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リッカードの行方 2

 憂鬱が晴れ、我を取り戻した時にはすでにフローベルがそばにいなかった。本当に気が利かない。心がふさぎ、視野が狭くなった私の目には彼の欠点ばかりが映り始めていた。人を好きになることは簡単だが、好きでい続けることは思いの外むずかしいのだ。

 私の当初の目的は彼に預けた《人間を毒殺する機械》の回収にあったのではないか。フローベルが持ち続けてはいけない代物だ。命令されたアンドロイド殺し意外の使用を許した瞬間、責任を負わなければならないのは私なのだ。彼が命令に背き…まさかグロリアを始末しようとしているのではないだろうか。だから、私にリッカードを追わせるように言ったのだ。パットはやはり混乱していた。いきなり人の世界は終わりを迎えていたのだ。いや、実際はいきなりではなかった。徐々に人の命が減っていく現実に私たち二人がまったく気づかなかっただけだ。過程をすっとばし、結果のみを知らされたため、私たちは現実を容易に吞み下せず、ずうっと喉の奥に引っかかったまま今に至っているのだ。もしかすれば、フローベルは私と違うのかもしれない。彼はこの状況を冷静に観察できているのかもしれない。故に、私にリッカードを充て、自分はグロリアに会いに行くメリットを考えた。私は馬鹿だとパットは頭を抱えた。車窓に映る顔に疲れは見えなかったが、鋭く尖った目つきに供えられた瞳が酷く濁っていた。いくら考えようと、私の行く先はリッカードの居場所、エゲルの美女の谷だと決まってしまった。

 エゲルの街はワインの産地で有名だ。ブドウ畑の丘に囲まれた小さな窪地にワインセラーが七十軒以上も並び、穴蔵の中にはテーブルと椅子が置かれている。そこではもちろん試飲ができる。パットは飲めないワインのことを考えた。どうしてリッカードはそんな場所に? いらぬ考えがずっとパットの思考の邪魔をする。一つのことに集中したい。リッカードは今何をしているのだろうか。追われている身で彼は一体…リッカードはどうして反抗したのだろうか。逃げ出さなければ、追われることもなかったのに。後ろに流れていく景色を眺め、とりとめもない考えを始終めぐらせていると、エゲルに着いたようだった。このまま美女の谷へ直行してもよかったが、あえてエゲルサローク通りからミニトレインに乗り換えることにした。途中、大聖堂が見えた。コリント式の列柱を使用した大聖堂は毅然とした姿でたたずんでいた。その地下にイムレ王が静かに眠っている。地下で眠った王は知らないだろう。よもや人類は滅び、地上にはアメーバ型のエイリアンと叡智の結晶であるアンドロイドで埋まっていることを。いや、誰も知らなかった。現状を前にした私でさえ、半信半疑だ。未だに目の前に広がる現実が夢であることを半ば信じているのだ。今すぐ眠りにつきたいとパットは思った。長く途方もない時間をすべてが思い通りになる夢の中で過ごしたかった。パットは懐を探ってみたが、あいにくそこに欲しいものはなかった。そもそもソメリンに即効性はない。ときたま湧き出る不安と、忌々しい悪夢による中途覚醒を抑制するためだった。私も王のように地上のことを何も知ることなく、半永眠状態に入っていれば訳の分からない混沌とした世の中で身をやつすこともなかった。

 ソメリンには日中の興奮や不安を鎮める作用があります…。医者の言葉がパットの頭の隅にこびりついていた。まるで私のために作られたかのような薬だ。服用は絶対に一時的なものだ。継続してはならない。だが、私は服用し続けた。いくら飲んでも効き目が現れなくなったときは焦ったが、それを一途に愛し続けた。もはや私は何によって眠りに誘われているのか分からなくなったが、服用を止めてしまえば私の鼓動が早鐘を打ち始め、興奮が覚めなくなってしまう。それが怖かった。不安も興奮もずっと心の内にしまい込んで、広大な野原に咲く一輪の花ように静かに笑って過ごしたいと思った。その思い描く夢の世界にフローベルは邪魔だった。《人間を毒殺する機械》を使ったとき、アメーバがぐずぐずになっていくのを見て、瞬時に閃いた。毒殺しなくとも、すでにパットである私はぐずぐずかつボロボロの容態だ。私が今も生きながらえている理由はただ即効性のない毒物を慢性的に摂取していたからに他ならない。フローベルの隣に居ると、私の抑制された興奮と不安が同時に沸き溢れてくるのを感じるのだ。そうだ。フローベルもまた私を毒殺しようと思えばできたはずなのに…ずっと薬に頼るような生き方は止めた方がいいと彼は言った。私のように獣じみて欲にまみれた生き方をしていると、心を失ったあげく詩を無意味な言葉の羅列と罵るようになるだろう。フローベルはきっと私に与えられた救いなのだ。

 しかし、今はまだフローベルという人間にしっかりと目を向けていない自分がいることにパットは苦悶に満ちた顔をした。ミニトレインから雲行きが怪しい空に調和するように街ゆく人々の顔も陰りを見せていた。アンドロイドも暗い顔をし、アメーバも暗い顔をする。彼らだって考える生き物だ。人間と全く別物というわけではない。

 そんな街中でも美女の谷に近づくにつれ、笑い合う数少ない人影が見えてきた。ワインセラーが数十軒と軒を連ね、賑わってはいないもののそこではしゃぐ人々にパットはつられて口元を綻ばせ、彼らの様子に魅入った。夕方には閉めてしまうセラーが多いそうで、パットはしらみつぶしにセラーを訪れては若干急ぎ足でリッカードを探し始めた。 

 

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