表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/31

リッカードの行方

 老人はフローベルとパットに手伝ってほしかったすべてを言い終えたあと、ボタンを押した。「ここに収容されているすべてのアメーバを外に放つボタンだ。彼らの拘束は解かれ、自由となり、これから遠くに旅立つ準備を、彼らはするだろう。しかし、もし君たちが人間のままでいると言うなら、彼らは君たちを許しはしないだろうね。次は君たちが追われることになる。順番が回ってきたのだ」フローベルは落ち着きを失って言った。「少し時間をくれませんか? 今すぐに決めることはできません。動揺しているんです。急にアンドロイドになるか、アメーバになるかと問われ、人間をやめろと言われている。この状況は理不尽すぎます」

 部屋の扉が開き、ガタイのいい二人の男が仏頂面で入ってきた。おそらく彼らはアメーバだ。老人は顎を引き、フローベルをにらみ据えて言った。「何か勘違いしておられるようだが、君たちは人間をやめるわけじゃない。見た目は同じ、違うのは素地だけだ。さあ、どうする? 早く答えを出してくれなければ、アメーバたちが君たちを殺すことになる」フローベルとパットはお互いに見つめ合った。互いに考えは読めなかったが、しかしアメーバとアンドロイドのどちらになるか考えるための時間が必要だということは分かっていた。先に動いたのはフローベルだった。ちらと老人を一瞥したあと、再びパットに視線を合わすと、歯間に挟んであった《人間を毒殺する機械》を口から吹き出した。扉の前に立っていた二人の男はぐずぐずに腐り、原型を留めることができず、緩慢に死んでいった。そのとき、すでにパットは懐から小型携帯銃を抜いていた。パットは老人に銃口を突きつけて言った。「こんなことをしてもどうにもならないことは分かっている」老人は引きつった笑みを浮かべて言った。「私を撃つのか? 人間である私を」パットは躊躇を見せたあと、引き金を引いた。気が遠くなるほど鮮やかな真紅の絨毯が引かれていくようだった。彼の叫びなど聞こえる間もなく、パットは彼を殺したのだ。命令ではなく、はじめて自らの意志によって人間を撃ってしまった。パットは地獄行きが決定したことを告げる銃声を聞いてしまったことに憫笑するしかなかった。彼が人間ではないと一抹の期待を抱いていた。彼を殺すことに意味はあったのかさえ分からない。ただ逃げるために邪魔だっただけだ。神様は私を許しはしないだろう。非道すぎるこの行為を。頭の中では色々のことを考えるが、身体は自然とフローベルのあとをついて行っていた。頭上に暗雲が立ちこめるようにパットは罪悪感で表情を曇らせた。角を曲がるまで後ろ髪を引かれる思いがパットの胸の内に残っていたが、フローベルの緊張にこわばった肩に焦りから生じる動揺が顔に出ているのを見て取ると、今考えるべきことに意識が傾いた。そうだった。私たちは選択を迫られている。アメーバになるか、アンドロイドになるかだ。そして、私たちに託された任務も遂行しなければならない。リッカードとグロリアの捕獲だ。フローベルの前を塞ぐアメーバたちがことごとくくずおれていくのを見て、パットは固唾をのんで言った。「どこに逃げるつもりなの? 当てはあるの?」動悸が激しい。息をはずませながら、二人はその足を止めることなく急いでいた。フローベルは背中越しでも分かるほど荒い息を整えつつ緊張感を含んだ声音で言った。「ギルバートだ。奴に直接会うしかない。そのためにもまずはグロリアとリッカードを見つける必要がある。彼らなら何かを知っているかもしれない。ついさきほどあの老人から送られてきた情報は端末で確認したか?」フローベルは私が状況把握に費やしていた無駄な時間をあっさりと埋めてしまえるほど今必要なこと、やるべきことを考えていたのだ。パットは不甲斐ない自分にむち打ち、端末を開いて申し訳なく言った。「ごめんなさい。今見たわ」新着受信を確認し、ファイルを開くと今朝の時間帯、グロリアとリッカードのそれぞれが泊まっていたホテルの部屋番号が記載されていた。つと時刻に目を移すと、正午を回っていた。すでに彼らはホテルをチェックアウトしている可能性がある。おそらく彼らにも私たちが老人の要求を一時拒絶したことは報されているはずだ。すぐに彼らの滞在していた場所付近に行かなければ。パットは内心複雑な感情が渦巻いていた。ようやく彼らの尻尾を捕まえ、私たちの与えられた任務であったアンドロイドの抹殺も終わりが見えてきた。オペラ劇場でフローベルに仕事を押しつけるように頼んだとき、気を揉んでいた自分を思い返すと、すべて私のエゴが引き起こした結末ではないかと思った。あっけなく片付くはずだった仕事が思いのほか長引き、フローベルと共にいる時間が延びたことは僥倖だったが、そろそろ幕が下りようとしているような気がする。

 フローベルとパットはアメーバ管理会社の外に出ると、ギラギラと輝く太陽の下、駅に向かって走り出した。途中、太陽が雲にかかり周囲が暗くなったとき、一台の自律走行車をフローベルが捕まえ、パット共々乗り込んだ。息を整え、落ち着きを取り戻してきたところフローベルが窓の外に目を向けながら口を開いた。「二手に分かれよう。君はリッカードを追うんだ。おれはグロリアを見つけ、ギルバートの居場所を聞き出す」フローベルは端末をもう一度開いて確認し、パットに手渡した。分かっていることは二つだけだ。リッカードがエゲルの美女の谷付近にいることと、グロリアがペストの国立オペラ劇場付近にいることだ。

 二手に分かれなければ、きっとどちらか一方を逃がすことになるだろう。今が私たちにとって二人とも捕獲できうる絶好のチャンスなのだ。もう心の奥底では分かっていた。私たちは人間をやめ、アメーバかアンドロイドになることは確実なのだ。どちらかを選択しないという選択肢は存在しないのだ。第三の選択があるとすればそれは自殺しか道はない。しかし、フローベルもパットも死ぬ意志は持ち合わせていなかった。

 パットは外に並んだ中世の風景にみとれ、心が潤った。なんて素敵な街並みなのだろう。この街の景色を眺めて育ったなら、優しく気品溢れる心が養われるに違いない。フローベルはパットに不審の目を向けて言った。「パット?」パットは我に返った。フローベルの言うとおりにしたほうがいいのか、一瞬考えあぐねた。フローベルの目を見た。私を心配してくれるのは両親とフローベルだけかもしれないと思い、パットは言った。「そうね。そうするのが効率的ね」フローベルはパットの言葉に満足せず、心配に歪めた顔を元に戻さなかった。「本当に大丈夫か?」パットは急に返事をするのが煩わしくなった。鬱々とした気持ちがパットの表情に垂れ込めてきた。フローベルから顔を背け、窓に額をこすりつけ、じっと外の景色に視線を預けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ