魔物たちと一杯の味噌汁を
大きい鍋を出して、まずは水を張る。
その中に、前にグラードから教えてもらった“だし代わりになる苔”を少し沈めた。川辺の石にくっついている、黒っぽい海藻みたいなやつだ。
「こいつを先に入れておくと、旨味が出るんだよな」
「くぅん?」
「ほら、前にスープに入れたろ。シロがやたら気に入ってたやつ」
シロは思い出したように尻尾を振った。
次に、森の根菜の皮を厚めに剥き、輪切りにする。
切るそばから、わずかなえぐみの匂いが鼻につくが、水にさらしてから下茹でしてしまえば問題ない。
一度別の鍋でさっと茹でこぼし、もう一度水を替えて、今度はメインの鍋の中へ。
キノコは、毒じゃないと保証済みとはいえ、念のため、裏側までよく洗っておく。石づきを落とし、大きいものはざくざくと切って、鍋に投入。
森の葉っぱ――細長くてやわらかそうな草――はざく切りにしておく。
「ここまでは、普通の具沢山スープって感じだけど」
俺は布袋から、味噌の実を一つ取り出した。
爪でひびを入れ、両手でぐっと割る。
内側には、半分ペースト、半分固形みたいな状態の、濃い茶色の塊がぎっしり詰まっていた。
ふわっと立ちのぼる香りは、やっぱり味噌だ。少しだけ甘さが強い、田舎味噌系の匂い。
「やっぱりこれ、完全に味噌だよなあ……」
ちょっと感動しつつ、その中身を匙でほじくり出す。
「味噌はね、直接鍋にぶち込むとダマになるからね。こうやって溶くのが基本なんだよ」
「きゅぅきゅ?」
シロが横から覗き込み、「それ全部ぼくの?」みたいな顔をする。
「全部じゃない。お前の分もちゃんとあるから」
具材に火が通ったのを確認してから、火を少し弱め、味噌を溶かした椀の中身を鍋に戻す。
さっきまで透明だったスープが、じわじわと薄い茶色に濁っていく。
キノコの香りと葉っぱの青臭さの上に、味噌の柔らかい香りがふわっと乗った。
最後に、溶いた森鳥の卵をそっと鍋におとす。
箸でくるくると混ぜると、ふわっと黄色の渦が広がった。
「……よし」
頃合いを見て火を止める。
「よし、“森の味噌汁・卵入り”完成」
「わふっ!」
シロがなぜか誇らしそうに鳴いた。お前が作ったみたいな顔をするな。
◇
「お待たせしましたー」
テントの外に鍋を運び出すと、魔物たちの視線が一斉にこちらに集まった。
さっきよりも、空気がそわそわしている。
『並べ』
グラードの一声で、魔物たちは自然と列を整えた。
シロはその横で小さく「わふっ、くぅん」と呼びかけながら、妙に手慣れた様子で誘導している。完全に看板犬だ。
「じゃあ、まずは少しずつな」
森の者たちの器事情はバラバラだ。自前で木の椀を持っているのもいれば、前にスープをあげたときに用意した椀を覚えていて、それを受け取りに来るやつもいる。
中には、手のひらみたいな前足を器代わりにする猛者もいたが、そこはまあ自己責任で。
鍋から味噌汁を注ぎ、具が均等に行き渡るように卵と芋とキノコをバランスよく浮かべる。
「熱いから気をつけてな」
最初に椀を受け取ったのは、さっき根菜を持ってきた狼魔物だ。
恐る恐る匂いを嗅ぎ、ぺろりとスープを舐める。
次の瞬間、耳がぴんと立った。
『……あったかい』
低い声で、ぽつりと漏らす。
『腹だけじゃない。ここが』
胸のあたりを前足で軽く叩いた。
その仕草は、前に村の子どもが「お腹のここがじんわりする」と言っていたのとよく似ていて、少し笑いそうになる。
ウサギ耳の魔物たちは、キノコ多めの椀をそれぞれ受け取ると、鼻をひくひくさせてから小さく啜った。
『しょっぱいのに、やさしい……』
『あつい……うまい……』
尻尾がぴこぴこと忙しなく動く。
狸みたいな魔物は、自分が持ってきた味噌の実がどんなふうになったのか気になるのか、真剣な顔でスープを見つめていたが、一口飲んだ瞬間に目を見開いた。
『これ、あの実か』
「そうだよ。中身をこうして溶いてね……」
簡単に説明すると、狸魔物はしきりに頷いていた。どうやら、今後も味噌の実を持ってきてくれそうだ。
森鳥の卵を持ってきたトカゲ魔物には、卵の部分を多めに入れる。
『……』
無言でじっと見つめていたが、意を決したようにごくりと一口飲む。
卵も一片、かじる。
その瞬間、長い尻尾の先が、ぴしっ、と音がしそうな勢いで震えた。
『……あつい。やわらかい。おいしい』
「それはよかった」
『森鳥の卵、また風で落ちたら持ってくる』
「落ちたやつだけな? 巣を襲ったらダメだぞ。森鳥が怒るから」
『わかってる』
トカゲ魔物は真剣な顔で頷いた。
列の後ろでは、シロが自分の分をもらって、ごきゅごきゅと幸せそうに飲んでいる。
「お前、さっき味見もしただろ」
「きゅるる……」
でも尻尾の振り方を見れば、まだまだいける顔だ。
グラードには、少し遅れて大きめの椀を差し出した。
「はい、長用特盛」
『ふん』
口ではそう言いながらも、グラードは静かに椀を受け取り、香りを嗅ぐ。
一口。
しばらく目を閉じて、喉を鳴らして飲み込む。
『……なるほどな』
「どうです?」
『腹の底に溜まっていた冷たいものが、少しずつ押し出されるような感じだ』
「それはうまいってことですか?」
『言葉にすればそうだろう』
グラードはあくまでそっけなく言うが、椀の中身はしっかり最後まで飲み干していた。
◇
ひとしきり配り終わったころには、鍋の底が見え始めていた。
魔物たちはそれぞれ、腹のあたりをさすったり、肩を回したりしながら、名残惜しそうにテントの前を離れていく。
『また……持ってきても、いいか』
去り際の狼魔物にそう言われて、俺は思わず笑った。
「もちろん。俺も材料が手に入って助かるし。みんなが腹壊さないようにするのは、料理人の仕事だからな」
『……りょうりにん』
その言葉を、狼魔物はどこか大事そうに繰り返した。
魔物たちが森の奥へと散っていき、静けさが戻る。
シロは満腹で、テントの前にぺたりと座り込んだ。
「お疲れ、看板犬」
「わふ……きゅぅ……」
眠そうな鳴き声が返ってくる。
グラードはそんな様子を見て、ふっと鼻で笑った。
『これで、森の者どもも、“対価を持ってくれば鍋が食える”と覚えたろう』
「……だいぶ本格的に、森の食堂みたいになってきましたね」
『構わん。腹を満たし、瘴気の棘を削る料理が一つあるだけで、森は少し楽になる』
その言い方が、妙に自然で、胸に落ちた。
「俺はただ、うまい飯作ってるだけなんですけどね」
『それで十分だ』
グラードはそう言い残して、森の影へと消えていった。
テントの前には、空になった鍋と、味噌の実の殻がいくつか、それからほんのりと味噌と出汁の香りが残っている。
「……よし、片づけたら、次は何作るか考えるか」
森の端っこで、今日も鍋をかき回す。
気づけばもう、これが当たり前の仕事になっていた。




