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《ep.2》ドッペルゲンガー※後編

第二話の後編です。

未読の方はぜひ前編から!


────────────

────────

────



「え〜っ、先代の魔王様ってそんなにイケメンだったんですか?」


城内の廊下で、メイドAが窓を拭き掃除しながら言った。


「そうなのよぉ、私ファンクラブも入ってたんだからぁ〜♡」


メイドAと共に掃除をしていた年配の女性メイドが、うっとりした表情で頬に片手を当てた。


「先代様、それはそれはすごい人気でね。けど、女の子からの人気だけじゃないのよ。実力も申し分なくて、政治の手腕も素晴らしかった上に人格者だったでしょ。帝国内のみならず、従属諸国からの信頼も厚かったのよ〜!」


年配メイドは誇らしげな表情だった。


「ふーん、それだけ人気があって魅力的な人だったのに、子供はおろか正妃も、側妃すらいなかったんですよね?恋愛には興味なかったんですかねぇ?」


雑巾を絞りながらメイドAが言うと、“恋愛”というキーワードに反応した年配メイドの肩がピクリと揺れた。



「…………そこなのよぉぉぉぉぉ!!!!!」


突然の叫び声とともに、年配メイドがメイドAの肩をガシッと掴み、激しく揺さぶる。


「先代様、浮いた話の一つも聞かなくて。当時のファンクラブのメンバーの間でも意見は真っ二つでね。魔王様には独身を貫いてほしい!いや、あわよくば私が……!っていう子と、魔王様が唯一無二の愛する人と結ばれて、幸せになるところが見たい!そして御子が産まれたあかつきには、そのお世話は私が……!!っていうタイプね。私は後者だったんだけど。でも、先代様の亡き今となっては、その夢も、もう叶うことは………………」


一息で言い切った年配メイドは、切なげに眉尻を下げ、悲痛に顔を歪めた。


その勢いに圧倒されて言葉を失っていたメイドAの様子に気付いた年配メイドが、はっと正気に戻る。


「いやだ、ごめんね私ったら……!!」


両手で顔を覆った年配メイドは、静かに嗚咽を漏らし始めた。


「先代様のことになるとつい……………っ、ごめんなさい、“あの日”のことを思い出すだけで…………まだ傷が癒えなくて…………っ、うぅぅ」


「あわわわ……!私の方こそごめんなさい、無神経なこと聞いちゃって……」


メイドAは慌ててフォローしようとするが、(推し)魔王の死というあまりにも残酷な現実を嘆き悲しむ女性を前に、気の利いた言葉が一つも浮かばない。メイドAは脳味噌をフル回転させ、必死に話題を探した。



「えっと、え〜っと…………そ、そうだ!!ドッペルゲンガー!ドッペルゲンガーの伝説って知ってます?!」


「……ドッペ?伝説?……ごめんなさい、何て?」


顔を上げた年配メイドはきょとんとした表情だ。


「わ、私、図書室でたまたま読んだんです!ドッペルゲンガーっていって、自分と全く同じ顔をした他人と、一日のうちに三人出会うと………」


「……三人出会うと?」



「死んじゃうんです!!!」




言い切って、メイドAはやってしまった、と凍りついた。己が提供した話題は、よりによって今この場で一番選んではいけない禁句をオチにしてしまった。



「…………………」

「…………………」



二人の間に重苦しい雰囲気が漂ったその時だった。




「まってー!!ちょうちょ!!!」



野太い男の声が、気まずい沈黙を破る。



蝶々を追いかけて城の中へ入ってきた偽物ギド③が、四つ足で廊下を爆走しながらメイド達の間を通り過ぎていった。




「…………な、なんですか??今の…………」


「…………陛下の側近のギド様、かしら?」


「……いや、あの、そういうことではなくて」



二人は呆然と立ち尽くしたまま、目を白黒させた。


するとまた騒がしい声が聞こえてくる。



「こんなところまで追いかけてくるなんて、さてはキミ、俺のこと大好きだね?」


「テメェが視界にチラつくだけでイライラすんだよゴルァ!!!失せろ!!!」


「あはは!なら追いかけるのをやめればいいのにね?」



言い合いながら、偽物ギド①と②がメイド達の目の前を走り去っていく。


傍目には二人のギドが追いかけっこをしているようにしか見えず、メイド達はいよいよ肝が冷えた。



「…………今のは一体何?幻覚かしらね??」


額にうっすら冷や汗を浮かべた年配メイドが、メイドAの方を振り返る。


「ギド様が三人…………まさか、ドッペルゲンガー……?!やっぱりドッペルゲンガーの伝説は、本当にあったんだ…………!!」


そう言ったメイドAがカタカタと震え出す。



「そんな、まさかぁ」


本気にしていないのか、どこか呑気な年配メイドをよそに、メイドAは顔面蒼白でヘナヘナと床に座り込んでしまった。


「やだ、ちょっと!大丈夫?!……私達きっと疲れてるんだわ、医務室で少しお休みしましょう、ね?」


そう言って年配メイドが肩を貸すと、メイドAはよろよろと立ち上がり、二人は連れ立って医務室へと向かった。






────同じ頃、執務室ではギドが眉間の皺をおさえながら特大のため息をついていた。



「かなりお疲れのようで。本日はもうお休みになられては?」


老執事はそう言って、ギドにハーブティーを差し出す。


疲労の色が濃いギドは、ハーブティーをぐいっと一気飲みすると、ティーカップをアルコール用の大ジョッキのように勢いよく下ろした。


「…………悪りぃけどそうさせてもらう。おい、あの野郎ダリルはどこに行きやがった、残ってる仕事はアイツに……」



ギドがそう言った瞬間、執務室の扉がものすごい勢いでバーン!!!と開いた。



「こんなとこにいやがったかテメェ!!!ツラ貸せよ、ぶん殴ってやる!!!」



そう言って怒鳴り込んできた男の姿を見て、ギドの思考が停止した。



怒鳴り込んできた男は自分自身……もとい偽物ギド①だった。


偽物ギド①は肩を怒らせながらズカズカと大股で執務室へ乗り込んでくる。



「…………………はぁ??


何だお前…………何で、俺が………??は??」



本物のギドは、謎だらけの状況に全く理解が追いつかず、ただ間抜けた声を上げる他なかった。



そんな本物の戸惑った様子などお構いなしに、偽物ギド①は、本物のギドに殴りかかろうと右腕を大きく振りかざす。


……が、ピザの小麦粉でも床に残っていたのだろうか。


偽物は足をつるんと滑らせると盛大にバランスを崩し、「ぅあっ、おわっ!」と間抜けな声を上げてギドの執務机に顔面からダイブした。


ゴン!!!という鈍い衝撃音が響いたかと思うと、あまりの強い衝撃に耐えられなかったのか、魔力で作られただけの偽物ギド①はそのまま霧散してしまった。




「……おや、消えてしまいましたな」


老執事は平然とした声で言う。


「…………何だ??今の…………」


呆気に取られたままのギドが老執事の顔を見やると、


「あのような不可解な事象を起こせる方は、この魔王城でただお一人のみかと」


老執事は白髭を触りながらそう言った。


「あのポンコツ魔王……!!次から次へと……!!」


「メル陛下はギド様の胃に穴をあけるおつもりなのかもしれませんね……ですがご安心を、先程のハーブティーは特製の胃薬入りでございます」


「………………助かる」


老執事の気遣いにより落ち着きを取り戻したギドは、小さくため息をつくと執務机の椅子から立ち上がる。


「悪りぃけど、色ボケ野郎を見つけたら首根っこひっつかんで残りの仕事やらせといてくれ」


「かしこまりました」




疲労困憊のギドは執務室を出ると、ふと自分の顔に拭いきれていなかった小麦粉が残っていることに気が付いた。


「…………チッ」


せめて顔を洗ってから自室で休もうと、手洗い所のドアを開けたギドの目に飛び込んできたのは、鏡の前でうっとりとポーズを決める()()()()()の自分自身……偽物ギド②だった。



「う〜ん、今日の俺は一段とワイルドだね……♡」


そう言いながら、偽物は筋骨逞しい腕を艶めかしく自らの頬に添え、うっとりと目を細めた。


そして鏡に向かって流し目を送り、胸元を大っぴらに開け広げたかと思うと、デコルテを強調するようなポージングを決める。



あまりにも本来の自分自身とかけ離れた耽美な仕草を目の当たりにし、ギドは嫌悪感のあまり思わずその場に膝をつきそうになった。



すると自己陶酔していた偽物がようやく本物のギドの存在に気付く。


「やぁ、そこにいるのは俺のオリジンかな?会えて光栄だよ」


「……おい、ダリルかテメェ?俺の外見で気色悪りぃ真似しやがって」


ギドは偽物の首根っこをむんずと掴んだ。


「ざ〜んねん、俺は魔力で作られたキミの偽物に過ぎないよ。ま、生まれてくる過程でちょっとした手違いがあって、オリジンであるキミとは似ても似つかない性格になってしまったけど♪」


偽物ギド②は楽しそうに口角を上げるとパチンとウインクをする。


「はぁぁぁ…………もう勘弁してくれ………………」


本物のギドは盛大なため息をつくと、偽物の首根っこから手を離して踵を返した。


這いずるような足取りで手洗い所を後にするギドの背中に、偽物が声をかける。


「……おや?せっかく鏡があるのに、オリジン君は自己陶酔しないのかい?」


「誰がするか!!!!」


ギドの怒号が虚しく廊下に響いた。





その後、やっとの思いで自室に辿り着いたギドは、脱力するようにベッドに腰掛けた。



これでようやく横になれる。


そう思った矢先、腰掛けたベッドがなぜかガタガタと揺れ出した。


「……?!」


動くはずのないベッドが、なぜひとりでに動いているのか。


気味が悪くなったギドはおそるおそるベッドの下を覗き込んだ。すると────



「わぁ!!!お帰りなさいませ本物のボク!!!お靴を舐めましょうかっ???!」



そう言ってベッドの下から這い出してきたのは偽物ギド③だった。



自分と同じ顔、同じ服、同じ声。


四つん這いで舌を出し、無邪気に笑う『()()()()()()』と目が合った瞬間、ギドは息が止まりそうになった。



「なっ……?!?!何なんだ、テメェら……は…………っ」



言いかけたところで、ギドは自身の身体に違和感を覚えたが、もう遅かった。



視界がぐにゃりと歪む。



全身から血の気が引き、意識が遠くなる。抗いようのない睡魔のような闇がギドを襲う。



ドサリと床に倒れ伏したギドは、床の石畳の冷たさを頬で感じながら、思考することさえもままならなくなっていった。



遠くの方でメルの叫び声が水中に潜ったようにぼんやりと聞こえたのを最後に、ギドは全ての感覚を失った。




────────────

────────

────




偽物ギド達による騒動からどれくらいの時間が経っただろうか。



意識を取り戻したギドがぼんやりと目を開けると、そこにはおよそ現世のものとは思えない光景が広がっていた。



視界の全てを埋め尽くしているのは、果てしなく続く純白の「無」の世界だった。足元には薄くモヤのようなものが立ち込めている。



耳が痛いほどの静寂が、ギドの不安を静かに煽った。



(何だここ…………もしかして、俺は)



妙に嫌な予感がして、ギドの心臓はドクリと跳ねた。


じわじわと手に汗が滲む。



(待ってくれ…………本当に俺は死んだのか?悪い夢なら早く醒めてくれ……頼む…………)



ギドは縋るような気持ちで拳を固く握りしめた。


否応なしに耳の奥まで響く、自身の激しい鼓動。その音を拒絶するように、強く目を閉じた────その時だった。





「ギド」





たった一言。



けれど、聞き間違えるはずのない、温かくも厳かな声。



もう、現世にはいないはずの、その人。






その声を聞いた瞬間、ギドの心臓が跳ねるのをやめた。



呼吸をするのも忘れたまま、恐る恐る振り返ったギドがゆっくりと瞼を押し上げると────





「はは、老けたなぁギド」





そこには、記憶の中と何一つ変わらない姿があった。


かつて多くの民から愛され、今なお、彼の死を悼む声が絶えない────その人。



その人は眉尻を下げ、慈しむように目を細めて笑い、優しくギドを見つめていた。






「……………………っ」





顔を見た瞬間、その人と共に重ねてきた時間が鮮やかに蘇る。




言いたいことはたくさんあった。


何から伝えるべきか、伝えたい思いが多すぎて、ギドは何一つ言葉にすることが出来なかった。




そんなギドの複雑な心境を察したのか、その人はゆっくりとギドの方へと歩み寄ると、フワッと包み込むようにギドを抱きしめた。







「愛する息子、いつも見守ってるよ。


…………苦労ばかりかけて、ごめんな」








使い込まれた重厚なレザーと、シダーウッドの芳醇な匂い。懐かしいその人の匂いに包まれて、ギドの鼻の奥がツンと刺激された。





(…………謝らなきゃいけねぇのは、俺の方なのに)





ギドの目頭が熱くなる。





もう二度と会えることはなかったはずのその人が、今こうして自分を抱きしめている。





「…………俺は本当に死んだんだな」




ギドが嘲笑気味に乾いた声を絞り出すと、耳元でその人がフッ、と笑う声が聞こえた。




「ギド、お前はまだこちら側に来るべきタイミングじゃないんだよ。さ、そろそろ戻ってあげな。お前を待ってる人達がたくさんいるだろ?」




そう言ってその人が身体を離すと、ギドの肩を優しくトン、と押した。


するとギドは足場を失い、吸い込まれるように下へ下へと落ちていく。果てしなく続いていた純白の世界が、猛スピードで遠ざかっていった。



(待ってくれ……っ、俺はまだ、何も……!!)



必死に伸ばす指先が、虚しく空を切る。その人が、淡い光の中へと消えていく。



「……ギド、お前の幸せをずっと祈ってるよ」




最後の言葉が、ギドの耳の奥に優しい余韻を残した。




次の瞬間、全身にずしりと重力が戻り、ギドは現実へと引きずり戻された。



「………………っ!!!」


視界に飛び込んできたのは、医務室の天井。


ギドの片手は、何かを追いかけるように天へと伸ばされていた。



医務室のベッドに横たわっていたギドは、ガバッと上半身を起こす。



「あっ、ギド!気が付いた?」


そう言って視界の端からダリルがひょこっと顔を出した。


「良かった、過労で倒れたんだよ。残りの仕事は俺がちゃんと片付けといたから安心して。明日も仕事は俺がやっておくからさ、ギドは──」


「ギドーーーーーーーーーーっっっっ!!!!!!!!!!!」



ダリルの言葉をかき消すように、メルの絶叫が響く。


涙で顔をグチャグチャにしたメルが、弾丸のような勢いでギドの胸元に飛び込んだ。



「ギド!!ギド!!!!良かった、本当に良かった…………!!!!ギドが死んじゃったかと思って、ボク、ボク…………うわあああ〜〜〜〜ん!!!!」


「…………っ、おいコラ!苦し……」


そんなギドの抗議などお構いなしに、泣きじゃくるメルはむぎゅううううう、とギドを強く抱きしめた。


するとギドの顔あたりに、メルの大きくて柔らかい二つの質量がこれでもかと押し付けられる。


「………………っ!?」


つい数分前までの静かな余韻が、メルの可愛らしい甘い匂いと、大きな二つの質量によってあっけなく塗り潰されていく。


ギドは余韻に浸る間も与えられず、逃げ場のない柔らかい質量に押し潰され、ただただ顔を真っ赤にした。



するとダリルが楽しそうな声で言う。


「めるめる、ギドが酸欠で苦しんで死んじゃう前に解放してあげようか」


「ええっ!!!!ギド、まだ苦しいの?!どこか痛いの?!死んじゃダメだよーーーー!!!!」


あろうことかメルはギドの顔やら身体やらあちこちをペタペタと触りまくった後、再びむぎゅうううう、と抱きついた。


「……んっくく、ギドが苦しいのはね、息だけじゃなくてね」


「テメェーーーー!!!!!」


笑いを堪え切れずに肩を震わせながらダリルが言うと、言い終わる前に間髪入れず、ギドが真っ赤な顔で怒鳴りながらものすごい勢いで立ち上がる。


ギドの膝に乗っていたメルは、急に立ち上がった彼に放り出され、床に転がってゴツンと頭を打った。



「それ以上余計なことぬかしてみろ、テメェの服をズタズタに引き裂いて下着一枚の恥晒しにしてやる……!!」


ギドはダリルの胸ぐらを掴みながらドスのきいた声で脅した。



「あはは!俺がギドと初めて出会った時は、君がめるめるに下着一枚にされてたよね♡」


「…………っ!!!死ね!!!!」


特大の墓穴を掘り、最悪な過去を蒸し返されたギドは、盛大な舌打ちを叩きつける。


ギドは荒々しくダリルの胸ぐらを突き放すと、逃げるような早足で医務室の出口へと向かった。



「ギド!!まだ寝てなきゃダメだよぉ〜!!」


床に転がっていたメルが頭をさすりながら、必死に情けない声を張り上げる。


「るせぇ!!部屋で寝る!テメェらはついてくんな!!」


捨て台詞を吐くと、ギドは医務室のドアを叩きつけるように閉じた。



(……ったく、これのことかよ、待ってる連中ってのは……)



ギドは火照った身体を引きずりながら、騒がしくて厄介な現実を一歩一歩踏みしめて、自室へと消えていった。

メル「さっきメイドさん達が重そうな荷物を運んでたから、ボクお手伝いしたの!頑張ったから、ほめてほめて♡」


ダリル「さすがめるめる!優しいねぇ、偉かったねぇ、よ〜しよし♡」


ギド「……そんな細腕で大した手伝いなんか出来ねぇだろ」


メル「あぅ……」


ダリル「めるめる、今のギドの台詞を翻訳すると、『俺を頼れよ、荷物くらいいくらでも運んでやるから…俺の筋肉はお前を守るためにあるんだぜ?』だよ♡」


ギド「………っ!!このポンコツ翻訳機!!一生口聞けなくしてやる……っ!!」

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