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【オーバーラップWEB小説大賞受賞】魔物領のはしっこで、飯屋はじめます  作者: もちのき


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とろけるチーズとほのかな疑惑

 ミリーは、家族以外では今まで出会えなかった同好の士に思いがけず出会えたことが嬉しくて、思わず口元を緩めた。そんな感傷に浸っているあいだも、ユウの暴走は止まらない。


「角豚の薄切りをさらに叩いて、チーズを挟んで重ねる。衣は同じでいい。問題は厚み……何枚重ねるか……でも揚げ時間を少し長めに取れば……いや、先に室温に戻したほうがいいか……」


 足もとでシロが「きゃぅん! きゃん! きゃん!」と鳴いた。


 白いもふもふは、慣れた調子でユウのズボンを噛んで引っ張る。現実に引き戻そうとしているらしい。


 だが、ユウは止まらない。


「味噌だれは味噌の実に砂糖を足して、少しの油で練るか……いや、ちょっと出汁も欲しいな。骨の煮汁、残ってたっけ……」


 ミリーは、虚空を見つめてぶつぶつ呟くユウを見る。初めて出会った同好の士が、こんなおかしな人物でいいのだろうか……。


 ミリーは少し悩み始めた。


 すると今度は、木箱の上にいたミツが前足でぴょんと立ち上がった。


「ゆう、こわい!」


「わふっ」


「しろ、なんとかして!」


「わふぅ……」


 シロは手段を変えて頭突きをする。

 ミツは横からユウの裾を引っ張る。


 だが、びくともしない。


 ミツはすんと真顔になった。


「ほんとにおかしくなった?」


「くぅん」


 シロが困り顔で答える。


 そんな魔物たちを見て、ミリーがますます不安になったところで、ようやくユウが「……よし」と呟いた。


 目の焦点が戻る。


 その顔は、何かとんでもないものを思いついた子どもみたいに、やけに晴れやかだった。


「決めました」


「何を」


「二種類作ります」


「二種類?」


「片方はチーズミルフィーユカツ。薄く叩いた角豚肉のあいだにチーズを挟んで重ねて揚げるやつです」


「みる……なんて言った?」


「もう片方は味噌カツ。揚げたカツに甘辛い味噌だれをかけます」


「待って待って」


 ミリーは両手を出して制した。


「今の説明で、何を作るのか全くわからなかったんだけど」


「うまいですよ」


「その自信はどこから来るのよ」


「経験と勘です」


 自信満々に言い切るユウを見て、ミリーの胸に不安がよぎる。


 その知識はどこから得たのか。得た場所によっては、この料理人を領地を守る立場として、警戒しなければならない。


 ぐるぐる考えて閉口したミリーを見て、ユウはきょとんとしている。


 まさか、これから作る料理も新しい料理だとでも言うのだろうか。この世界で唯一食が発展している国といえば、帝国しか思いつかない。現在、冷戦中のあの国だ。


 自分で考えて思いつくことができる料理人で、帝国とは全く関係のない人物であれば、心の底から歓迎できるのに。


 ミリーは額を押さえた。


「……ねえ、エマ」


「はい」


「私、この人を信用していいのかしら」


 エマは少し考えてから、静かに答えた。


「人としてはまだ分かりませんが、料理人としては、もうかなり信用しておられるのでは?」


「そこは今、分けて考えてるの!」


 ユウはそんなやり取りなどまるで聞いていない様子で、すでに村人たちに指示を飛ばし始めていた。


「角豚の肉、さっきよりもっと薄く切れますか?」


「いけるぞ!」


「味噌の実、残ってるだけ全部持ってきてください。砂糖も使います」


「おお、わかった! あの実だね」


「チーズは薄く切りたいんで、刃物貸してください!」


 村人たちは意気揚々と準備に取り掛かり始める。


 次はどんな美味しいものが食べられるんだろうと、顔を輝かせている。


 ミリーは、その熱気を見回して、少しだけ言葉を失った。


 この人が来る前の村とは、まったく違う雰囲気だった。


 もっと疲れていて、もっと沈んでいて、辛そうにひたすら料理を口に突っ込んでいた。


 それが今は違う。


 村人たちの目は希望にあふれている。


 その中心にいるのが、この妙に目の据わった料理人だという事実が、悔しいのに否定できなかった。


「……本当に変な人」


 ぽつりと呟くと、ユウが振り向いた。


「何か言いました?」


「言ってないわよ」


「そうですか」


 きっぱり切り捨てると、ユウはまた肉のほうへ戻る。


 ミリーは腕を組み、そんな背中を睨むように見つめた。


 けれどその胸の奥では、不安と呆れと、そして少しだけ期待が混ざり始めていた。


 たぶんユウは、次もまた、信じられないようなものを作る。


 自分では成しえなかったことで、悔しい。


 でも、見たい。


 その感情が顔に出ないようにするのに、ミリーは苦労していた。


 いったん動き出してしまえば、ユウの指示を得た村人たちの手は早かった。


 板の上に並べられた角豚肉を、前よりもさらに薄く切っていく。筋の向きを見ながら切り分けるのはユウがやり、その横で村人たちが次々と木槌で叩いていく。


 どん、どん、どん。


 広場に、妙に景気のいい音が鳴り響く。


「今度はもっと薄くていいんですか?」


「いいです。むしろ薄いほうが重ねやすいんで」


「重ねるって、本当に肉を重ねるんだなあ……」


「そのあいだに、これを挟みます」


 ユウが掲げたのは、ミリーが持ってきた保存チーズだった。


 固く締まった黄色い塊を、包丁で慎重に薄く切り分けていく。刃が入るたび、独特の濃厚な香りがふわりと立つ。


 村人たちが「おお……」とざわついた。


「ミリー様はなんでこんなものを持ってきたんだ?」


「料理人の噂を聞いたからよ。どうせなら、使い方がわからなかったもので作ってもらおうと思って」


「チーズの使い方がわからないなんて、チーズが可哀想すぎる。俺のところに持ってきてもらってよかったです。次の工程ですが、肉とチーズを交互に重ねていきます」


「それなら、肉を厚く切って重ねた方が手間が少なくていいんじゃないの?」


「そうしたら、食べにくくなるじゃないですか。食べやすいことは、料理において何よりも大事です」


 ユウはきっぱり言い切った。


 薄く叩いた肉を一枚置き、その上にチーズをのせ、さらに肉を重ねる。もう一枚チーズ、もう一枚肉。

 それを手のひらで軽く押さえながら、端を整える。


 ミツがちょっかいを出そうと前足をテーブルにかけた瞬間、シロが尻尾を口で引っ張って止めた。


 ユウはそんな光景すら見えていないほど集中している。重ねた肉に粉を薄くまぶし、卵にくぐらせ、最後に砕いた乾パンをたっぷりつける。


 衣をまとったそれは、ただの角豚肉とはもう別物に見えた。


「よし、揚げます!」


 ユウが宣言すると、広場の空気がまた一段、上向いた。


 衣をまとった肉を、そっと油へ滑らせる。


 じゅわああっ、と大きな音が弾ける。


 油の表面で泡が立ち、衣がふわりと広がる。前のカツレツより少し厚みがあるぶん、揚がっていく様子もどこか迫力がある。


「うわあ……」


「なんかこの匂いでもうよだれが」


 村人たちが鍋のまわりへ集まる。


 子どもたちは背伸びし、シロは鼻先をぴくぴく動かし、ミツは木箱の上からしっぽをぶわぶわ揺らしていた。


「ゆう、なかに、なにいれた!」


「チーズだよ」


「ちーず、うまそう!」


 きつね色になったところで引き上げると、表面はかりっと美しく揚がっていた。


 ユウはそれを少し休ませてから、包丁を入れる。


 さく。


 衣の音のあとに、切り口がぱかりと開く。


 次の瞬間だった。


 中から白いチーズが、とろりと糸を引いた。


「うわあっ!」


 子どもたちが一斉に歓声を上げる。


 大人たちからも、どよめきが広がった。


「な、何だそれ!」


「中から出てきたぞ!」


「香ばしい匂いが……」


 村人の反応を見て、ユウは少し得意げな気分で皿に盛った。


「まずは、これ」


 差し出された皿を前に、ミリーは思わず固まる。


「……おいしそう」


「熱いうちがうまいんですよ」


 ミリーの目は完全に断面に釘付けだった。


 重なった肉のあいだから、とろけたチーズがまだゆっくりと流れている。香りも、さっきの角豚カツレツより一段濃い。肉の匂いに、乳製品特有のコクが加わっている。


 ミリーは無言でそれを受け取った。


 一口かじる。


 さく、のあとに、今度はもっとやわらかい感触が続く。衣の下の肉は薄く重なってやわらかく、そのあいだからとろりと濃いチーズが広がった。塩気とこくが肉の旨味と混ざって、さっきのカツレツとはまるで違う美味しさになっている。


 ミリーの肩がぴくりと震えた。


「…………」


「ミリー様?」


 誰かがそう呼ぶ。


 だがミリーは返事をしない。顔を赤くして口を押さえる。


 そのまま金魚のように口をぱくぱくさせた。


「火傷したんですか? そんな一気に頬張るから」


 ユウは呆れたように言うと、ミリーは熱さで涙目になりながら、村人たちの方を見る。


「あなた達も早く食べなさい! 冷めちゃうわよ!」


 この場で一番身分の高い自分がいることで、こんなに美味しいのに冷めたものを食べることになっては申し訳ない。


 ミリーは促し、皆が手をつけ始めたのを確認すると、ほのかに微笑んだ後、次の一口を急いで口に放り込んだ。


 そのまま、もう一口。

 もう一口。


 そしてようやく、絞り出すように言った。


「おいしい。こんなの初めて食べた」


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