朽ち行く御手 11
廊下を歩いて目指す場所はクロード卿の私室。エルの脚を使ってそこまで歩けば、例によって今日も本が氾濫していて、彼の脚を取られそうだ。
そんな中を突き進めば、昨日よりかは整った部屋が出迎えてくれた。相変わらず整ったという文言を言いにくいが、とにかく前よりはましだ。
「ましだが……ヒントを探すのも一苦労だな」
「どうなさいますか?」
「……少々無礼だが、じっくりと観察させてもらおう」
左目の眼帯を外して、辺りを見る。この目は魔力を見る目だ。本に残された魔術の痕跡、本そのものに宿る魔力などを看破できる。
そして、呪いの痕跡もこの目は明確に看破できる。
俺がこの目を埋め込んだ理由はまさにこれだ。魔術師の秘儀も隠したいことも、全てつまびらかにし、呪いの根源を発見する。
当然、呪いは解呪の作業を妨害するもので、自身を隠そうとするが、それはそれでいい情報だ。それだけ厄介な術だという指標になる。
さてこの場合は何が見えるか……。
「エル」
「どうなさいましたか?」
「解呪しようとする人間を殺そうとし、その上自己を切り離してトカゲのしっぽを切る呪いは、厄介だな」
「はい。そうですね」
「じゃあ、そいつが全く痕跡もなく身を隠すことも覚えていたなら、どう表現すればいいと思う」
呪いらしいものが視界に一つもない状況を端的に伝えると、エルがため息をつくのが聞き取れた。
「最早あなたの手に負えません。撤退案件かと」
例のごとく毒まみれな言葉だが、その通りなので頷く外ない。
頷く序に、頭を抱えたくなる。この呪いをかけた奴はどれだけクロード卿を苦しめたいんだろうか。誰かと間違っているんじゃないか。
今呪っているのは、人様の研究の支援をしまくって、挙句に弟子と図画工作に勤しむ好々爺だぞ。
一応、呪いの動機は理解できている。しかしこれほど痛めつけるものになるかと言われれば疑問だ。
一体何が呪いの根源化も想定できる。しかし想定したものをどれだけ探しても見つからない。
訳が分からない。気疲ればかりが増していく。
ので、座り心地の良さそうな執務机の椅子に座る。金のかかった心地良さだ。
「はぁ、しかも敬虔な信徒様か」
執務机の上にある聖書はきちんと台座に安置されている。小さくも立派なものだ。これがどれだけ大事なのか、それを知るのは信徒のみで、俺にはさっぱりなのだが。
しかし俺と違って大老はこれを理解できるのだから、やはりあの強力な呪いに纏わりつかれている事実に疑問を覚えるな。
「……? 何だこれ」
手に持って見て初めて分かった。どうもこの台座は奇妙だな。
本は胸ポケットに入れられるサイズなのに、台座の方が妙に分厚い。
何方かと言えば、台座の方が主役な気がしてならない。いやそうなのか。
「台座じゃなくて、小物入れなのか」
開けてみれば、俺の予想通りだった。そこにはチョークが入っている。恐らく黒板を使っていた時の名残だろう。
面白い造りだ。聖書は蓋にしっかり固定されて、片手でページを捲ることも出来る。
「剣を向ける者を愛し、罵詈を吐く者に祈れ、か」
くせの付いたページの一節は何とも薄っぺらいものだ。彼の宗教者がどんな行いをしてきたか、またそれを国教にしている国が何をしているか、それを是非とも教えたい。
今やあの国は、愛ではなく銃で全てを支配している。そしてそれが実は正しい。
俺達人間はどれだけ服を着飾っても結局犬畜生と変わらず、鞭で打たれなければ善悪の区別もつかないのだから。
あるいは、彼の言った通り何もかもを分解するか、か。
「……物事は分解しなければ理解できない」
「? いきなりどうしました?」
「ついさっき聞いた。クロードの言葉だ。何だ。単純な話じゃないか」
このチョークも聖書も、ただの切っ掛けだ。全ての事実はクロード卿が語った通りだった。
大体の事柄は知っていたが、これで全ての説明がつく。
単純で簡単、もっと早く解明できたかもしれない。
彼が何に執着し、どんな心持で居て、そしてどうして彼が解呪を諦めていたのかも、これなら説明がつく。
そりゃ、諦めもする。解呪なんて出来るわけがないんだから。
クロードは当然の事をして、彼にとっては当たり前のことを成し、そしてその結果呪われたのだ。
「エル、準備をするぞ」
「何を用意しますか?」
「結界だ。ネズミ一匹逃さない、戦車級の攻撃でも壊れない奴」
「それはそれは、念入りですね」
「当然だ。でないと、依頼主の要望に応えられないからな」
さてさて、後は……銃の準備だな。




