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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第一六話 陽炎の記憶
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二 陽炎の記憶

「お縁、俺と一緒にいてくれるか?」

 良介がそう尋ねた時、お縁はいつものように少しだけ間を置いてから、眠そうな目を細めて笑った。

「はい、私と一緒にいてくださいね、ずっと」

 お緑と出会ってから、良介は旅をすることを止めた。お縁があまり行動的ではなかったこともあるが、ただ静かに二人でいる時間を楽しみたかったという気持ちが大きかった。

 二人はともに、ある人間たちの住む村に住居を見つけてそこで暮らした。村人たちは良介とお緑が人ではないことを知っていながらも、受け入れてくれた。

 あの時代は、(あやかし)と人とが近かった。当たり前のように人里に妖がいた時代だ。人を襲う妖から村を守ってもらうため、人間に好意的な妖とともに生活していた人間も多かった。

 良介とお縁も、そういう風に村に現れて人に危害を加えようとする妖から人間を守ったり、人々の仕事の手伝いをしながら生きていた。

 それで十分平和だった。人々は良介たちに対して親切だったし、良介も村の人たちが好きだった。それはきっと、お縁も同じだったろう。

 決して大きな村ではなかったが、食糧に困ることもなかった。その村に暮らして一年ほど経った頃、お縁は良介との子を産んだ。女の子だった。




 それからは、本当に幸福な日々を過ごすことができた。流浪(るろう)して日々を過ごしていた頃の良介には自分に家族ができるなどということは考えられなかった。だが、妻や娘と過ごす日々は、あの頃とはまた違った喜びと楽しみを与えてくれた。昔の自分からはこんな生活は考えられなかったと、良介は微笑する。

 娘の名前は、(さち)に決めた。お縁の提案で、良介もそれに同意する形だった。幸せになってほしいと、父と母は心から願った。

 妖の寿命は長いが、その体が一人で生きられるように成長するまでの時間は、人間とあまり変わらない。妖にとって遅いのは成長ではなく、老化だ。体が最も力を使える状態になったところ、つまり成長が終わったところで、妖の年の取り方は人と変わる。最もこれは妖から妖が生まれた場合で、別の要因で妖として生まれた場合はその法則に当てはまらないことの方が多い。

 幸も、他の人間と同じようにすくすくと育っていった。その村には良介の一家以外の妖はいなかったが、村の子供たちが友達となって遊んでくれていた。

 あの村の人々は、他の人間と比べても妖に親切だったと思う。だから良介も、村のためになることはできるだけやった。力は人間の何倍もあったので、力仕事には重宝されたし、農業の手伝いや、過去の旅の中で覚えた様々な食べ物の調理の仕方を披露したりした。そして、村に入ってくる敵は、相手が妖だろうと人だろうと戦った。そうやって村で時を過ごして、十年ほどの歳月が過ぎようとしていた。

「幸、今日も稽古するか」

 そう良介が言うと、数え年で九つを迎えた幸は元気よく頷いた。

「うん!」

「火事だけは起こさないで下さいよ~」

 お縁が苦笑しながらそう言った。

 良介の言う稽古とは、火の使い方についてだった。良介とお縁との子である幸は、当然火の妖力を持って生まれてきた。最近ではもう自分で火を作り出すことができるようにまでなっている。それをうまく使いこなせるように幸を指導するのが、良助の日課だった。

「あらお幸ちゃん、お散歩かい?」

 軒先で選択をしていた人間の娘がそう尋ねた。名前はお六。十代半ばほどの娘で、よく幸と遊んでくれる人間だった。

「うん!お父さんが火の使い方教えてくれるの!」

「そうなの。それは良かったねえ」

 お六はそう言って微笑んだ。

「私もお父さんみたいに強くなって、いつかこの村のみんなを守ってあげるんだ!」

 お幸はそう力強く言った。お六は頷いて、良介の方を見る。

「幸せそうで良いですね」

「ええ、いつも娘が世話になって」

「いえいえ、お幸ちゃんは可愛いから」

 お六はそう言って、幸の頭を撫でた。幸は照れ臭そうに笑った。

 幸の言うように、火を操る力は誰かの助けになる。この子には、そう言う風に能力を使えるようになって欲しい。

 だが、その能力は人の村で暮らす上では危険なものだ。だからきちんと使い方を教えなければならない。特に人は火に当たると、自分たちと違って怪我を負い、時には死んでしまうということは、必ず知っておかねばならないことだった。

「さあ、行こう」

 良介は幸の手を引いて歩き出す。火の練習はいつも村の近くの河原で行った。石と水ばかりのこの場所は、炎が燃え広がるものがない。だから、火を使って何かをするのには最適な場所だった。

「父さん、今日はなにするの?」

 にこにこと笑いながら幸が言う。この子は、おっとりとしたお縁とは違って活発な子だった。自分に似たのかもしれないと、良介は笑う。

「今日は狙ったものに火を点ける練習だ。ちょっと待ってなさい」

 良介はその辺りに落ちていた木の枝を持ってきて、河原の少し大きな石の上に置いた。そして、周りに人や生き物の姿がないのか確認する。誰かが娘の被害者になるのは避けたかった。

 自分は火を吸収できても、火によってできた傷跡までは元に戻すことはできない。炎を操る妖だからこそ、良介はその怖さをよく知っていた。

「よし、じゃああの木の枝に意識を集中するんだ。あの枝が燃えるところを想像して、上手く妖力を送り込むんだ。できるな?」

「やってみる」

 幸は真剣に言って、枝を睨む。良介はそれを微笑ましく見守った。自分も妖力を使い慣れていない頃はこうだった。必死に上手く使えるように練習して、制御できるようになれば一度に使える妖力の限界を上げて、と妖力を使いこなすためにできることは色々あった。自分ひとりで生きていたころは、他の妖たちに後れを取らないように必死だった。

 そんな自分が今ではこうして娘に教える立場になったと思うと、感慨深かった。ある程度妖力を使うことができなければ、妖怪の世界では生きにくい。それに女の子なのだから、自分の身を守れるくらいに強くなっても損はないと良介は思う。だからと言って、誰かと争うような生活の中に身をおいて欲しいとは思わないが。

「だめだあ」

 幸がそう漏らした。彼女の送った妖力は木の枝を逸れて、すぐ近くの石を焦がしたようだ。

「惜しかったじゃないか。もう少しだ」

「う~ん、ねえお父さん、私もいつかお父さんみたいに強くなれる?」

 いじけたように俯いて、幸が問う。

「なれるさ。もっともっと稽古すればな。父さんも母さんも、昔は幸と同じように上手には火が使えなかったんだぞ」

 幸は顔を上げて、嬉しそうに笑った。その姿が愛おしくて良介はその頭をくしゃくしゃに撫でる。

「いたいよお父さん」

 娘はそう抗議するが、顔は笑っていた。それを見て温かい気持ちになりながらも、いつかはこの子も自分の元から離れてどこかに嫁いでしまったりするのかと思うと、急に寂しくなる。自分がそんなことを考えるのが不思議で、またおかしくなって笑った。

「お前も大きくなったら、誰かと一緒になるんだなあ」

「お父さん気が早いよ。私まだ九つだよ」

 そう言って幸は無邪気に笑う。妖にとって九年などという歳月は、ほんの一瞬の時の流れのようなものだ。だが、この子にとってはそれが生きてきた全てだ。

「さあ、もう一度稽古するか」

 そう言って先程の枝を持ち上げた時、良介は不意に強い妖気を感じて振り返った。

 お縁のものではない、違う妖気だ。しかも複数ある。そして、村の方から漂ってくる。

「どうしたの?お父さん?」

 良介の様子が急に変ったのを見て、幸が不安そうに尋ねた。

「いや……」

 良介は考える。幸をここに置いて行くべきか、それとも連れて行くべきか。ここに置いておけばとりあえず今の危険からは遠ざけることができる。だが、もし幸を狙って何者かが現れれば、幸を守る者はいない。

 良介は迷った挙句、自分の側に幸を置いておくことにした。自分ならばこの子を守りながらでも戦うことができると、そう考えたのだ。

 良介は幸を抱き上げて、全速力で走った。村に近付くにつれて妖気は濃くなって行き、そして村の惨状も視界に入って来た。

「お父さん、村が……!」

 幸が泣きそうな声を出した。良介も信じたくはなかった。

 村は燃えていた。家々は破壊され、人々の(むくろ)がいくつも転がっていた。良介は幸の目を右手で塞いで、尚も走った。お縁にさえ合流できればこの子を預けて、村を襲うものたちと戦うことができる。

 だが、その希望は良介の目の前で、簡単に打ち砕かれた。

「あなた、逃げて!」

 お縁が走ってくるのが見えた。その体からは血が流れ、右腕が無かった。

「お縁、どうしたんだ!?」

「いいから、あなたと幸だけでも早く……!」

 その時、長髪で茶色い皮膚をした男がお縁の後ろに現れた。酔っ払いのような奇怪な動きながら、その動きは気配を感じさせないほどに早く、そして妖気は強大だった。

「お縁!後ろだ!」

 良介の声か、それとも背後の妖気を感じ取ったのか、お縁は左手に赤い炎を纏わせて振り返った。だが、その時には既に、妖の右手がお縁の胸を後ろから貫いていた。

「はやく……にげ……て」

 お縁はそれだけ言って、息絶えた。良介は声を出すことができなかった。その代わりに、幸が空を割るような悲鳴を上げた。

「うるさい餓鬼だねえ。大入道、やっちまいな」

 茶色の男が言った。それに反応したのは彼の背後にいた、良介の三倍は体長があろうかという妖怪だった。

「はい、魔道様」

 その男の肌は墨を塗ったように黒く、筋肉の塊のような体をしていた。良介は幸を庇うように後ろに立たせて、両の拳に青い炎を纏わせた。早く逃げればよかったのかもしれない。だが、村にはまだ生きている人たちがいた。子供も、男も、女も、皆逃げ惑っていた。それを見捨てて自分だけ逃げ出すことはできなかった。

 この妖たちと渡り合えるのは今、自分しかいないのだ。

 良介は右の拳を前に突き出した。同時に青の炎が迸り、一直線に大入道と呼ばれた妖にぶつかった。

 大入道が炎に吹き飛ばされ、後方に倒れる。良介は魔道と呼ばれた方の妖に向き直り、地面を蹴った。こいつがお縁を殺した。憎しみは霊力となり、そのまま妖力に置換されて両腕の炎は激しさを増した。

「遅いねえ」

 だが、その拳は地面を叩き、砕いただけで魔道には当たらなかった。魔道は嘲笑うように良介の背後に立ち、踵で良介を地面に張り付けた。

「弱いってのは悲しいことだよなあ。女一人守れやしない。子供だって守れやしない」

 そう言って、魔道は良介の腹を掬い上げるように蹴った。良介は凄まじい衝撃とともに宙に弾き飛ばされ、再び地面に叩きつけられた。



異能紹介

・発火能力

 パイロキネシスの日本語訳。念力放火能力とも呼ばれる。超能力の一種であり、何もないところに炎を生じさせる能力のことを指す。スティーブン・キングの『ファイアスターター』、宮部みゆきの『クロスファイア』などのフィクション作品に登場し、有名になった。

 また、人体自然発火現象は元々発火能力とは関係なく、こちらは実際に事件が起きた事例が多い。人間が勝手に燃え出す以外にも上半身のみ燃え尽きる、体の一部のみ燃え尽きる、焼死体にも関わらず周りに燃えた跡がない、など不可解な事件が多く、明確な原因は特定されていない。


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