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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第二一話 それでは皆さんさようなら
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二 自殺サークル

 そのまま幾程の時間が過ぎたのだろう。映子はスーパーに入って来た警察官によって助け出された。手足が血まみれだったが、映子自身には怪我はなかった。

「災難だったなぁ、お嬢ちゃん」

 映子を保護した安田という警察官が、そう彼女を気遣うように言った。映子は答える気力もなく、ただ一度頷く。

 目の前で友人二人が自殺した。自分の首を突き刺して。それはまだ高校生の少女の心を深く傷つけるのに十分すぎる光景だった。

 あの異常な空間を抜け出したことで、友人を失ったという現実が改めて彼女の心を蝕んだ。つい数時間前まで楽しそうに話していたのに、どうして死んでしまったのだろう。

 私の目の前で命を絶ったということは、私に止めて欲しかったのではないだろうか。それとも、私に不満があって、敢えてあの場所に連れて行って目の前で首を切ったのか。考えれば考えるほど、映子は自分が摩耗(まもう)していくのを感じた。

「お嬢ちゃん、上野の妹なんだって?」

 震え、俯いたまま何も話さない映子を見かねたのか、安田がそう話題を振った。

「……はい、そうです」

 映子は何とか口を開く。兄の話をすれば、少しは気がまぎれるかもしれなかった。

「上野はいい警察官だよ。優秀だし、熱血だし。しかし、最近は仕事ばかりで、休ませてやれなくてすまないね」

 映子は首を横に振った。兄は仕事に誇りを持っている。自分もしっかりなくては。そう思うが、やはり二人の友人の最後が頭から離れない。

「そろそろ家に着くみたいだ。今日はゆっくり休みなさい」

「はい……、ありがとうございました……」

 映子はそう礼をした。しかし、今夜はきっと眠れないだろう。




 美琴は何の手掛かりもないまま、夜の町を歩いていた。

 相変らず瘴気(しょうき)は蔓延し、息苦しいほどだ。恐らく自殺が起きる度にこの瘴気は濃くなって来ている。

 周りの人間たちは、仕事帰りの死んだような目をしたものもいれば、今が仕事時と客を呼び込んでいるもの、酔っ払って顔を赤くしながら歩いているもの、手をつないで幸せそうに二人でいるものなど、様々だ。

 この中にも、自らで命を絶つものがいるのかもしれない。そう美琴が考えた時、誰かの悲鳴が響いた。

 先程仲良く手を繋いでいたカップルが、車に向かって飛び出したようだった。目の前には大型トラックが迫っているのに、二人はお互いに顔を見て笑っている。そして、トラックのブレーキは間に合わず、彼らは手を繋いだまま車両にぶつかった。

 美琴は道路に叩きつけられた二人の姿を見た。辛うじて二人の手は互いに握られたままだが、その体を見る限りは即死のようだった。

 唐突な自殺だった。どこにも命を絶つ気配など見えなかったのに。どうしてこんなことをしたのだろう。美琴は心が読めるわけではないから、そんなことが分かろうはずもなかった。

 自分は死の神と呼ばれている。しかし、死を自由に操ることができる訳ではない。美琴は拳を握る。

 自分は死んだものを蘇らせることもできなければ、その死の理由を解明することもできない。できるのは、ただ相手の命を奪うことだけ。それが死神の限界だ。

 トラックから降りた運転手や、近くを歩いている人間たちが男女の死体に駆け寄って行く。死というものは、生きているものにとっては最も恐ろしいものであるはずだ。それを、いとも簡単に受け入れ、絶つことができるだろうか。やはり、何か原因があるはずだ。

 美琴は死体に背を向けて歩き出す。自分にできるのは、その原因を突きとめることだけだ。




 上野は苛立って机を叩いた。今度は自分の妹が事件に巻き込まれたと言う。怪我はないようだったが、相当動揺していると聞いていた。当たり前だ。映子の周りで二十人以上の人間が一斉に自殺したというのだから。

「今日ぐらいは帰ってもいいぞ、上野」

 そう上野の肩を叩いたのは安田だった。妹の映子を保護してくれたのは彼だと聞いている。

「いえ、まだ何も解決してないのに」

「そんなに疲れてたら仕事にならんだろう。妹さんのこともあるし、今日は帰って休め」

「はあ……、ありがとうございます」

 正直に言えば、上野の体はガタガタだった。座っているだけで眠ってしまいそうになるのを気合いと栄養ドリンクで無理矢理動かしていたが、自分でも仕事の効率が落ちているのは感じていた。

 上野は安田に感謝して、警察署を出た。重い体を引き摺るようにして駅に向かい、電車を待つ。駅のホームには、彼と同じように帰宅のために電車を待っている人たちの群れがいる。

 上野はふと、そこにいる全員が皆線路に飛び降りるのではないかと想像した。

 それが妄想の一言で片づけられない今の状況が恐ろしかった。人々が次々と電車に飛び込み、血肉が飛び散る。そんな光景が生生しく頭に浮かび、上野は頭を押さえた。

 しかし電車は何事もなく到着し、上野は車両の中に入る。皆疲れて死んだ魚のような目をして、携帯電話に視線を落としていたり、何もない床を見つめている。

 そして、車窓に映る自分の顔も同じような目をしていることに上野は気がついた。皆そうなのか。

 電車は小さな振動音を響かせながら走り始める。上野は目を瞑り、ただその揺れに耐え続ける。




 夜が明け、朝が来る。それだけはどんな異常な日常の中にあっても変わらない。

 小町はより瘴気が濃くなった人間界の中、いつものように学校の教室の扉を開けた。

 教室の空気は重く、皆活気がない。それは当たり前だと思う。昨日、このクラスの女子が二人自殺したというのだから。そして、その現場には上野映子がいたらしい。

 教室の人たちはみな声を(ひそ)めて噂話をしているが、小町の耳には良く聞こえる。どれもこのクラスだった小松と永田という名の生徒の自殺の話題と、映子のこと。

 その映子は、教室の机に一人座っていた。掛ける言葉が見つからないのか、誰も彼女に話しかけようとはしないし、映子自身も誰とも話そうとはしていなかった。

 友人が死ぬ場面など見せられれば相当にショックだろう。今日ぐらいは学校を休んだ方が良いのではないかと小町は思ったが、それは自分が口を出す問題ではない。ただ、机の一点を虚ろな瞳で見つめる彼女の様子は心配だった。

 そんな中、教室の後ろから聞こえて来る、好奇心の混ざった話声。

「でもさ、なんか自殺した人の名前が全部書いてあるサイトがあるらしいよ?」

「え~、ほんと?」

「ほんとほんと。普通に検索しても出てこないみたいなんだけど、聞いたところによると永田さんと小松さんの名前も書かれてたって」

 その会話に反応したのは小町だけではなかった。映子が音を立てて椅子を後ろに引くとその女子二人に近付いて行った。

「その話、詳しく教えて」




 その放課後、小町は一人早足で帰ろうとしている映子の後ろを追い、その肩を叩いた。

葛葉(くずのは)さん?」

「一緒に帰ってもええ?」

「いいけど……」

 映子は怪訝そうに小町を見た。今までそこまで親しくしていた訳ではなかったから、それも当然か。

 二人はバス停までの道を並んで歩く。

「私、今日は上野さん学校に来ないと思ってた」

「そう思うよね。でもさ、私熱も出てないし怪我もしてないのに学校休むって、できないんだ性格的に」

 映子はそう笑った。だが、その笑顔も大分疲れているように見える。

「私が偉そうに言えることではないんやけど、大丈夫?」

「大丈夫よ大丈夫。心配かけてごめん」

 映子は気丈に笑った後、少しだけ表情を曇らせた。

「私さ、あの二人がなんで死んじゃったのか分からないんだ。ずっと楽しそうに笑ってたのにさ。実を言えば一人でいるとあの二人の顔が浮かんでくるから、少しでも人がたくさんいる学校に来たかったの」

「そっか……」

 小町は小さく頷いた。今はただ、映子の心の負担を軽くしてあげたかった。

「私の兄は警察官で、今自殺事件の調査をしてるみたいなんだけど、昨日一週間振りに帰って来たんだ。でも、私なんかよりずっと疲れた顔をしてて、それなのに私のことを慰めてくれた。だから、私ももっと強くならなきゃと思ってる」

 映子は真っ直ぐな瞳で小町を見た。

「私ね、クラスの子から自殺した人たちの名前が書いてあるっているホームぺージのことを聞いたの。それは誰かが自殺を扇動してるかもしれないってことでしょう?そんな人がいるとしたら私、許せない。それを兄さんに話せば少しでも事件解決の力になれるかな?」

「なれるよきっと」

 小町は映子を肯定し、そう言った。映子が聞いた自殺サイトの話は小町の耳にも届いていた。狐の聴覚は人間よりも遥かに優れている。

 その話によれば、サイトの名前は「自殺サークル」。単純で分かりやすい名前だと、小町は思う。

 しかしそんなサイト一つでこんなにもたくさんの人々の自殺を扇動することができるのかは疑問だった。ただ単に自殺した人々の名前を記録しているだけなのか、それとも何か人間ではないものが関与しているのか。

 とにかくこれも、美琴に報告した方がいいだろう。彼女もこの自殺事件について調べていて、ほとんど屋敷に帰っていない。

「ありがとうね葛葉さん。話したらちょっと楽になった」

「そう?」

 小町が笑うと、映子も笑顔を見せた。少しでも元気を出してくれただろうか。

 それから、小町と映子はバス停で別々のバスに乗り、別れた。バスの席に座った小町は携帯を開き、美琴にメールを送る。この情報が少しでも事件解決の手掛かりになればよいのだが。




 映子が家に帰ると、ちょうど目を覚ました兄がリビングに入ろうとしているところだった。

「ただいま兄さん」

「ああ、お帰り。学校行ったんだな」

「うん」

 映子は部屋に鞄を置いて、制服のままリビングに戻る。昨日のこともあり、兄の顔が見たかった。

「兄さん昨日いつ寝たの?」

「朝の二時ぐらい」

 ということは、半日近く眠っていたのか。昨日の夜に疲れた顔をして久し振りに帰って来た兄は、入浴し夕食を取った後も何やら調べ物をしていたようだった。仕事熱心な兄の姿は好きだが、それでももっと休んで欲しいと映子は思う。

「兄さん体大丈夫?無理し過ぎてない?」

「こんなので無理なんて言ってられんさ。それよりお前こそ大丈夫か?昨日のこと」

 映子は小さく頷いた。正直に言えばまだあの地獄のような光景と、むせかえるような血の匂いが目と鼻にこびり付いているようだったが、これ以上兄に負担を掛けたくなかった。

「それより兄さん、クラスの子たちから聞いたんだけど、自殺した人たちの名前が書いてあるサイトがあるらしいの」

 映子がそう話すと、兄の眼の色が一瞬で警察のものに変わった。

「サイトって、パソコンのか?」

「そうみたい。でも普通に検索したりするだけじゃ見つからないみたいなんだ」

 映子がクラスの女子たちから聞いた話によれば、その「自殺サークル」というサイトは普通に検索することでは発見できず、どこからか分からないアドレスからメールでURLが送られてくるのだと言う。

 そしてそこにはこの一連の自殺事件で死んでいったものたちの名前が連ねられており、そこには「彼らは苦しみから解き放たれた」と書かれているらしい。また自殺を望む人たちが交流する掲示板がある、とも聞いていた。悪趣味なサイトだと映子は思う。

「どう思う?兄さん」

「本当にそんなものがあるとしたら問題だな。そのサイトを見て影響される人間がいてもおかしくない」

 上野は顎に手を当てて何か考えている様子だった。映子は兄に話しかけずに冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぐ。

 リビングの椅子に座り、映子は牛乳を一口飲んだ。正義感の強い兄のことだ。本当に「自殺サークル」というサイトがあったのなら許してはおけないだろう。

 その映子の予想通り兄は椅子を引いて勢いよく立ち上がった。昨日帰って来たばかりなのに、また仕事に向かうのだろう。

「よし、俺行くから母さんたちに言っといてくれ」

「分かった」

 映子はどたばたとした足取りでリビングを出て行く兄の後ろ姿を見送った。母も父も仕事でいないから、そうなればこの家にいるのは自分一人だ。心細いが、いつまでもそんなことは言っていられない。

 映子は一気にコップに入った牛乳を飲み干した。昨夜あまり寝られなかった分、もう一度眠ろう。そう考えながら立ち上がる彼女の後ろに、異形の気配があることに誰も気付かなかった。


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