あたらしい出会い??
広場の笑いが少し落ち着いても、ミリーの勢いはまったく落ちなかった。
むしろ、カツレツを食べたせいで余計に火がついたようだった。
「説明して」
ずい、と一歩詰め寄ってくる。
「何をどうしたら、あの角豚がこんなふうになるの。きちんと順を追って、分かるように」
「いや、そんな授業みたいに言われても」
「言われても、じゃないわよ!」
ミリーはカツレツを持ったまま、びしっとユウを指した。肩まで切り揃えられた赤髪がふわっと揺れる。
「これは領の食事情に関わる重大案件でしょう! 見過ごせるわけがないじゃない!」
「そこまで大げさな話ではないと……」
「そんなことない!」
ユウが返す前に、周りの村人たちがくすくす笑い始める。
「ほらほら、ユウさん。観念しな」
「ミリー様、こうなったら長いですよ」
「昔からなんですよ。気になったことはずーーっと聞き続けるの」
村人たちの口ぶりに、ユウは再び驚いた。
この喧嘩腰なお嬢様、貴族なのにちゃんと村に馴染んでいるらしい。
しかも、どうやらこれが通常運転のようだ。
ミリーはそんな周囲の言葉など気にも留めず、真剣そのものの顔でユウを見ている。
「まず、叩くってなんで叩くの?」
「そこからですか」
「そこからよ」
「……肉を柔らかくするためです」
ユウはようやく観念して、残っていた角豚の生肉を一枚持ち上げた。
「この肉、見た感じでもう筋が強いでしょう」
ミリーはカツレツを持ったまま、ぐいっと身を乗り出す。
食べるのをやめるかと思えば、片手ではしっかり持ったままだ。何なら話を聞きながら食べる気でいる。
「そうかしら?」
ミリーは不思議そうに首を傾げる。
そうか、料理をあまりしない文化なら、そういったことも知らないのかもしれない。
「この、白い筋、これが噛みきれない原因です。この肉はそれがたくさん入ってるから、固いんですよ」
「なるほどね。たしかにそういうことなら、固そうね」
「はい。そのまま焼くと繊維がぎゅっと縮んで、余計に噛み切りにくくなるんです」
「それは分かるわ。今までだってそうだったもの」
「だから、焼く前にこっちで筋を切って、繊維を叩いてほぐしてやる」
「叩くだけで?」
「叩くだけじゃないですけど、叩くのが大きいですね」
ユウは肉を板に置き、借りた木槌で軽く叩いて見せた。
どん、どん、と鈍い音が鳴る。
肉が少しずつ横に広がり、厚みが薄くなっていく。
「ほら。こうすると、火が通りやすいし、噛むときに歯が入りやすくなる」
ミリーの目が、さっと輝いた。
ずいっとミリーの顔が肉に近づく。
「……なるほど」
「納得早いですね」
「理屈が通っているもの」
腕を組みながら、頷くその姿が妙に堂々としていて、ユウはちょっとだけ吹き出しそうになった。
ミリーはそんなことに構わず、今度は木槌をじっと見た。
「貸しなさい」
「え」
「やるわ」
「いや、服汚れますよ」
「それくらいでひるむと思っているの?」
思ってはいないが、言い方が強い。まあ、俺はブラック企業でこんな人を山ほど見てきたから慣れてるけど。
ため息をつき、ユウが木槌を渡すと、ミリーはさっそく肉の前に立った。だが、やる気に反して最初の一撃が弱い。
ぺし。
肉はほとんど凹んでない。
広場に一瞬、微妙な沈黙が落ちる。
ミリーの眉がぴくりと跳ねた。
「…………」
「そんなに優しく叩かなくても」
「今のは確認よ」
「確認だったんですか」
「確認よ!」
もう一度、今度は少し強めに打つ。
ぺし、ぺし。
やっぱり弱い。
村の子どもが堪えきれずに吹き出した。
「ミリー様、力よわっ!」
「う、うるさい!」
顔を赤くしたミリーが木槌を握り直す。
その横で、エマがとても遠い目をしていた。そうでしょうねと言いたげな目だ。
ユウは見かねて、ミリーの後ろに回った。
「肘じゃなくて、肩から振るんです」
「え」
「こう」
後ろからそっと肘を持ち、腕の角度を直してやる。別に密着するほどでもないが、ミリーは一瞬だけ肩を跳ねさせた。
「な、何を――」
「教えてるだけです」
「分かってるわよ!」
耳を赤くしながら、ミリーは怒ったように肉に向き合う。
ユウが軽く手を離すと、今度こそ、どん、と少しまともな音がした。
肉がちゃんと凹んで広がる。
「……あ」
「そう。それです」
ミリーは少しだけ目を見開いた。
「凹んだ!私もやればできるのよ!」
そのあとで、また二度、三度と叩く。今度はさっきよりずっとましだった。
「本当ですね。できてるじゃないですか」
「当然でしょう」
「急に偉そうですね」
「最初から偉いのよ、私は」
周りからくすくす笑いが漏れる。
ミリーはそれを無視して、叩き終わった肉を見下ろした。
「……たしかに、最初よりずっと薄いわね」
「で、そのあと粉をつけて、卵にくぐらせて、砕いた乾パンをまぶしました」
「どうしてそんな面倒なことを?」
「その一手間が大事なんです。おいしかったでしょう?」
ユウがそう言うと、ミリーはぐっと言葉に詰まった。
今まさに、手に持ったカツレツがその証拠だからだ。
ちら、と手元を見る。
気づけばまた一口食べていた。
「……別に、食べながら聞いているわけではないのよ」
「そうなんですか」
「話を理解するには、味を確認し続ける必要があるの」
「すごい理論ですね」
「必要なのよ」
言い切ってから、ミリーはさく、とまた齧った。
完全に気に入っている。
村の女たちが、肩を揺らして笑っていた。
「ミリー様、昔から食べるの好きですもんね」
「食べ物のことになると急に目の色が変わるの」
「こないだも、焼菓子の作り方を聞こうとして、厨房長を一時間以上捕まえてましたしねえ」
「ちょっと!」
ミリーが振り返る。
「余計なことまで言わなくていいの!」
「でも本当でしょう?」
「本当だけど!」
しまった、という顔をしたところで、また笑いが広がる。
ミリーはますます顔を赤くした。
気を取りなおすようにサッと髪を払い、ミリーはユウを見る。
「で、揚げる意味は?」
「衣で肉汁を閉じ込めるためです」
「閉じ込める?」
「肉って、そのまま揚げちゃうと水分が抜けやすいんです。でも外に衣があると、中がぱさつきにくい」
「……なるほど」
「あと、食感もつきますし」
「さくっとするのは、そのためなのね」
「そうです」
ミリーはしばらく黙った。
そして、納得したように小さく頷く。
「面白いわね」
「でしょ」
「私も作ってみたいわ」
「でも、もう食べた後ですし、みんなお腹いっぱいでしょう」
ユウは苦笑した。
「そんなことないわ!まだいけるわよね?」
ミリーが勝気な笑みで、村人を見回す。
「おう!まだいけるぜ!」
角豚を倒した男たちを中心に、みんなが頷く。
「ほら!」
「うーん、じゃあ作りますか?でも同じ味っていうのもなー」
「材料が必要なの?それじゃあ……」
ミリーは首から下げた小さい茶色いポシェットを探ると、砂糖とレンガほどのサイズの黄色の塊を出した。
「これは?何かに使えるかしら?」
「こ、これは……もしかしてチーズ!!?」
乳製品特有の酸っぱくて濃厚な匂い。絶対、この世界ではお目にかかれると思っていなかった食材にユウの喉がなる。
「そうよ。よく知ってるじゃない。東の遊牧民が食べている保存食よ。美味しいとは思うんだけど、固いし、しょっぱいのよね」
「ミリー様、あなたは天才ですね」
「……急に褒められると怖いんだけど」
「これなら、ミルフィーユチーズカツレツ、いや、砂糖もこんなにあるし味噌カツとかを作っても……」
顎に手を当て、虚ろな目で空中にブツブツ呟き始めたユウを見て、ミリーは半歩体を遠ざけた。
コソコソと近くにいた道具屋のじいさん、トムに話しかける。
「ね、ねぇ、いつもこうなの?」
「割とこうだな」
「この人、信頼して大丈夫?」
「まぁ、この国で食に興味をもってる時点で変人だし」
ミリーは自分も変人扱いされたような気がして、ぐっと黙る。
「まぁ、でも実際あの料理人が来て、村の雰囲気が明るくなって助かってるよ」
再びユウの方を見ると、白い魔物が大きいふわふわの尻尾を揺らしながら、足元に頭突きをしたり、カリカリ足を引っ掻いたりして何とか正気に戻そうと頑張っているところだった。
「本当かしら……少し心配だわ」
言葉とは裏腹にミリーの口は、安心で少し緩んでいた。
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