出ないのか。上野は携帯を握りしめる。まさか本当に……。
「安田さん、このパソコンに映った名前って……」
「本日の犠牲者だとよ。悪趣味なことしやがる。適当に名前と年齢入れただけなんじゃないか?」
安田はそう言ったが、上野にはそうは思えなかった。まだニュースや新聞に出ていないはずの、今日見つかった自殺者の名前がいくつも出ていた。
「おい、上野どこ行く!?」
その安田の声を背中に受けながら、上野は玄関を蹴破るようにして外に出た。とにかく妹のところに行かなければ取り返しのつかないことになる、そう直感した。
上野と安田が出て行った後、美琴は体を幽体から肉体に戻した。警察を追って正解だった。自分でこの場所を探していればもっと時間がかかっただろう。
この部屋には瘴気が渦巻いている。警察が戻ってくる前に調べてしまおう。美琴は部屋の真ん中に倒れている死体を一瞥してから、パソコンを見る。
もうこの部屋には異形はいないようだが、妖気と霊気の痕跡はある。やはりこのパソコンにも干渉していたようだ。
恐らくここにいた異形は、この部屋の男とパソコンやネットに自身の力を作用させ、この未曽有の自殺の連鎖を巻き起こした。
だが、ここに来たことで相手の妖気と霊気の特徴は分かった。これを辿れば相手を見つけることができるはずだ。
犠牲者は、今日で最後だ。




